No. 66 武生林道と武生神社

たきうりんどうとたきうじんじゃ

一言メモ 自然美の山を縫う新林道と山間の社
市 町 村 常陸太田市
東  経 140-27-29.6
北  緯

36-41-56.5


 詳しい地図↓

最終更新日:2002.3.17.

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武生神社


展望台の階段


眺望


眺望(うねうねした林道)


紅葉

【ここの概要(歴史、自然など)】

  竜神峡よりやや北の小道から、ほぼまっすぐ北へ抜けて国道461号線に出るルート。昭和41年度に着工して58年度に完成した。百景の選定年は昭和58年だから、「一言メモ」の「新」林道はその当時のもの。今となっては、古いもの。
 ルート全体は、ひらがなの「し」のような形をしており、武生神社はその縦線が曲がり始めたところあたりにある。林道は尾根沿いに走っていて眺望が望め、一部には展望台もある。ただ、林道なので、道の状態はあまり良くない。「路肩に注意」なる標識もあるくらいで、バイク向き。
 神社は、規模は小さいが、神秘的な雰囲気なので、結構お気に入り。

【行ってみた感想】 2002.11

 神社近くの林道はコンクリート舗装で道の状態はあまり良くない。林道だが全舗装で、バイクのみんなはダートを期待してはならない。
 2000年末に行った時にはバイクだったが、今回は車。小回りが利く車なので、特段問題はなし。紅葉を期待していたのだが、全面紅葉というのは難しいのかなあ。

【看板説明文】

● 武生神社(たきうじんじゃ)
祭神 大戸道尊(おうとのじのみこと)
由緒 当社の西北に山あり。これを本宮という。神武天皇の頃、大戸道尊がこの山頂に降臨され、大宝元年、役小角が神霊をこの地に遷祀した。大同元年、坂上田村麻蝦夷征伐の際、武運長久を祈願して本殿を修築し、「やぶさめ」の神事を奉奏し、この儀式は長く伝承されたと云う。
 元は修験道の道場であったが、鎌倉時代、東金砂山東清寺の末寺となり、僧侶が奉仕した。徳川光圀の命に依り修験職の旧に復し、武生山飯綱大権現と称した。そして大音院が別当職となり、明治の神仏分離実施まで続いた。故に両部神道の遺物多く、仁王像鐘等はその最たるものなり。本殿は、天明六年の再建、仁王像は正徳六年 大仏師 運営の作である。
(読みやすくするため、句読点を追加した。)

● 武生林道
 この林道は、水府村の北西部に位置し、森林資源の開発をはかり、あわせて武生、安寺を連絡する生活道路とする計画のもとに昭和41年度に着工し、59年度に完成しました。
  幅 員.4.0m
  延 長.7,603m
  事業費.4億7千6百万円
利用される方へ
 林道の規格、構造は、公道とは異なり路肩の保護、法面の落石防止等の処置が十分ではありませんので、次の事項を厳守の上通行してください。
1. 降雨、降雪時には、スリップまたは落石の危険があります。
2. 車のスピードは、時速20km以下として下さい。
3. 夜間または濃霧のときは、通行を避けて下さい。
4. 見通しの悪い所での駐車は、避けて下さい。
水府村

【備考】

 関連サイト: 水府村商工会  茨城県林業技術センター  
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