いつもの助手席じゃなくて、運転席の後ろの後部座席。
「今度の日曜、開いてるか?」
と、浩斗から言われて、思わず頷いてしまった結果がこれだ。なんだか、自分の立場というものを改めて自覚させられたみたいで、悲しい。
浩斗の彼女は、すごくかわいかった。
自分とタイプが違うことがこの歳でもわかる。可愛げがないのはとっくに自覚済みだけど、こういう路線で攻めればよかったのかもしれないなんて、漠然と思う。可能か不可能か。たぶん、不可能だけれど。
そんな心とは裏腹に、彼女さんとはとても友好的だ。お互いの自己紹介の後に、「今日は楽しもうね」なんて言われて「はい」と優等生の返事。実際、とても良い人だったし、彼女さんには悪いところはなにもないのだから、悪い感情を持つ方がおかしい。
だけど、浩斗は私のことを「親戚の子」なんて紹介をしてくれた。
確かに、大学生と小学生の知り合いっていっておかしくないのは、そんな紹介だけなのかもしれない。けど、そんな紹介をするくらいならこんなところに連れてこないでほしい。
浩斗が彼女をつくっても私に文句をいう筋合いはないけれど、だからといって自分が惨めになる必要なんてないはずだ。
そんなことくらい理解してほしい。無理かな。……浩斗には無理かもしれない。
実は、お出かけは3人ではなく、4人だった。
運転手は浩斗。助手席は彼女さん。
私と一緒に後部座席に座ってるのは、彼女さんの弟くん。歳は私と同じで12歳。
綾人、と名乗った彼は、優しそうな外見からは想像できないけど、すごくシスコンらしい。浩斗のいないところで交わした自己紹介で、彼は笑ってそう言った。
だから私も、浩斗とは親戚で、すごく仲がいいんだ、なんて言ってみた。嘘をつくのは気が引けるけど、でもやっぱり私から本当のことを話せない。
『じゃあ、今日は2人ともやきもちを妬きにきたんだね。つまり、仲間ってことだ』
弟くんは私に同じ気持ちを抱いたらしく、車に乗り込んだ後も会話を続けてくれる。
「柚麻の学校って、すごいな」
「……そう? 慣れちゃうとあんまり感じないから」
私も2人を気にして嫌な気分になるよりも、彼と話をしている方が楽しかったから、後部座席でおしゃべりに興じた。
彼は、なかなか博識だったし、話すのも聞くのも上手だった。学校の話も新鮮だったし、学校の友達が嫌がるゲームの話ができるのも嬉しかった。
運転席の浩斗と隣に座る彼女さんも、最初は私たちのことが気になっているみたいだったけど、仲良くしているのに安心しているのか、途中からは2人だけで話している。
その様子に、安心して、ほんの少し胸が痛んだ。
「ひまわり。すごいね」
一面のひまわり畑。
黄色い花が太陽に向かって咲いている。
「……ねえ、柚麻。一緒にいこ?」
綾人くんが、私を誘ってくれたので、素直に頷いた。
さすがにこんな良い景色のところで、カップルの邪魔をするわけにもいかない。だけど、一番の理由は綾人くんと一緒にいるのが、楽しいことだった。
「気をつけてね」
という彼女さんの言葉にも「ハイ」と返事をして、私たちは駆け出す。
視界に入った浩斗の姿を無理矢理頭から追い出して、私はひまわり畑の中に飛び込んだ。
黄色い花々が頭の上で咲いている。
列にそろえて植えてあるひまわりは、私たちの背よりも高い。
さりげなく手を伸ばしてくるあたりは、なかなか慣れてるなぁなんて思う。私も気付かないフリをするほど意地悪ではないので、素直に手をつなぐ。
真ん中あたりまでくると、他には誰もいなかった。
なんか幻想的だ。
そんな場所に、男の子と2人きりで、手をつないで。
なかなか考えられないシチュエーションに、思わず笑ってしまった。
くすくす、と笑う私に彼も一緒になって笑って、しばらくの時間が過ぎる。
ようやく笑いが収まると、彼が何気なく言った。
「あのさ」
「なに?」
「親戚の子って嘘でしょ」
「本当よ」
目線をそらさずに、彼の視線を返す。嘘がばれないように。でも瞳が揺れることは、自分ではどうにもならない。そんな様子に気づいたのか綾人くんの視線がふわりと優しくなる。
