No. 41 | 国王神社 | ||||||||||
(こくおうじんじゃ)
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詳しい地図↓ ◎
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最終更新日:2002.4.14. |
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【ここの概要(歴史、自然など)】 平将門については、高校の日本史の授業でじっくりとやったので、ここでその内容を詳しく述べてみたい。(ノートが見つからなかったので、固有名詞は省略(^_^;)) 平安の中期、貴族社会は崩壊を始めていて、地方豪族には腐敗していたものが少なくなかった。この地方を治めていた貞盛も例外でなく、地元の人々は反感を高め、ついにその意向を受け、平将門(もともとこの地方を治める一族の血統だった)が蜂起した。 この戦いは、武家の力を増強させることになったとともに、朝廷にとっては地方支配の方法を考えさせることとなった。その後、源平の時代につながっていくことになる。 国王神社は、972(天禄3)年、三女の如蔵尼が父の陣没した場所に創建したといわれる。現在の本殿は1683年のもの。 【行ってみた感想】 2001.12 幹線道路のすぐそばにあるので、見逃すということはなかったが、看板は神社のすぐそばにしかないので、近くに行くまではどこかと探すことになる。ここもまた地味な所。神域などもそれほど広くはないが、なかなか雰囲気のあるいい神社だと思う。茅葺きの拝殿も珍しい。 余談だが、毎年11月頃、板東市では将門まつりが催される。 【看板説明文】 ● (武家時代文化ライン) 国王神社 【備考】 |
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