雑感書評

今まで読んだ本 その7




『閉鎖病棟』 帚木蓬生


新潮文庫
 現役の医者でもある帚木蓬生の山本周五郎賞受賞作。最初は脈絡なく色んな人々のエピソードが続出するが、それが閉鎖病棟にいる精神病患者達の過去であることが分かって話が始まる。話とは言っても、精神病患者達の日々がそれなりの小競り合いを挟みつつ続いていくので、大きなストーリーという程のものはなく、単調と言えば単調。裏表紙によれば、1つの殺人事件がメインにように書いてあるが、はっきり言って殺人事件そのものはどうでも良いような気がする。ましてや犯人捜しのミステリの要素は全く無いので御注意。
 著者は精神科医であるが、本書は精神科医の目ではなく、患者の視線から描かれている点が特徴なんでしょうね。
(10/11)


『燃えよ剣(上下)』 司馬遼太郎


新潮文庫
 新選組副長・土方歳三の生涯を描いた傑作小説。多摩の日野に生まれた農民が武士以上に武士らしく生きようとした生涯が痛快に描かれている。
 そうは言っても、土方の生き方そのものに共感できる場面は、局地的にはあったとしても、やっぱり大局的にはどうかねというところ。新選組の中では己の役割をしっかりと認識し、嫌われ役になっても隊をまとめるという使命感のようなものがあったが、これが箱館まで来ると、何だかもう死ぬことしか考えてない奴になってしまう。
 一応、函館市の土方歳三最期の地というところに行って、お墓参りのようなことはしてきましたが。(10/11)


『第三の時効』 横山秀夫


集英社
 当初は、管理部門を舞台にした警察小説で知られた横山秀夫の捜査一課を舞台にした連作短編集。全て或る県警(F県警)の捜査一課が舞台であり、登場人物も同じ。何作か既にテレビドラマ化されているが、そこではF県警は山梨県警ってことになっている。
 表題作の「第三の時効」が一番緊迫感があるが、どんでん返しという点では「ペルソナの微笑」も捨て難い。「囚人のジレンマ」では捜査一課長ってやっぱり大変なんですね、という中間管理職かつ指揮官という立場の難しさがよく分かる。と言うわけで、どれが一番というのは難しい。それぐらい傑作が揃っており、相変わらず横山秀夫は上手い。
 因みに、私の本は著者のサイン入りです。(自慢)(10/11)


『兄弟』 なかにし礼


文春文庫
 身内のプライバシーを切り売りして小説を書いているなかにし礼の本。戦後満洲から引き上げてから物語が始まるので、『赤い月』その後、という意味合いもある。今回は兄について書いており、本人以外は仮名なのだが、はっきり言ってノンフィクションと思った方がいい。
 でこの兄ってのがとんでもない奴。もう病気としかいいようがないくらい金にだらしがない。そんな兄に金を貸す弟(=著者)も弟だが、そこは兄弟が故の特殊な関係ってことで外部には分からないのかも知れない。でもそこが分からないと、結局、ひでえ兄だ、で終わってしまうような気もする。
 よく読むと、なかにし礼の成功体験期として読めなくもない。(10/11)


『プーチン』 池田元博


新潮新書
 プーチンについては、エリツィンの後継者として突然出てきた感が未だに否めないため気になっていたところに有り難い本が現れた。要領よく纏めてくれてあるせいで、かなり分かりやすく、現在のロシア政治を見るのに必要な基礎的知識が一通り書かれている良書。
 因みに、プーチンは大統領に就任した当初、BBCでは必ず「元KGBスパイ」という言葉とともに紹介されていた。しかし、本書を読む限り、プーチンはそれほど有能なスパイだったという印象は受けない。東独時代のドレスデンに赴任したりしていたが、途中でKGBに失望して自らレニングラードに戻っている。この辺は興味深い。
 一口メモ。チェチェンへの軍事侵攻はプーチンの指導力を誇示する為の策略だったという元政府幹部の証言が紹介されている。 (10/3)


『塩狩峠』 三浦綾子


新潮文庫
 実際に塩狩峠で命と引き替えに暴走する列車を止めた長野政雄という人物をモデルにした小説。三浦綾子と言えばキリスト教ということで、キリスト教の素晴らしさが伝わってくる、と言いたいところだが、残念ながら私には伝わらず。また、主人公の信夫は剰りにも真面目で堅物すぎるので、全編に亘って感情移入のしようもなかった。と言うわけで、世間的には感動の名作なのだろうが、個人的にはそれほど評価せず。尚、本書の中で一番立派なのは信夫の父親のような気がする。
 因みに、本書は旭川の三浦綾子記念文学館で買ってきたものです。どうでもいいけど。 (10/3)