「じゃあ、恋愛感情もってる? 大好きなお兄ちゃんじゃなくて、一人の男の人として」
「………そんなことない」
首を横にふるけど、綾人くんの手に込める力は強い。嘘を見抜くように。
「わかっちゃってるから、隠さなくてもいいよ。姉さんには言わない」
「………」
にらみ合いが続く。といいたいけど、睨んでるのは私だけで、彼はにこにこと笑ってる。
そんな相手に勝てるわけがなく、私はしぶしぶ白旗をあげた。
「……やっぱり」
「悔しい」
「何が?」
にこ、と笑うその姿が今はとてもむかつく。だけどそれだけじゃない。
私が浩斗を好きなことを、受け止めてくれる存在を初めて知った安堵感がある。 綾人くんのことはとてもむかつくけど、安堵感を感じる自分はもっとむかつく。
「……なんでもない」
子どもじみた(子どもなんだけど)感情を知られたくなくて、ぷい、と横を向く。
「怒んないでよ。ごめん、ね?」
手を引っ張られて、相手の顔を見ると、とてもすまなそうな顔をしていた。でも、どこかで全部お見通し、という顔もしている。
(役者ってことね)
ため息をつく。降参するしかない。
こういう駆け引きは嫌いじゃないけど、ここで勝負をする理由がない。
「怒ってないよ。でも、何で私が浩斗のこと好きだ、ってわかったの?」
「あんまりにも気にしてないところ。大好きなお兄ちゃんだったら、もっとかまってもらいたいはずなのに。今日、全然見てないでしょ?」
「………見すぎも意識しすぎだけど、見なさすぎも意識しすぎなのね。これから気をつけようっと」
はあ、っとため息をつく。
「頑張って、奪っちゃってよね」
さらり、と危険なことを言った彼に、私はびっくりとして、またため息をついた。
「本当にお姉ちゃん好きなんだねぇ……」
「まあね。でも、朔井さんは結構合格だったんだけどね。きみがいたから」
「へ?」
変なことを聞いた気がして、聞き返すと、彼はやっぱり笑っていた。
冗談か本音か区別がつかない。
自分もつくづく子どもっぽくないと思ってたけど、上には上がいるんだなぁ、とぼんやり思った。
「手をつなぐのは好きなんだ」と言った彼に敬意を示して、手をつなぎながら、浩斗たちのところに帰る。
視線を合わせるのは怖かったけれど、耳元で彼が囁いた「にっこり笑って手をふってごらん」の言葉通りにすると、浩斗も不機嫌ながら手を振り返してくれた。
彼女がいるときでも、そんなリアクションくらいなら返してくれることを知って、なんだか嬉しい。
つないだ手をぎゅっと引っ張る。驚いた顔をして彼がこちらを見てきたので、小声で「ありがとう」と呟いた。彼も「どういたしまして」と呟いて、2人して笑う。
帰りの車の中もずっと手はつないだままで。人の温もりはこんなによかったに気持ちよかったのか、とのんびりと考えた。
途中で寄ったコンビニで、私たちは浩斗たちを追い出し、2人で車に残った。
「なんか、柚麻が朔井さんに振られれば、なんて思っちゃった」
ポツリ、と彼が言う。
「なんで?」
今の状態はふられてるみたいなものだけど、再確認させられるとそれはそれで傷つく。複雑な心。だけど、それが本心。
「そしたら、僕が口説くから」
「え?」
とんでもないことを言われた気がして、彼の方をみると、すごく真剣な目をしていた。
冗談と本音、その視線の答えは一つしかない。
「うん。良い考えだ。そうしたら僕はシスコンから卒業できるし、柚麻は歳の差を気にしなくてすむ。良いと思わない?」
「………思わない」
「そうかなぁ。そっちの方が柚麻も幸せだと思うよ。20過ぎのおじさんと前途有望な12歳の少年。たぶん僕は朔井さんより頭いいし、要領いいし……」
次々と出される言葉に、少しだけ浩斗が可哀相に思う。
「……ひど」
思わず出た言葉も、彼はきっぱりと肯定する。
「うん。だって、やっぱり僕は僕の幸せが一番だから」
「あんたになんて一生口説かれてやんない」
宣言したら、彼は笑った。今まで見たことがない、温かい笑みで。
今日見たひまわりみたい、と思った。
|