〜漣〜
―第四章―
「はぁ・・・」
帰宅途上の電車の中でてすりにもたれかかりながら、夕璃は今日一日の事を思い返していた。
今日一日。夕璃の中で何かの歯車がかみあい、回り始めたような記念すべき一日だったはずだ。
「・・・姫君、か」
車窓に映る自分の影の向こう側に流れ行く景色を眺めながらひとりごちる。
17年見続けてきた自分の顔。よくも悪くも見慣れた顔だ。『姫君』なんて言われてもいまいちピンとこない。
『そうかな?俺はいちいち大袈裟に騒ぎ立てられるのは好きじゃないし・・・それより物静かで、遠くから見守ってくれるような娘の方がいいな』
あの図書室での会話。続けて尚哉はそう言った。
この言葉が尚哉の本心であるのかどうか、それは夕璃にはまだわからなかった。ただひとつだけわかっているのは、後者は明らかに夕璃の事をいっているのだという事だ。
「やっぱり、からかわれてるんだよね・・・」
『ところで時羽さん、今日よかったら一緒に帰らないか?』
そう誘われ、さっきまで夕璃は尚哉と一緒に街中を歩いていた。
一緒に帰るといってももちろん文字どおりのものではなく、ウィンドウショッピングをしたりファーストフードでおしゃべりをしたりしていた。
信じられなかった。昨日までは話す事すらできなかった、遠くから見ている事しかできなかった憧れの先輩と、今日は共に歩き、話し、過す事ができた。それこそ夢のような時間。
ただ、それゆえか、いまいち実感がわかない。嬉しいはずなのになぜか素直に喜べないのだ。
夕璃は軽く頭をふると、コツンと窓ガラスに額をぶつけた。
「おかしいよね、私。こんな事言ってたらバチがあたるよね・・・」
暮れかかる陽の織り成す長い影を引き連れ、夕璃はゆっくりと歩いていた。
夕璃が住むのは閑静な住宅街。いつもと同じはずの静けさが、今日に限って逆にさっきまでのにぎやかさ、楽しさと対照的で一際寂しさを感じさせる。
コツンコツンコツン・・・
珍しく人通りのないこの街中に響くのは、夕璃の足音だけ。
気が付けば陽も落ち、街灯が徐々に灯り始める。
聞き慣れていたはずの自分の足音が、やけに耳障りに聞こえるのはなぜだろう。
コツンコツンコツン、コ・・・
「!!」
閑静な街並みに足音が響き渡った。かすかに、ではあったが二人目の足音が。
夕璃の足音に隠れるように、それでいて確実にするもう一人の足音。
「だ、誰っ!?」
夕璃は初めて、自分が今危険な状況にいるのかもしれないという事に気付いた。
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<続く>