〜漣〜

―第五章―

「・・・ちょっと、笑い事じゃないわよ、他人事だと思って・・・」

怒りを押し込めたような低い声で、夕璃はうめくように言った。目の前では紗江がけたたましいくらいに笑っている。
ある日の放課後。紗江と二人で入ったファーストフードの店内は、夕璃達同様の下校途中の学生達でにぎわっていたが、その中でも紗江の笑い声は一際目立っていた。

「ははは・・・ゴメンゴメン。べ、別に、あんたが不幸になったのがおかしいんじゃないんだけど・・・」

謝りながらも紗江はまだ笑っていた。憮然とした表情で夕璃は飲み物を一口すする。

「でもさ、それってやっぱり今流行りの『すとーかー』って奴なのかな?夕璃も人気者になったもんねぇ」

「・・・そんなもん流行らせないでよ!!こっちは死ぬかと思ったんだからねっ!!」

バンッ、と夕璃がテーブルを強く叩くと、あれだけ騒がしかった店内が一瞬の静寂を取り戻した。が、それも束の間の出来事に過ぎない。他人の事には無関心な都会人達は、たちまち自分達の喧騒へと戻っていった。
その間にも更に不機嫌そうな表情になる夕璃に、いまだクスクス笑い続けていた紗江は目元を軽く手の甲でぬぐうと、はぁ、と一息ついて呼吸を整えた。

「だから悪かったって・・・でもさ正直な話、もう一週間なんでしょ?本格的に対策考えないといけないんじゃない?」

いきなり声を潜め真面目な顔になる紗江に対し、夕璃は逆に緊張が解け、はぁぁぁ、と深い溜め息をついてテーブルにつっぷした。

「・・・そうだよね・・・最初のうちは気のせいかとも思ってたんだけど・・・」

ふと夕璃は不安げな表情を浮かべてひとりごちる。

「でもさ、もしホントにストーカーとかだったりしたら、私、どうすればいいんだろ?」

「ケーサツも最近は全然あてにならないし、ねぇ」

「・・・って、紗江のお父さん、刑事さんじゃなかったっけ?」

「そういえばそうだっけ?」

半ばあきれたようにつっこむ夕璃に、ハハハッ、と紗江は乾いた笑いを浮かべる。そして、うーん、とあごに手を当てて真剣に考え込むそぶりを見せると、

「そぉねぇ・・・帰るのが遅くなった時は、誰かに家まで送ってもらうとか・・・例えば、立石先輩とか、ね」

瞬間、困っていた夕璃の表情が凍り付く。なにやら意味ありげににやにやし始める紗江。

「な、な、な、さ、ささ紗江、みみみ、み、見たの!?」

「何の事?あンたナニか見られて困るような事でもしたの?」

「そそ、そ、そんな、あた、たた、あたし達、べ、べ、別につきあってるとか、そ、そんなんじゃ・・・」

「えっ?あんた達つきあってたの!?」

「ち、ちちち、ちが、違う、違うってば」

大袈裟に驚いてみせる紗江。その芝居じみた態度にも夕璃は気付かず、ただただしどろもどろになるばかりだった。
我を忘れたように慌てる夕璃に、紗江は再びハハッ、と声をあげて笑い出した。

「ゴメンゴメン、そんなに困らないでよ。冗談よ冗談。この前二人が一緒に学校帰りに一緒に歩いてるのを見ただけ。なんだか随分楽しそうだったから、ちょっとからかってやろうと思っただけよ」

悪戯をみつかった子供の様に舌をペロッと出しておどける紗江に、夕璃は一気に脱力感を感じていた。

「・・・・・・もぅ、勘弁してよ・・・・・・人が本気で悩んでる最中だってのに・・・・・・」

これから自分の行動には気をつけよう、16年生きてきて夕璃は初めて本気でそう思った。

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