〜漣〜

―第七章―

「せんぱーい、こっちですよ、こっちー」

にぎやか過ぎるほどの音楽やら歓声の中、夕璃は遠くに向かって大きく手を振る。
天気はあいにくの曇り空で、時折うっすらと日が差す程度だったが、夕璃には関係なかった。

(今、私は先輩と遊園地に来てる)

そう思うだけで夕璃の心の中の景色は晴れ晴れとした快晴に彩られていた。
「デート」という言葉は気恥ずかしくて使えないが、これがそれ以外の何物でもない事は、自分自身が一番よくわかっている。
普段なら退屈なだけの待ち時間も、騒々しくすら感じる事さえある騒音も、今日に限っては何もかもが特別に感じられた。

『今度の休みの日・・・暇かな?』

紗江と二人で対策を考えた後も、相変わらず夕璃をつけるあやしい気配が消える事はなかった。
特に何も用事のない時は紗江が家まで送ってくれるようになったおかげか、今のところこれといった被害こそない。
だが紗江の方もいつだって暇な訳ではない。そんな時はどうしても一人で帰らざるを得ないのだが、家に帰宅できるまで不安に押しつぶされそうになってしまう。
そこで、迷惑になる事は百も承知していたが、思いきって尚哉に相談してみる事にした。
まだ親しくなってそれほど間もないというのに、尚哉は夕璃の相談を聞いた後真剣な顔でしばらく何かを考え、

『・・・事情はわかった。それじゃ、これから俺で力になれる事があったらいつでも協力するよ』

と約束してくれた。
それからというもの、紗江に用事がある時は代わりに尚哉が自宅付近まで送ってくれるようになった。
それだけでもどれだけ心強かったかわからない。だが尚哉の心配りはそれだけにとどまらなかった。

『今度の休みの日、暇かな?』

尚哉に相談してから一週間ほどしたある日、別れ際に尚哉が唐突にたずねてきた。

『もしよかったら一緒にどこか行かないか?こう毎日、心休まる暇もないんじゃ、そのうちストレスで参っちゃうだろ?一回思いっきりどこかで発散させた方が絶対にいいって』

「・・・さん?ねえ、時羽さん?」

随分と近くから聞こえる尚哉の声で夕璃ははっとする。
ベンチに腰掛けていた夕璃が目を上げると、すぐ眼前に尚哉の顔が広がっていた。

「わわっ!!」

いきなり憧れの人の顔が、それこそキスできる程近距離にある事に夕璃は驚いた。それこそ、のけぞった拍子にベンチから転がり落ちそうになる位に。

「あー、びっくりした。どうしたの?何か考え事でも?」

両手に持っていたドリンクの片方を夕璃に手渡しながら尚哉が聞いてくる。

「えっ、あ、何でもないんです」

まさか『貴方の事を考えて惚けていました』と正直に言える訳もなく、夕璃はあわてて両手を顔の前で振ってごまかした。
尚哉は少しだけ困った顔をすると、

「ダメだよ。それじゃストレス発散にならないだろ?だから今日は考え事はなし。いいね」

そういうと、尚哉は夕璃の額を軽く指でつついた。
こんなちょっとした事も、なんとなく恋人同士がじゃれあってるようなそんな気がしてしまい、照れながら夕璃はコクンとうなずいた。

「わかったんならOK。じゃ、次のアトラクションに回ろうか。次は・・・そうだな、あれに行ってみようか」

言いながら尚哉が指差したのは、オバケ屋敷、というよりはホラーハウスと言った方が似合いそうなアトラクションだった。

「くすくす・・・先輩、下心見え見えですよ」

少しだけ不満そうに言いながらも、夕璃はまんざらでもなさそうに笑う。
夕璃の初デートは、こんな調子で続いて行った。

<戻る> <目次に戻る> <続く>