雑感書評

今まで読んだ本 その4




『ヤクザに学ぶ交渉術』 山平重樹


幻冬舎アウトロー文庫
 本当かどうかは知らないが、その筋の人々の交渉術が実録風に綴られている。相手のミスは徹底的に突く、如何に自分のペースに持ち込むか、等のポイントが紹介されていて、ビジネスの交渉においても役に立つ筈だと作者は言うのだが、それはかなり疑問。まあ交渉に当たっての心構えの参考ぐらいにはなるかも知れないが、そもそも、彼等の強みはやはり最後には刑務所に入ることになったとしても筋は通すと思っていることだ、だから強い、なんてなことを言われたら、堅気の人間に真似できるわけねーだろが。それを差し引いて読むと、当たり前のことしか書いてないことに気付く。
 一口メモ。最近では、組の名前の入った名刺を出しただけで脅迫になるら しい。(11/19)


『謎解き 少年少女世界の名作』 長山靖生


新潮新書
 世界の名作を大人の論理で深読みしていく快著。肩肘張らない文体で気楽に読めるのがいい。極端な例としては、名作の要件として「キャラ萌え」を挙げていることを紹介しておく。
 深読みは成る程なと思わせるのもあれば、そんなわけねーだろと言いたくなるのもないではないが、基本的に発表された当時の社会情勢等からあれこれ論じていく手法は面白い。例えば、ドリトル先生は動物の言葉が分かる。言葉が分かればそれで心も通じると考えるのは英語を世界共通語に押し上げた英国の侵略思想の現れなんだそうだ。
 あと、 私が他のページで述べている『最後の授業』は領土問題を扱った政治的な意図を持った小説だ、ということもちゃんと出ていた。更に言うと、あのアメル先生は、ドイツ語圏を征服したフランス政府から、アルザスにフランス語を普及させるために派遣された、フランス帝国主義の尖兵だったのだ。(10/26)


『劇場政治を超えて−ドイツと日本−』 原田武夫


ちくま新書
 残念ながら書名ほど壮大な本ではなかった。本書に言う「ドイツ」はヴァイマール憲法時代のドイツのことであり、更に言えば当時の憲法学者カール・シュミットの言説である。つまりは、カール・シュミットのお説を紹介し、それを現代の日本に当てはめてみるとこうなります、というだけのもの。
 著者がドイツで一生懸命にカール・シュミットを勉強したということは伝わってくるが、カール・シュミットの紹介だけでなく現代日本の政治状況の書き方までもが極めて抽象的なため、内容が伝わりにくい。そうは言っても、小泉総理及び彼をのさばらせている日本の政治状況、そしてマスコミの姿勢をも強烈に批判していることは分かる。
 また、返す刀で「抵抗勢力」就中「職業的官僚制」を強烈に擁護しているのだが、如何せん原田自身が現役の外務省職員であることから、中立的な意見としては素直に読めないところが難点。
 全体的に新書にしては衒学的(ペダンティック)に過ぎる。
 <おまけ>本文中の幾つか特徴的な言説を紹介します。
 この「意思決定論者」が行っている「決断」は「公的」なものの領域を逸脱しており、その意味ですでに「政治」ですらない可能性があることは言うまでもない。しかも、そこで自らが下した価値判断の結果生じたことについて、責任すらとろうともしないこの「意思決定論者」に、私たちは何を託すことができるというのか。(p.72)
…その意見表明について民主主義上の手続き的な正当性は乏しいはずのマスコミが代弁しているということを、看過することはできない。(p.121)
 「改革」という名の特定価値判断に基づいた政治の流れができあがった時こそ、「抵抗勢力」が持つ積極的な存在意義は光ってくる。(p.153)
(10/13)


『オリエント急行の殺人』 アガサ・クリスティ


ハヤカワ文庫
 いちいち「ムシュー」を付けたり、フランス語発音の振り仮名が頻出して、フランス&フランス語が苦手な身としては辛かった。それだけで個人的に減点。ポアロが鋭い考察をしている箇所も有るには有るが、全体としてその推理は当てずっぽうの域を出ていない。オリエント急行の優雅さとヨーロッパが階級社会で多言語社会であることを知るには好著だが。(10/5)

 解決への糸口となった、アンドレニ伯爵夫人がリンダ・アーデンの末娘であるという事実をポアロが推理した経緯が全く理屈になっておらず、ポアロの独り善がりな勘でしかない。それ以外の人物のアームストロング事件との関わりについても同様。つーかみんなあっさり認めすぎ。


