![]() 幻冬舎アウトロー文庫 |
![]() 一口メモ。最近では、組の名前の入った名刺を出しただけで脅迫になるら しい。(11/19) |
![]() 新潮新書 |
![]() 深読みは成る程なと思わせるのもあれば、そんなわけねーだろと言いたくなるのもないではないが、基本的に発表された当時の社会情勢等からあれこれ論じていく手法は面白い。例えば、ドリトル先生は動物の言葉が分かる。言葉が分かればそれで心も通じると考えるのは英語を世界共通語に押し上げた英国の侵略思想の現れなんだそうだ。 あと、 私が他のページで述べている『最後の授業』は領土問題を扱った政治的な意図を持った小説だ、ということもちゃんと出ていた。更に言うと、あのアメル先生は、ドイツ語圏を征服したフランス政府から、アルザスにフランス語を普及させるために派遣された、フランス帝国主義の尖兵だったのだ。(10/26) |
![]() ちくま新書 |
![]() 著者がドイツで一生懸命にカール・シュミットを勉強したということは伝わってくるが、カール・シュミットの紹介だけでなく現代日本の政治状況の書き方までもが極めて抽象的なため、内容が伝わりにくい。そうは言っても、小泉総理及び彼をのさばらせている日本の政治状況、そしてマスコミの姿勢をも強烈に批判していることは分かる。 また、返す刀で「抵抗勢力」就中「職業的官僚制」を強烈に擁護しているのだが、如何せん原田自身が現役の外務省職員であることから、中立的な意見としては素直に読めないところが難点。 全体的に新書にしては衒学的(ペダンティック)に過ぎる。 <おまけ>本文中の幾つか特徴的な言説を紹介します。 この「意思決定論者」が行っている「決断」は「公的」なものの領域を逸脱しており、その意味ですでに「政治」ですらない可能性があることは言うまでもない。しかも、そこで自らが下した価値判断の結果生じたことについて、責任すらとろうともしないこの「意思決定論者」に、私たちは何を託すことができるというのか。(p.72) …その意見表明について民主主義上の手続き的な正当性は乏しいはずのマスコミが代弁しているということを、看過することはできない。(p.121) 「改革」という名の特定価値判断に基づいた政治の流れができあがった時こそ、「抵抗勢力」が持つ積極的な存在意義は光ってくる。(p.153) (10/13) |
![]() ハヤカワ文庫 |
![]() ![]() |
![]() 宝島社 |
![]() そうした中で、川田氏は悪質なクレームにつきまとわれつつも、「クレームは大切」という姿勢を崩さない。あくまで次へ活かそうとする。そういう姿勢と人柄が数々のクレームを解決させたんでしょうな。挿絵が意味不明なのを除けば読んで損はない。(9/28) |
![]() 日本経済新聞社 |
![]() 難点を言えば、本書は新聞連載を纏めたものであることから、1つの記事が2~3ページで完結しているため、1つのテーマを深く掘り下げるという構成にはなっていないことだろう。あと、今後重要になると思われる、放送番組のインターネット流通に於ける著作権処理に関する総務省の取り組みが全く紹介されていないのが残念。(9/24) |
![]() ハヤカワ文庫 |
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![]() 講談社現代新書 |
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![]() 講談社文庫 |
![]() まぁそれでも「伊園家の崩壊」は楽しめる。推理小説としてではなく、まさかあの一家がこんなことになってしまうなんて、という点ですごい。どっかからクレームは来なかったのだろうか。(9/) |
![]() 新潮新書 |
![]() 著者は単なる政治評論家ではなく、自民党の事務局勤務を経て幾つかの新党の事務局長を務めた経歴を持ち、その当時の極秘メモを元に当時の発言やなんかが生々しく紹介されている。でも、本書の中で、民由合併も「簡単には実現しそうもない」(p.176)と言っており、ちょっと恥ずかしいかも。 あと、小泉純一郎は政治改革の「抵抗勢力」だったという話は、もっと人口に膾炙してもいいと思う。政界をあげて政治改革に邁進していた平成元年の小泉の発言。 「政治改革なんていうのは『無精卵』みたいなものだ。いくら温めても何も生まれてこない。そんなものには賛成できない」(p.41) |