「ねぇ」
 上目遣いでそんなことを言われたら、余裕なんてなくなってしまう。
 そのまま、頬に手を伸ばして、唇に指を滑らせて、瞳を覗きこんで、………。まあ、いろいろしたくなる。相手が恋人だったり、OKな相手だったら、即実行に移したり。
 男なら、そんな経験があると思う。
 部屋に遊びに来る少女のその攻撃に、いくら耐性がついたといっても、オレは余裕なんてはっきり言ってない。それどころか、このままだととてつもなくヤバイことになりそうだったら。
 悪いことだと思ったけれど、彼女を新しく作った。
 少女に持ついろいろな妄想は、ただの欲求不満の現れだろうと。
 そう思ったオレのとった手段だった。

 結果は、あんまりよくない。
 新しい彼女には、悪いところはない。かわいくて、そこそこに我侭だ。恋愛慣れしてるから、面倒な手順を踏まなくてもいい。
 依存されるわけでもなく、かといって全くの放任でもなく、恋愛相手としては最高の相手だと思う。恋愛の駆け引きをしようと思えばついてきてくれそうだったし、やりたくない時はそのままあわせてくれる。こちらに余裕があれば「構って」と言ってくるし、余裕がない状況に置かれていればそっとしておいてくれる。彼女いない歴21年の友人や、記念日彼女の相手が大変なゼミの先輩なんかは、すごくうらやましがってくる。
 確かに、今までの彼女と比べても、彼女はかなり良い相手だ。
 だけれども、いろいろな時に、思わず思い出してしまうのは、色素の薄い髪を持つ少女。
 申し訳ないと思っても2人きりの時でも考えてしまう。これは、裏切りともいえるのかもしれない。
「ねぇ」
 上目遣いで、さらにシャツの裾を引っ張られても、なんとなく持ててしまう余裕。そのことに少しばかりの罪悪感を覚える。
 でも、声にはだせない。
「ん? 何」
「今週の土曜日って暇?」
 首をちょこん、と傾げるのはカワイイと素直に思う。けど、それだけ。
 だけど、恋愛なんて育てるものだから、まだこれでいいだろう。と、言い訳めいたことを思う。
「うー。まあ、暇かな。なんで?」
「あのね。一緒に遊ぼってのがいて」
 アウトドアとインドアだと、オレはインドア。海とか山とかは嫌い。ピクニックなどは到底遠慮したい。ついでに、あんまり集団行動はすきじゃない。
「…………それは、いわゆるダブルデート?」
 思いっきり嫌そうな顔をした自覚がある。
「ううん。浩斗くんの品定めだって」
「は?」
 オレの表情になのか、自分が言ったことについてなのかわからなかったけど、少し困った顔になって、彼女はそう言った。
「実は、弟なんだ。最近出かけてばっかだったから、なんか拗ねちゃったみたいで」
「へえ……。そうなんだ」
 彼女の言葉で柚麻のことを思い出す。そういえば、彼女ができてから部屋に柚麻が来ることがだいぶ減った。たまに会っても拗ねることはない。前みたいにカフェオレを飲んで、まったりとして、ゲーム対戦をして、帰っていく。たまにヤバイ状況に陥ったり、ケンカをしたり、仲直りする。前と違うのは、マンションまで気軽に遊びに来なくなったことぐらいで、他はあっけないほど変わらない。
 それがいいのか悪いのか。
 たぶん、少し残念がっているというのが事実だ。
 焼きもちを妬いて、「私を好きになって」なんて言って欲しかったわけではないけれど、それでも何かリアクションが欲しかった。
 けれど、柚麻は前と一緒だ。オレへの愛情はそんなにないのではないか、と勝手に考えてしまう。まあ、それは事実かもしれないけれど。
「弟くんって何歳? 仲いいね」
 そんな自分の考えを無理矢理横に起き、会話の流れをそのまま保つ。
「可愛いんだよ。結構離れてるの。今ね、小学校6年生」
 そんな彼女も弟をかわいがっているのが表情でわかる。
「ふうん」
 柚麻と同じ歳か、と思って、オレは一つのアイデアを思いついた。
「オレもさ、親戚の子がいるんだけど。そいつも連れて行っていい?」
 変な気持ちは全くなかった。
 ただ単に、柚麻と最近会ってない、と思ったし、彼女の弟が1人だけだとつまらないだろうと思っただけだった。
「うん、もちろん」
 彼女も素直に頷いてくれた。

 後になって、オレはこの時のオレ自身を呪った。


Back        Title        Next