雑感書評

今まで読んだ本 その8




『重力ピエロ』 伊坂幸太郎


新潮文庫
 最近注目の伊坂幸太郎の本。著者が東北大学卒なせいか、舞台は仙台市。「私」が語り手となり、その弟の春に振り回されて、連続放火と落書きとの関連の謎を解いていくというようなミステリ仕立てとなっているが、家族小説のような要素も強い。家族の方は重いテーマではあるが、細かい章立てと軽妙な筆致で読み進めてしまうところは上手い。ただ設定のため仕方ないのではあるが、登場人物の行動原理が不可解。 (12/25)


『グーグル Google 既存のビジネスを破壊する』 佐々木俊尚


文春新書
 書名はグーグルとなっているが、つまりは今のインターネット検索ビジネスをグーグルを例に解説するとともに、今後どのように発展していくかを概説してある良書。特に、マイクロソフトが「領主」だとすれば、グーグルは「司祭」であるという対比は物凄く分かり易いし、本書の後半に述べられている、グーグルが世界を支配していく可能性についても暗喩している秀逸な表現だと思う。とにかく、ネットを使ってこんなことが出来るなどという安易なハウツー本ではなく、ネット社会の未来のプラスとマイナスについて分析している点で極めて評価すべき本である。 (12/25)


『適当論』 高田純次


ソフトバンク新書
 日本から来た客人に貰った本。こういうツボを押さえたお土産は本当に嬉しい。それにしても、ソフトバンク新書なるものが創刊されていたことに先ず驚き。こんなに新書が増えてどないすんねん。
 さて、本書は高田純次著となっているが、実は殆どが精神科医の和田秀樹が書いているようなもんである。印税はどうやって分けるのだろうか。ってのはどうでも良くて、テレビほどではないにしても、高田純次の面白さはそれなりに伝わってくる。小学校のときの井上先生がヒヤシンス枯らしただけで5人並べてビンタしたなどという話をすらっと出してくる辺りに氏のセンスを感じる。でもやっぱり物足りない。せめて「共著」とでも看板を掲げてほしいところ。
 尚、この本とは直接関係ないが、高田純次の最高のネタと今でも私が信じて疑わないのは、平成3年の「元気が出るテレビ」の「勉強して東大に入ろうね会」の中で、センター試験の結果発表の時に上位3名の名を読み上げ、それに続いて以下の様に言ったことである。
「それ以外の方もですね、別に名前を呼ばれなかったからといってですね、結果が悪かったわけなんです〜」 (10/04)


『亡国のイージス(上下)』  福井晴敏


講談社文庫
 海上自衛隊の護衛艦「いそかぜ」を部隊に北朝鮮の工作員なんかが暴れまくる作品。自衛隊用語がばしばし出てくるので、業界通・軍事通にはたまらん!ってことになるんでしょうが、別にそこまで通でもないので、普通に読みました。
 まー、我が国に対する警鐘を鳴らしているんでしょうが、ここまでのクーデターもどきを起こすに至る動機が弱い気がするのが最後まで引っ掛かってしまった。それにしても防衛庁の情報本部(ダイス)も怖い組織ですね。
 尚、映画では北朝鮮に遠慮して「某国」となってたのが弱い。 (10/04)


『出口のない海』  横山秀夫


講談社文庫
 警察小説で人気の横山秀夫の戦争物。警察物ばかり読んできたので最初は違和感があったが、やはり心の内面の描写等、横山秀夫は何を書かせても上手いね。今回は海軍の特攻兵器「回天」に乗り組む連中を描いているが、心から志願したわけではない主人公の並木は、以下のように思う。
 死ぬ時間が決まっていて、なのに死ぬ瞬間はいつなのかわからない。前も後ろも何も見えない真っ暗な狭い筒の中で、そろそろだ、そろそろぶつかる。そう考えているのか。そんな残酷な死に方って……
 靖国神社の中にある遊就館には本物の回天が展示されている。その館の歴史認識とか何とか言う前に、少なくとも実物は見てみる価値が絶対にある。絶対に本物を見てからこの本を読むことをお勧めしたい。
 尚、映画は未見だが、海老蔵は自分の中ではミスキャスト。じゃあ誰?と言われても困るが。 (10/04)


『壬生義士伝』  浅田次郎


文春文庫
 吉村貫一郎という南部藩脱藩浪士とその家族の物語。主人公の独白があれば、新撰組の生き残りの人々等が大正時代になって過去を振り返って語るというのもあり、構成が巧み。その辺のがらっと変わる舞台転換の技がうまい。最後は大野次郎右衛門の手紙で終わるのだが、この手紙が古文なれど誠に胸を打つ。
 とまあ内容そのものは感動的であるが、作者の筆が滑りまくったせいなのか、話が異様に長い。上下二巻になるほどの話とはあまり思えない。もっとコンパクトでも良かったのではないか。内容について付言すれば、斎藤一の不適な冷酷ぶりが特に印象的。
 ところで、本作は中井貴一主演で映画化、渡辺謙主演でドラマ化されているが、見比べてみると遙かに渡辺謙の方が良いですね。 (2/11)


『頭がいい人、悪い人の話し方』  樋口裕一


PHP新書
 愚かな人はどういう話し方をするのか、そういう人にどう対処すればよいのか、自分がそういう話し方をしているかどうかどうやって自覚するか、等という点がまとめられている。例えば「自慢ばかりする」「人の話を聞かない」「自分のことしか話さない」等々。まあ周囲には一人や二人はそうした人がいるものだが、自分もそうでないとは限らないので、気を付けるために一通り読んでおくと良いかも。そんな訳で、やたらと売れているらしい。そこまで売れるほどのものか、という気はするが。 (2/11)


『ABC殺人事件』 A・クリスティ


クリスティ文庫
 ポアロものの中では傑作の部類だと思われ、読み返すとあちこちに伏線が張られていることが分かる。ヘイスティングズ大尉の一人称での記述という形を取りつつ、中に「ヘイスティングズ大尉の記述ではない(もう少しマシな和訳は出来なかったのか?)」という三人称での叙述の部分が挟み込まれているのが、なかなかミステリアスな効果を醸し出しており、謎解きもまあまあ納得行く部類に入るでしょう。 (1/11)

しかし、フランクリンがカストに殺人をやったと思い込ませる件が今ひとつ説得力がない気がするし、そもそもフランクリンは、カストがそういう暗示に掛かり易い人物だなんてことがよく分かったものだ。  


『天平の甍』 井上 靖


新潮文庫
 今更ながらの古典。鑑真を日本に招いた2人の僧ということで、よく「栄叡と普照」とまとめて言われるが、実はこの2人、熱意も性格も結構違うことがよく分かる。それにしても、本書の中で鑑真の影が薄いのが気になる。
 尚、一番強烈に印象に残るキャラクターは、栄叡や普照よりも、ひたすら写経し続けた業行で決まり。 (1/11)


『〈戦争責任〉とは何か』 木佐芳男


中公新書
 「ドイツは戦争責任をきちんと認めて謝罪してきた」という俗説を検証し、詳細な調査に基づき実態を暴いている。本書により、戦争はナチスがやったことでドイツがやったわけじゃないという今のドイツ人の心理や、戦争責任を認めているようで実はユダヤ人に対するホロコーストに関してしか謝罪していない事実が明らかにされてしまう。ワイツゼッカー大統領の有名な演説も、実はドイツの戦争責任を隠蔽する巧妙な「トリック」だったとは。
 ただ、流石にドイツに対してちと悪意持ちすぎの感もあるが、こうした検証作業が行われたという事実は高く評価されて良いのでは。 (1/11)


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