「海だー!!」
 助手席から前方に見える海を見つけて、柚麻は叫んだ。
「海だよ! 海〜!! うわー。すごいね。広いね。でかいね〜!!」
 『嬉しい』を最大限に表現した声で、叫ぶ。
「ねえねえ、浩斗。海だよ。すごいね〜」
 反対に、運転席に座る男は、不機嫌を隠さずに煙草をふかしていた。
「そりゃよかったな」
「うん!」
 普段の柚麻だったら言い返すところだが、海があるせいか今日は素直に頷いた。
「窓開けていい?」
「駄目。排気ガスが入る」
「けち〜」
 浩斗の言葉にもいちいち突っかかったりはしない。
 それどころか、にこにことした顔で窓から見える景色を追っている。
 
 快晴の青空のもと。 
 今日は、2人で海へドライブに来ている。

 冗談として終わった告白大会。
 その代償として、浩斗が提案したのが、このドライブだった。
 柚麻としては、その場ではすごくムカついて、捨て台詞を吐いて部屋を飛び出したけれど、よくよく考えれば、嘘でも自分のことを好きといってくれた。
 そのことが嬉しくて、怒って出て行ったことも忘れて、浩斗の部屋へ遊びに行った。
 そして、ドアをあけた途端、『ごめん』と頭を下げて、『ドライブでもどこでもつれてってやるから許してくれ』と言ってきた浩斗に、小学校6年生ながら回転の良い頭はしっかり稼動して、『じゃあ、海がいいな』と返事を返した。
 そして、今に至っている。
 海は嫌いだ、とブツブツ言っていたが、よほどこの前のことに罪悪感を感じているのだろう。不機嫌は不機嫌でも、こうして連れてきてくれている。
(まあ、思春期のオンナノコに『好きだ』なんて嘘は、冗談でも言っちゃいけないわよね) 
 冷めた思考で、そんなことを思う。
 正直、柚麻的には、この恋が叶うなんて思っていない。
 9つの差はやっぱり大きい。
 柚麻は、浩斗のことが好きだけれど、そのことは浩斗は理解してもらえない。柚麻の切ないくらいの恋心を、よくある憧れと同一視している。
(悔しいけど……)
 自分が反対の立場だったら絶対にそう思うだろう。万が一、本当に好きなのがわかっても、きっと何も言わない。言わせない。
 そしてもちろん、9つ下の子どもになんか恋なんてしない。
 浩斗が柚麻に抱いている感情は、柚麻が4歳の子に抱く「かわいい」と同じだと思う。
 だから、わがままもある程度聞いてくれるし、「好き」という言葉も言えるのだと思う。
 そのことが、悲しくてつらくて、苦しくて、でも、やっぱり好きだから会いに来てしまう。
「ほら、着いたぞ」
 そんなことばかり考えてたら、いつの間にか海についていた。
 考え事を悟られないように、少しはしゃぐ。
 靴下を脱いでから、ドアから飛び降りおりた。
「うわーい。海の音〜。海の匂い〜」
「それをいうなら、潮の香りだろ……」
 パタン、と大きな音を立てて浩斗はドアを閉める。
 嫌なら来なければよかったのに、と柚麻は思う。それでも、怒りたくなくて、一つの提案をする。
「浩斗! 海まで競争!!」
「海ってここじゃねえのか。って待て!」
 全力疾走で、海まで走る。浩斗に捕まらないように。自分のせいだと思われる不機嫌な表情をこれ以上、見ないために。
 砂浜を走ると、一歩一歩が砂に捕われて走りにくかった。おまけに、サンダルと素足の間に砂が入り込んでくる。
 汗ばんだ足裏が砂を吸いつけているのが感覚でわかる。こうなった砂は、掃ってもなかなか落ちない。
 まるで、浩斗にまとわりつく、柚麻自身のように。
(気持ち悪い)
 変なところまで考えてしまった自分に自己嫌悪する。
 足元に下げていた目線を海に戻して、もう一度「海〜!」と叫んでみる。
 砂のように掃っても落ちない自分の気持ちを少しでも振り払うように。
(こうなったら、海に入るしかないし!)
 本当は、見るだけでいい、と思ってタオルなんか持ってきていない。
 でも、そんなことに構ってられない。
(若いんだし!)
 多少の無茶は、いいだろう。
 大声をだすのも。
 海に入るのも。
 考えられない、恋をするのも。
 

 足を海に浸けたら、砂はあっという間に離れていった。


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