~漣~
―第六章―
「・・・そういえば、あの日もこんな奇麗な夕焼けだったなぁ」
夕暮れに染まる街並みの中、夕璃は紗江と共にゆっくりと歩いていた。
「あの日って、例の?」
「うん・・・立石先輩と初めて話して、一緒に帰って・・・そして、その帰りからなんだか人につけられてる気がしだした日・・・」
宵闇が迫るアーケードは、下校途中の学生や買い物中の主婦らでにぎわい、その全てを平等に夕日はオレンジ色に染め上げている。
いつもと何も変わらない風景。日常生活。
かえってそれが、夕璃の身に起こり始めた非日常を浮き彫りにしているようにも思える。
「そんなに深刻になりなさんな。私だってできる限りは協力するし、いざとなったら父さんに頼んでみるからさ」
どうやら知らず知らずのうちに不安が顔に出てしまっていたらしい。紗江が楽観的な言い方をしたのも決して本心からではなく、そんな夕璃を気遣っての事なのであろう。こんな時、夕璃は親友の存在がいつにも増して頼もしく思えた。
「ありがとうね、紗江。でも、おじさんにそんな迷惑はかけらんないから・・・なんとか自分でがんばってみるよ」
「そうそう、その意気よ・・・って、私はどうでもいい訳?」
「えーっ?だって紗江にはいつも迷惑かけられっぱなしだから、たまにはいいんじゃないの?」
紗江のおかげで少しは元気が戻ってきた気がする。心のうちでは感謝しつつも、夕璃はそんな軽口を叩いてみた。
「あっ、そーゆーこと言いますか?そーゆーこと言う悪い口はこれかー?」
頬を軽くつねろうとする紗江から手馴れた様子で身をかわし、夕璃は紗江から逃げ出した。その表情には笑みが戻り始めている。
(やっぱり・・・紗江に相談してよかった)
商店街をじゃれあう様に走る二人の姿は、奇妙なほどに周囲の風景に溶け込んでいるかの様に見えた。
街中独特の喧騒。走り去る自転車のベルの音。遠くで鳴り出した携帯電話の呼び出し音。老若男女、様々に入り混じった足音。
その全てがいつもと何も変わらない日常を描き出しており、夕璃には心地よかった。
「あっ!!」
夕璃が突然何かに気付いたかの様に立ち止まる。
すのすぐ後ろを追いかけていた紗江は、夕璃の急停止に対応しきれずにその背中に激突してやっと止まる。
「いたたた・・・何よ、急にとまんないでよ。鼻、思いっきりぶつけちゃったじゃない」
少しだけ赤くなった鼻をさすりながら、涙目になった紗江が文句を言ってくる。
が、呆然としたまま紗江の言葉を聞き流していた夕璃は、ふと目に入っただけの男から目が放せないでいた。
年齢は夕璃達と同年代くらいか少し上程度だろう。待ち合わせでもしているのか、何をするでもなく街角に立ち尽くしている。ラフな、いわゆる「普通の」服装をしており、別に目を引くような格好をしている訳でもない。
「ん?どうしたの?」
ようやくその不自然な態度に気付いたのか、紗江が顔をのぞきこむ様にしてたずねてくる。そして夕璃の視線が一点に固まったままなのに気付き、その視線を追いかけるようにして問題の男に辿り着く。
「誰?知り合い?」
「えっ!?あ、うぅんそういう訳じゃないんだけど・・・ねぇ紗江、あの人ってなんか有名な人だっけ?」
「さぁ・・・私は知らないなぁ。何?そんじゃあんた、どこの誰とも知らない人間に3分半も我を忘れて見とれてたの?まさか一目惚れって奴?」
「そ、そんなんじゃないけど・・・そんなに私ぼうっとしてた!?」
「うぅん、時間は適当だけど。ま、人間、世界に似た人が3人はいるっていうし、何かの勘違いじゃない?」
「そう・・・だよね。ただのデジャヴ(既視感)かもしれない、ね」
「そうそう。デジャヴって記憶の錯乱から来るっていうし、だいたい夕璃はいろいろと考え過ぎなのよ」
「あーっ!!せめて思慮深いって言ってよー!!」
駆け出す紗江を追いかけながら、初めて会った男に抱いた違和感を完全には拭い切れないまま、夕璃は夕暮れのアーケードを後にした。
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<続く>