『社長をだせ! ―実録クレームとの死闘』 川田茂雄


宝島社
 とにかく前半のクレームの実録がとんでもなく面白い。著者の川田氏は長く某カメラメーカー(本文中でも明らかにされてない)でクレーム対応を手掛けた大ベテラン。その経験を余すところ無く本書にぶつけたという感じが伝わってくる。自分も現場ではクレームに悩まされた経験があるだけに余計に身に浸みる。特に最近は東芝の例も有るようにインターネットでクレーム対応が公開されてしまう時代。対応に気を付けないとあらぬ方向へ進展しまいかねない。
 そうした中で、川田氏は悪質なクレームにつきまとわれつつも、「クレームは大切」という姿勢を崩さない。あくまで次へ活かそうとする。そういう姿勢と人柄が数々のクレームを解決させたんでしょうな。挿絵が意味不明なのを除けば読んで損はない。(9/28)


『ドキュメント 知財攻防』 日経産業新聞 (編) 


日本経済新聞社
 知的財産権の中でも特に著作権を巡るビジネスの最前線を取材した本であり、とってもためになる。近年、著作権の概念が、特にインターネットの発達によって大きく変容を迫られており、そうした中で、各種ビジネスにとっては、著作権は毒にも薬にもなるという諸刃の剣として無視できない大きな存在となっている。そんな動きがよく分かる。「攻防」とはまた上手い言葉を持ってきたなと思ったが、これは攻め手と防ぎ手との対立だけでなく、一つの企業体が攻め手でもあり同時に別の部分では防ぎ手でもあるということも表現している。
 難点を言えば、本書は新聞連載を纏めたものであることから、1つの記事が2〜3ページで完結しているため、1つのテーマを深く掘り下げるという構成にはなっていないことだろう。あと、今後重要になると思われる、放送番組のインターネット流通に於ける著作権処理に関する総務省の取り組みが全く紹介されていないのが残念。(9/24)


『火刑法廷』 ディクスン・カー


ハヤカワ文庫
 ディクスン・カーの最高傑作と言われているらしいので読んでみたのだが…。初心者にはお勧めできないという意見もあるので、そうなのかとは思うが、それにしたって私の嗜好とは全く相容れない作品だった。翻訳が堅いだけのせいでもないと思う。ルービンの壺だか、リドル・ストーリーだか知らないけど、要ははっきりしないのは気持ち悪い。本書に対する「ミステリとオカルトの融合」「エピローグが全て」等の絶賛を見ると、ミステリ感の違いとしか言いようがない。(9/23)


『悪の対話術』 福田和也


講談社現代新書
 よく読めば当たり前のことを書いてあるだけとも言えるが、みんなが何となくそうだろうなと思っていることをズバリと書いてしまうところが、福田氏の得意技である。例えば「人は平等ではない」「虚栄心をともなわない善意はありませんし、嫉妬を内に含まない祝福もまた存在しません」という記述。本書が「悪」を標榜する理由もこの辺に在るのだろうが、どこまで実践するかは読んだ人次第でしょう。(9/22)


『どんどん橋、落ちた』 綾辻行人


講談社文庫
 綾辻氏の中短編集、ということで期待して読んだのだが、残念ながら期待外れに終わってしまった。基本的には、「読者への挑戦状」ということで犯人当てを楽しむ仕掛けになっているのだが、これを当てるのは至難の業。トリックに納得の行かない話もあったし、何だかミステリ作家の内輪受けみたいな感じがいただけない。小説だけでなく、綾辻氏という作家が好きというレベルにまで達してないと、あんまり楽しめないのではないかと思う。
 まぁそれでも「伊園家の崩壊」は楽しめる。推理小説としてではなく、まさかあの一家がこんなことになってしまうなんて、という点ですごい。どっかからクレームは来なかったのだろうか。(9/)


『政党崩壊』 伊藤惇夫


新潮新書
 民主党と自由党が合併するという今日、浮かんでは消えた新党の歴史を振り返るのに便利な本。「日本新党」「新党さきがけ」あたりから「太陽党」「国民の声」とかのもう誰も覚えてない新党までの浮沈が綴られており懐かしい。
 著者は単なる政治評論家ではなく、自民党の事務局勤務を経て幾つかの新党の事務局長を務めた経歴を持ち、その当時の極秘メモを元に当時の発言やなんかが生々しく紹介されている。でも、本書の中で、民由合併も「簡単には実現しそうもない」(p.176)と言っており、ちょっと恥ずかしいかも。
 あと、小泉純一郎は政治改革の「抵抗勢力」だったという話は、もっと人口に膾炙してもいいと思う。政界をあげて政治改革に邁進していた平成元年の小泉の発言。
 「政治改革なんていうのは『無精卵』みたいなものだ。いくら温めても何も生まれてこない。そんなものには賛成できない」(p.41)


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