ピピピ、と電子音が部屋に響く。
 本日、浩斗にはデートの予定は入っていない。それを、どこからか聞いたのかひょっこりと柚麻が遊びにきていた。部屋でゲーム対戦をしている時だったから、その音は放っておかれて、3コール目でぷつり、と切れる。メールのようだった。
 その音が妙に気になったが、今はそれよりも、目の前で負けそうになっている自分のキャラクターの方が大事だ。
 この勝負に負けると、浩斗にとって記念すべき50敗目となり、柚麻によるバツゲームが待っている。49敗目の時に約束したのが今となっては悔やまれていた。
 圧勝する予定が、浩斗の操作するキャラクターはほとんど瀕死だ。
「誰が負けるか……!」
「甘い」
 満を持して放った必殺技はあっさりとかわされ、反対にカウンターを喰らって浩斗のキャラクターは地面に倒れた。
 浩斗も一緒になってその場に倒れると、上から非情な言葉が降ってくる。
「私、レゾンのパスタが食べたいんだけどなぁ」
 つまり、それがバツゲームだといいたいらしい。
 レゾンは知る人ぞ知る本格イタリア料理屋だ。目が飛び出るほどの高い店ではないが、それでもファミリーレストランと比べると差は明らかである。
「高え………」
 社会人ならともかく、学生の身分で行くには少しきつい。そう返した浩斗に柚麻はしれっと答えてみせた。
「だって浩斗、給料でたばっかでしょ?」
「何で知ってる…………」
 倒れ伏したまま、浩斗はコーヒーを口元へ運んだ。苦い味は、脳を覚醒させ、先ほどのゲームを思い起こさせる。
 スタートした時に守りを固めたのがいけなかったのか。
 中盤に仕掛けた連続技が決まらなかったのがいけなかったのか。
 1番は、やはり最後の必殺技が。
 そんなことを考えていたら、浩斗の隣から携帯のボタン音が聞こえてきた。視線をやると、柚麻がメールを打っている姿が見える。
「柚麻。携帯持ったのか?」
「うん、買ってもらったの」
 浩斗の声に答える時も、柚麻の視線は画面に向いたままだ。
 それが面白くなくて、浩斗は体を起こす。膝をたてかけて、ひたすらにメールをうつ彼女を見るが、柚麻からは、何の反応も返ってこない。
「誰とやってんだ?」
「ん。綾人くん」
「はぁ?」
 思わず声をあげる。それもそのはず、綾人というのは、浩斗の彼女の弟だ。この前4人で遊びに行ったとき、妙に柚麻と仲がよくなっていたのはわかっていたが。
「い、いつ、メールアドレスの交換なんか………」
「この前」
「この前のいつ」
「火曜だったかな」
「………へぇ」
 火曜日に会っていたなんて知らない。
 背筋に汗が一筋流れるのを浩斗は感じる。顔が引きつってないといいと思った。
 余裕がいきなりなくなって、動悸が早くなる。
 自分よりも先に、男を登録するなどとは思っていなかったことが、衝撃となって浩斗を襲う。
 かろうじて口を開くが、できるだけ興味のなさそうな顔をするので精一杯だった。声まで、演技できない。
「何人登録してるんだ?」
「3人」
「少ねえな。友だちいないのか?」
「別に。教える必要のない子には教えてないだけ」
 柚麻の言葉に浩斗の胸は痛む。
 柚麻の3分の1のなかに、浩斗は入らない、と言われたのと同じことだ。
(アイツは入っているのに)
 優しげな面立ちの少年を思い出す。今度会ったら、問答無用で殴りかかりそうで怖い。9つも年下の子どもなのに。
(嫉妬かよ………)
 今さらながらにその気持ちに気付いて、浩斗はため息をついた。
 柚麻が取られそうになって、さらに自分には彼女がいる状況で、そんなことを思うのはどうかと理性の片隅で考えるが、感情の方がついていかない。
「で。浩斗。レゾンのパスタ、奢ってくれるの?」
 柚麻を取られたくない、と自覚した浩斗には多少の出費も怖くなくなっている。たかだか小学6年生に負けてたまるか、という意識もあった。
 ただ、勝てる要素はそんなにないことも自覚済みだ。
(………人生の経験と金銭に関してくらいか)
 だからこそ、この誘いもきっちりとこなさなければならない。
「奢ってやるよ」
 浩斗はにっこりと笑ってそういった。ついでにストラップもついていない、少し昔の型の携帯をポケットから取り出す。
(とりあえず、4分の1には入っとかないとな)
「なあ、柚麻……」


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