英国情報−英国本を読む−英国全般

『アーロン収容所』

会田雄次


中公新書
 新しく始まった、この「英国本を読む」のコーナーの最初に持ってくるべき本はこれしか無いと思った。英国を知る為に絶対第一に読むべき本、それが本書、会田雄次『アーロン収容所』である。

 世間には、英国について、おいしいとか豊かだとか知恵があるとか色々関連の書籍が山のように出ている。別段、それらを読むなとは言わないし、現に私も粗方読んでいる。しかし、そういう暢気な英国本はいつでも読める。この『アーロン収容所』は、その手の本とは全く異質である。因みに、本書は昭和37年に中公新書が創刊されたときに出たうちの1冊である。よって既に発刊以来40年に垂としているが、いまだ順調に版を重ねていることからも、本書の有用性が分かろうというものである。

 著者の会田氏は京都大学を出た後に、昭和18年に応召されビルマ戦線に送られる。ビルマと言えば大東亜戦争で最も戦火が苛烈だった地域であり、当然氏らもそうした中をくぐり抜けてきた。敗戦後、会田氏らは武装解除され約2年間の捕虜生活を送る。その舞台が題名にもなっているラングーンのアーロン収容所である。

 前書きにはこうある。

 すくなくとも私は、英軍さらには英国というものに対する燃えるような激しい反感と憎悪を抱いて帰ってきたのである。(p.2)

 私たちだけが知られざる英軍の、イギリス人の正体を垣間見た気がしてならなかったからである。いや、たしかに、見届けたはずだ。それは恐ろしい怪物であった。この怪物が、ほとんどの全アジア人を、何百年にわたって支配してきた。そして、そのことが全アジア人のすべての不幸の根源になってきたのだ。私たちは、それを知りながら、なおそれとおなじ道を歩もうとした。この戦いに敗れたことは、やはり一つの天譴というべきであろう。しかし、英国はまた勝った。英国もその一員であるヨーロッパは、その後継者とともに世界の支配をやめてはいない。私たちは自分の非を知ったが、しかし相手を本当に理解したであろうか。(p.3)

 英国では、市街地を抜けると、すぐに田園が広がる。そこでは、羊や牛が広範囲に放牧されているのが普通である。英軍は、恰も家畜を扱うかのように、捕虜を扱う。それは牧畜民族ではない日本人からすると、見事と言うしかない代物だったのであり、逆に日本軍による英国軍の捕虜の扱いが問題となったのも、そうした民族性の違い、会田氏の言葉では「型」の違いではないか、と述べられている部分は興味深い。

 斯くの如く、英軍は捕虜の扱いが巧妙である。物理的な暴力に訴えることはしないが、例えばアーロン収容所そのものが、汚物処理場の近くに作られたりと、陰湿な復讐については巧みである。

 又、捕虜は英軍の部屋に入るのにノックをする必要は無かった。これは日本軍捕虜が信頼されていた訳では毛頭なく、ただ人間扱いされていなかっただけに過ぎない。以下は、本書でよく引用される部分である。

 その日、私は部屋に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろを振り向いたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた。部屋には二、三の女がいて、寝台に横になりながら『ライフ』か何かを読んでいる。なんの変化もおこらない。私はそのまま部屋を掃除し、床をふいた。裸の女は髪をすき終わると下着をつけ、そのまま寝台に横になってタバコを吸いはじめた。(p.39)

 その他にも、日本人捕虜の衛兵を全く気にすることなく、男女の交わりを遠慮なく見せる英軍下士官の例も挙げられている。英国(そして他の西欧諸国)の植民地経営が、それなりに実効的であったのは、原住民を全く人間扱いしなかったという点に負うところが大きいと私は考えている。

 英国では、日本の一つの象徴として、東南アジアでの日本軍による英軍俘虜(POW, Prisoner of War)への虐待が取り上げられる。戦争関係の博物館に行くと、骨と皮だけに痩せ細った英軍捕虜の写真が展示され、いかに日本軍により苛烈な目に遭わされてきたかがパネルで綴られるのが常である。逆に、英軍がインド人やマレー人をどういう目に遭わせてきたかは展示されている訳がない。尚、映画では「戦場にかける橋 The Bridge on the River Qwai」や「戦場のメリークリスマス Merry Christmas Mr. Lawrence」が、日本軍による英軍俘虜の収容所が舞台である。

 何年か前に、天皇皇后両陛下が英国を訪問した際も、旧英軍俘虜がパレードで尻を向けたということが喧伝された。つい最近も、POWが補償を求める裁判を起こしたが、当然のように棄却されている。とにかく、日本軍と言えば、英軍俘虜虐待、ということになっている。少なくとも英国では。

 それでは、英軍は日本人捕虜をどのように扱ったのか。「西欧ヒューマニズムの限界」との副題が付けられた本書を読めば、それが分かる。英国に行ってみたいと思う人は、須く先ず本書を読んでから行くべきである。

 最後にもう一カ所だけ引用して本稿を終えたい。

 イギリス人を全部この地上から消してしまったら、世界中がどんなにすっきりするだろう(p.75)

【評価】最高。絶対に読むべき。


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