『外務省−外交力強化への道−』 薬師寺克行


岩波新書
 機密費だの何だのと、昨今の外務省批判が金に纏わるものが中心になっている中で、日本外交のスタイルまで掘り下げて批判しようとしている本。つまり、金の扱い方が杜撰だったというだけでなく、そうした金が掛かる形式重視の外交の在り方そのものに原因があったという見方をしている。ワイドショー的な、外交官の金銭感覚はどうのこうのとか、大使館の建物が立派過ぎるとかいう批判とは一線を画したいという思いは伝わる。また、「政治主導」と「政治家主導」とは違うと喝破しているのも着眼点としては良い。
 因みに、現在の外務省も、外交は情報が重要、情報収集は日頃からの個人的な友好関係の構築が重要、よってパーティーやレセプションが重要という発想から全く抜け出ていない気がする。 (10/3)


『洋館を訪ねる』 妹尾高裕


プレイブックス・インテリジェンス
 東京・横浜・神戸・長崎・函館・新潟の洋館が写真とともに紹介されており、洋館好きにはとっても便利な本。更に欲を言えば、小樽も欲しかったところ。
 赤坂プリンスホテル旧館は、なんか新館に比べると味のある建物だと思っていたが、元は李王家の東京邸だったということは本書で初めて知った。
 ところで、最近は、朽ち果てるに任されていた洋館を自治体が整備する動きが進んでおり、良い傾向だと思われ 。
(7/17)


『憲法と平和を問いなおす』 長谷部恭男


ちくま新書
 阪大の松井茂記教授と並んで今最もエネルギッシュな憲法学者である東大の長谷部先生(但し、松井説とは鋭く対立)の新書。新書にしては内容が複雑だが、イラク問題等 で混迷した現在の憲法問題を考えるに当たって非常に有益な視座が提供されている。
 題名からすると、平和憲法万歳的な本のように見えなくもないが、そう単純な本ではない。中心的な議論は憲法改正論議に立憲主義の考え方を持ち込むべきであるというものだ。立憲主義とは、とっても簡単に言えば、異なる価値観を持つ人々が共存していくための理念・枠組みのことである。多数決と立憲主義は緊張関係にあり、多数決で決まったものを立憲主義がブレーキを掛ける関係にある。
 例えば、最高裁には違憲立法審査権があるが、これはすなわち国民の代表者が国会で制定した(つまり多数決で決めた)法律を、民主政治のプロセスからは独立した位置にある裁判所が違憲と断じるという仕組みとなっている。
 憲法9条改正論議については、9条は準則ではなく原理を示したものだとする。原理なんだから、細かいところまでは憲法上に書き込む必要はなく、よって自衛の為の武力の保持を認める云々の文言の追加・改正は必要ないとしている。これは、例えば、表現の自由は憲法上保障されているものの、実際には様々な制約(名誉、プライバシー等)がある。だからと言って、そうした制約があることを憲法に書き込む必要はない、なぜなら憲法21条は原理を示したものだから、というようなことらしい。この議論、分からんでもないが、やや決め付けの感がある。
 その他、コンドルセの定理、比較不能な価値の迷路、線を何処に引くか合理的理由はなくても引かれた線を守ることには合理的理由がある、等の長谷部節が随所に出てくるので、気になる人は気になるだろうが、いずれ多数説にならないとも限りませんよ。 (7/17)


『管理職降格』 高杉良


新潮文庫
 「管理職降格」とはこれまたショッキングな題名である。単行本では「明日吹く風」だったらしいが、私も管理職の端くれとして「何をしたら降格されるんだろう」と題名に釣られて買った口なので、改題して正解だったわけだ。
 舞台は銀座の老舗デパート大松屋の外商1部。第2課の課長が主人公だが、キャラクターがはっきりしなくて、単なる真面目なサラリーマンというだけの気もする。で、妻の不倫、娘の万引きが絡み合って崩壊していく家庭と、左遷される主人公の模様が交互に綴られていく構成になっている。
 因みに、嫌味な店次長が東大出という設定が安直。
(7/12)


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