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『リンボウ先生 イギリスへ帰る』

林 望


文春文庫
 もうイギリスへ「帰る」という題名からしてイヤらしい感じ全開だ。何様のつもりなのだろう。『イギリスはおいしい』は、基本的には料理の話が中心だったので、まあまだ許容範囲に収まっていた感があるが、本書は英国生活の全般的な内容を扱っているため、もう本性が出まくっていて、目を覆いたくなるような記述が後から後から溢れ出てくるのである。何とかしてほしい、ほんとに。

 例えば、以下はロンドンの高級ホテルサヴォイの朝食で、メニューのand と or の組み合わせがいい加減で、orなのに両方持ってきて貰えたりとか、紅茶のポットの大きさが人によって違ったりしたことを述べた部分である。

 これはたぶん意図的に変えたのではあるまい。要するにただの「いいかげん」なのである。しかし、その「いいかげん」の向こうに、厨房で、生身の人間がそれぞれの流儀で、手でパンを焼き、切っている姿が彷彿とするのである。(p.48)

 まあ彷彿としていただくのは勝手だが、サヴォイほどの高級ホテルで、メニューの組み合わせが「いいかげん」に決められていいものだろうか、と思っていると、すぐに次のような記述にぶつかる。

 こういうサヴォイのサービスを「サヴォイともあろうものが!」と顰蹙する向きもあるかもしれない。けれども私は、「ああ、これがイギリス式だ」と、むしろそのマニュアル化されない、あるいは人間本意で形式に拘泥しないイギリス流のやり方を快しとする。つまり、日本のホテルが見習わなくてはならないのは、実にこの柔らかな寛容性なのである。(p.49)

 人は、果たしてこういう境地にまで達するべきなのだろうか。本当に「人間本意」なのか?単にマニュアル化「できない」だけではないのか?頼む人によって、紅茶が2杯出てきたり、3杯出てきたりして、「ああ、これがイギリス式だ」と快しとするような奴が、いったいこの世に何人いるというのか?それとも、こんな本が売れているということは、そういう輩が実は結構な数存在しているということなのだろうか?そして、日本のホテルは、こんな「柔らかな寛容性」を見習うべきなのか?本当に分かって書いてるのかこの筆者は?高級ホテルのレストランで、人によって持ってくるものの量を全く区々にしろと本気で言ってるのか!?

 実はまだある。これは林信吾氏の『イギリス・シンドローム』でも取り上げられている部分であり、詳細な分析はそちらを参照して頂きたいが、私としても一言言いたいので、重複(と言うと偉そうだが)を省みず紹介するものです。

 場面は銀行。銀行ですよ、銀行ね。銀行と言えば他人の大事な金銭を扱うところですよね、皆さん。そういうところでは、当然のことながら厳格な仕事が求められると誰もが思いますよね、ね。まさかこうした考えと違う考えの持ち主がこの世の中に存在するとはまず思えませんよね。ところが、実は居たのです。嘘じゃありません。以下の記述を見て下さい。林氏が小切手帳等を頼んだに全く返事を寄越さず、銀行に行ったら「特別の好意」で発行されたとか、本人の知らぬ間に自分の口座番号が変えられていたとかを承けての記述である。

 ここで特にことわっておかなくてはなるまいが、このことを、私は別に不愉快に思ったわけではない。それどころか、むしろこのイギリスの銀行の持つ、愛すべき「いい加減さ」を、「だから僕はイギリスが好きなんだよなァ」と面白がったのである。(p.92)

 もちろんこんなことがあってもよいのである。イギリスの銀行では、こんなことは朝飯前に起こり得るのである。いや、私は、本来こんなことがあったっていいじゃないか、と思うのである。
 ひるがえって、日本の銀行は几帳面である。めったとこういうような間抜けなミスはしでかさない。しかし、それだけが銀行というものの能でもあるまい。たとえて言えば、日本の銀行は精密に作られた自動機械である。間違いはほとんどまったく皆無だけれど、そこには人間として血の通った暖かさというものがない。イギリスの銀行は、手動式の原始的カラクリである。しょっちゅう間違いはするし、能率は悪いし、でイライラすることも事実だけれど、愛すべき人間味に溢れている。(p.96)

 …引用しているだけで腹が立ってくるがまあ仕方ない。

 さて、普通の人間は、こういう場合に断じて面白がったりはしない。銀行の「いい加減さ」に腹を立てるのが通常だと思うのだが違うのだろうか。少なくとも林氏にとっては、「愛すべき」いい加減さというものがあるらしい。いや別に、そういうのもあるだろうけど、こと銀行という金員に関わる場面で、そういう悠長なことを言っていられるというのは、よほど育ちが良いのか、金に困ったことがないのか、とにかく、人智を越えた存在である。間違いを起こさずしっかり働く銀行員を捕まえて「血の通った暖かさというものがない」などと言われては、勤労意欲に関わる問題である。

 ここで一応言っておきますけど、引用文は本当に書店で売られている林氏の本から引っ張ってますからね。自分で勝手に作ってる訳じゃありませんから(とでも言っておかないと信用されないのではないかと思うくらい突飛な記述であります)。

そのどっちを優先して取るかということは国民の選択の問題であって、絶対的優劣にはかかわるまい、と私は考える。(p.96)

 ……。ほんっとに「選択の問題」か?英国人は、間違いの起こさない銀行より間違いだらけの銀行を選ぶとでも言うのか。そういう調査でもやったのか林。まさか英国人は、今回の「みずほ銀行」のトラブルを見て、「ああ血の通った暖かさがある銀行だ。愛すべき人間味に溢れた銀行だ」と微笑んでくれているとでも言うのか。

 だから、イギリスの銀行は、もしかして信用できないかもしれないけれど、信頼はできるのである。(p.100)

 ことここに至ってはコメントのしようがない。林信吾氏の言を借りれば「宗教」の世界である。私の推測に過ぎないが、恐らく林望氏は本書を冗談ではなく本気で書いている。こういう本が出版されていて、なおかつ売れているというのだから、世の中不可解である。藤村操が華厳の滝に身を投げたのも分からないではない。

【評価】寝てた方がまし。


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