The memory in the lost past

13歳 入隊(4)


 第二訓練場は、城の西側に位置している。
 城にある第七までの訓練場の中で、<意志の者>が使用しているのはここだけだ。他の訓練場よりも2周りほど小さく、大人数で訓練をするには向いていない。しかしそれは、<意志の者>の中の武術の浸透度を表しているかもしれなかった。
 <意志の者>は6者の中でも最も人数が少なく、百を少し超える程度だ。そのうち6割ほどは研究主体であり、実践には向いていない。何故かといえば、<意志の者>は召喚魔法が使えることが重要視されており、体力がなかったり、歳をとっていたりすることはさほど問題視されないからだ。選ぶことができるほど精霊を召び操ることができる人間は多くはない。
 そうでないもの、つまり<戦の者>と同じ、または多少は劣るが足を引っ張らない程度に動ける<意志の者>は、今現在四十弱といったところであろう。それは、<意志の者>において紺と黒の十字架をつけている者の数と一致する。そして、その<意志の者>たちを統べるのは<意志の者>ラダムではなく、その副長であり、あるいは<戦の者>トゥワードとも言われていた。
 <戦の者>と<意志の者>の相互関係はそこまで深い。
 そのため、<意志の者>の選抜試験で行われる模擬戦闘を<戦の者>が監督することも当たり前のように思われていたし、そのことで他の6者が口出しすることもなかった。実しやかに囁かれている噂では、<意志の者>を受験した人間を<戦の者>として採用しているとも言われているし、トゥワードは<戦の者>では飽き足らず<意志の者>を始めとする他の6者を、最終的にはトゥールフォートを乗っ取るつもりなのだという悪言すらある。ラギンを<戦の者>に入れたのもその布石で、ゆくゆくはラギンを傀儡にし、自らが政を執るつもりなのだそうだ。
 トゥワードに接したことがある人間、とりわけラギンとの関係を見たことがある者にとっては事実無根だと一蹴する程度の噂だ。しかしトップ同士の確執もあって、<護の者>の中には明らかに侮蔑の目を向ける者もいる。それに対してトゥワードは始終無視に徹していた。これ以上ことを荒立てることはないと考えているのだろう。
 <戦の者>全体の意見としてもトップに準ずるものらしく、明らかな挑発にも乗るものはいない。けれども一つ言えることは、そういった態度は<戦の者>の株を下げることはない。つまり、トゥワードの有能さが損なわれることなく、逆に攻撃する側の品位と貶めているのだ。


「よう、ラズルド」
 第二訓練場の入り口付近にいた背の高い男にトゥワードは声をかける。
 試験も終わったのだろう緩やかな空気が漂っていた。声をかけられたラズルドも緊張した面持ちとは違った様子だったが、そこに立っている男を認識すると驚きに目を見開いた。それでもすぐに直立不動の姿勢をとると周りの男たちと共にトゥワードに敬礼をする。
「トゥワード様、何か急用でしょうか?」
「いや。――― 面白いのがいないかと思ってな」
 からかうような笑みに、常識人らしくラズルドは困った表情を浮かべた。他の男たちも同様にどうしたら良いのかわからないようだ。後ろに立っていたラギンに視線を投げかけてくるが、少年にできることは肩をすくめることぐらいだ。それでもそれで状況は伝わったらしい。
 嘆息とともに言葉を吐き出す。
「面白いだけなら……。能力は私たちには判りかねますので」
 否定的なニュアンスにも落ち込むことはなく、トゥワードは興味を示した。身を乗り出し、子どものような雰囲気でさらに先を聞き出す。
「どんな奴なんだ?」
「奴は可哀想ですよ。―――女の子です」
「女の子ぉ!?」
 素っ頓狂な声が辺りに響いた。真面目な顔をして立っていたラズルドや周りの男たちもそれには思わず噴き出す。
「女の子っていくつだ?」
「………さあ、あいにくあの程度の少女の知り合いはいないので。ラギンと同年代だと思いましたが」
「そんなちびっ子が? そりゃ、本当に女か? 童顔の男じゃなくて」
「髪が長かったですし」
「今時、髪が長い男なんでそこらへんにうじゃうじゃいるだろ」
「そうですが。……華奢でしたし」
「ラギンだってそんなもんだろ。見間違いじゃねえのか?」
「―――サラムが将来美女になると言っていたのでそれはないと」
「お! そりゃすげえな」
 散々否定していたトゥワードも、隊1番の女たらしの太鼓判を受けたと知って満面な笑みを浮かべた。そんな子だったら<意志の者>落ちたら<戦の者>で入れてやろうと画策もし始めてる。
 それに周りにいた男たちが悪乗りをする。あの子だったらどんなに使えなくてもいいとか、ぜひ受付にとか、医療チームで癒して欲しいなどといった様々な要望が矢継ぎ早にでるところからすると、よっぽど今の<戦の者>が女旱(ひでり)だと証明しているようなものだ。
 さすがに馬鹿騒ぎになりすぎて、ラギンも注意をすべきかとあぐねていると、突然扉が中側から開かれた。
「うるさい! ラズルド、さぼるんならもう少し………て、あんたのせいか」
「よう、アーシュ。そっちはどうだ」
 注意しようとしたその勢いは、そこにいるトゥワードのせいで萎んだらしい。呆れた顔になったアーシュにトゥワードは笑った。
「全部終了した」
「………で?」
「で、なんだ」
 興味津々の<戦の者>に、憮然と返すアーシュ。同期だという間柄が礼儀を一掃させるらしく、口調に堅いものはない。
「どうだった?」
「まあ、そこそこだ。戦力になりそうなのも少し。………それよりも、ミルハ腕落ちてないか?」
 トゥワードの聞きたいこととは微妙にずれた答えを返して、アーシュは腕を組む。試験内容よりも、護衛として受けたミルハの腕のことが気になっているらしい。
「そうじゃなくって。かわいい子がいたんだろ? 候補者の中に。まあ、ミルハの奴は俺から直々に訓練しとくし、ついでに紺にも特別訓練をやってみるか?」
「お前がやらなきゃ俺がやろうと思ってたからな。ミルハは頼む。特別訓練は、副長に一応聞いてみる必要があるな。俺としては是非ともと言いたいところだが」
 まわりにいる紺の十字架を持つ人間の心臓を悪くする話をしながら、アーシュは扉に体重をかけながら顎鬚をなでた。
「そういえば、幼い娘はいたな。なんだそのことで騒いでたのか。お前のことだからきっと<戦の者>に入れるとか言ってたのだろう」
「おう、よくわかったな」
 そうなんだと笑うトゥワードを一瞥し、アーシュはため息をついた。
「無理だ。あきらめろ」
「なんでだ、<戦の者>に女の子がいちゃいけないなんて決まりはないぞ」
 簡単に否定されたのが嫌だったらしく、なおも食いつこうとしたトゥワードにアーシュは眼を上げる。
「あの子は、――――<意志の者>だ」
 しん、と静かになった。



        目次