The memory in the lost past

13歳 入隊(3)


「ラギン。足が早えぞ」
「………」
 ラギンから数歩遅れて、トゥワードは中庭を歩いていた。
 たまにすれ違う<戦の者>が、ラギンの姿で身体を固くしているのに内心で苦笑する。副長直属の小隊に接する機会が多い中央所属の男たちでさえこの様だ。地区所属に至ってはどうなることやらと無責任に思う。
 ラギンを<戦の者>に推し進めたのはトゥワードだ。
 出会ったのは今から5年前、ラギンが8歳の時である。次期<主君>としての嗜み程度に武術を教えることを<戦の者>の称号と共に前任者から受け継いだのだ。
 ラギンは決して背格好に恵まれていたわけではない。しかし、才能はその当時でさえ明らかに抜きんでており、さらに彼は負けず嫌いだった。誰かと手合わせをし敗れると、その相手を倒すために猛特訓をする。力では勝てないことを理解しているため、戦術と速さ、そしてともすれば弱点になるその体格を生かして戦うことを覚えていった。その結果、10歳を越えるころには大の大人と互角に戦える腕前になったのである。もちろん“炎の王に愛されし子”の力を使うことなくだ。
 さすがにそれにはトゥワードも舌を巻いた。そして同時に、そんな逸材を見逃すわけにはいかないと思ったのである。
 けれど、ラギンは次期<主君>だった。
 職名を受ければ危険も伴う。そして、6者の中で最も危ないと言われるのが<戦の者>だ。国同士の戦争が行われたことはここ数十年なかったが、常に犯罪者と接しているために普段の仕事でも万が一の可能性もある。そんな仕事に就かせるわけにはいかないと<衛の者>を始めとした反対を受けた。
 しかし、トゥワードはそこで折れるわけにはいかなかった。
 同じくラギンの教育係であった<意志の者>ラダムを巻き込み色々と考えをめぐらせて、数ヶ月後炎の魔法に対する体質を糸口にすることを思い立ち、なんとかラギンを<戦の者>にすることを認めさせたのである。その間、約2年。何度か行われた話し合いのおかげで<衛の者>との折り合いはかなり悪化しており、1年経った今でも関係の修繕は上手くいっていない。
(まあ、いいさ)
 これから先、何度となくやりあうことになるだろう。ラギンに対する価値感があまりにも違いすぎるためだ。何事にも<主君>第一の<衛の者>と、同レベルに考える<戦の者>では仕方ないことなのかもしれない。<衛の者>の神経質そうな顔を思い出しながら、トゥワードはそう考えた。
 嬉しいことに国民の間では、次期<主君>が<戦の者>になったことが徐々に浸透し歓迎されているようだ。その証拠に、今年の<戦の者>候補者は倍増した。<主君>になる前にラギンを一目見ておこう、うまくいけば同じ職場で働くことができるかもしれないと考えた人間が集まったためだ。
 つまり当の本人だけは気づいていないが、本勤務から外れた理由はほとんど自分のせいなのである。それをトゥワードのせいだと責めつけてきたのだから、<戦の者>護衛という意地悪は許容範囲だろう。
 怒った背中を見ながら、トゥワードはこっそりと笑った。


「ラギン。こっちだ」
 人の気配がなくなった道で、トゥワードは声をかける。それにようやく振り返ったラギンは、案の定ひどく怒った顔をしていた。
 それを見てトゥワードは大げさに息を吐く。芝居がかったその様子にラギンの怒気は増すが、それでも声だけは感情を抑えた。相手は<戦の者>であり、自分は<戦の者>護衛が今の仕事だと思ったからである。
「そちらは<意志の者>試験会場です。あなたは、<戦の者>でしょう?」
「まあな」
 怒りを含みながらの丁寧な口調に驚くどころかトゥワードは不遜な笑みを返した。それに越えられない壁を見せつけられたようでラギンはさらに一段と苛(いら)つく。口を開く動作が少し乱暴になった。
「では、そちらに行く用事はないのでは? 仕事を放棄される、ということでしたら話は別ですが」
「なんでだ?」
 心底不思議そうな返答に、ラギンはその場で怒鳴ってやりたい気持ちになったがなんとか抑える。代わりに呆れた声を出した。
「<戦の者>は選抜試験の総責任者です」
「ああ、だから?」
 あくまでも能天気な上司に今度こそ自制はきかなかった。足を踏み鳴らし、きっとトゥワードを睨みつける。
「<戦の者>候補はどうします……んだって言ってるんだよ。わざわざ<意志の者>候補なんか見にいかなくてもいいんだろう、お前は!」
「ああ? 逆だって逆。どうせ<戦の者>の方はワスが見てるんだ。それよりも<意志の者>にいいのがいないか見に行った方が建設的じゃないか」
 突然の口調の変化にもさして表情も変えずにトゥワードは言い返した。左手を己の剣に乗せ、だらけた雰囲気を隠しもしない。
「それこそアーシュとかラズルドとかいるだろ」
「そういやそうだな。まあ、結局はそっち行ったほうが面白いだろうってだけなんだが。そうそうラダム爺さんの身内も今回いるらしいぞ」
 見てみたい気がしないか、と同意を求められてもラギンは到底納得できない。さきほどまでの我慢もすべて吐き出すように乱暴な言葉に拍車がかかっていた。
「面白いで仕事をするな。それくらい俺にもわかることだ! だいたい格好からしてお前は間違っている。今日は滅多にない正装の日だろ? お前が私服だからって俺までこんな格好をさせられて、……て、トゥワード! 話を聞いているか!」
 <戦の者>の執務室で着てきていた正装は脱いだ後だ。今は2人とも目立つことのない私服を着ている。剣も装飾のない普通のものにしており、知らない者が見れば2人が<戦の者>だとはわからないだろう。それこそ試験を受けにきた候補者に見えるかもしれない。
「聞いてる聞いてる。ラギンは正装がよかったんだろ? それならお前だけ正装でも構わなかったのに」
「どこの世界に護衛対象より目立つ護衛がいるんだよ」
「そういやそうだなあ」
「ふざけるな、トゥワード」
 ラギンは息が荒くなっていた。ともすれば先刻の部屋のように掴みかかる勢いだったが、さすがにいつここに人が来るかわからない場所でするわけにはいかない。
 そんなラギンの感情などお構いなしにトゥワードは飄々としたままだ。
「あんまりふざけてないつもりだけどな。まあいいか。ほらいくぞ、ラギン」
「どこへだよっ!!」
「ああ? 第二訓練場に決まってるだろう」
「…………っ!!」
 それでもトゥワードが歩き出せば、しぶしぶとラギンが同じ方向へ足を向けた。そのことを気配で察したのか、トゥワードの肩が小刻みに震えている。きっと笑っているのだろう。
 それに気づいたラギンは、その後姿に向かっていつか絶対踏み越えてやると毒づいた。



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