〜漣〜

―第三章―

「はぁ・・・今日は練習、ないのかなぁ・・・?」

西に傾き始めた陽光が差し込む、図書室の窓際のグランドがよく見渡せる特等席で、夕璃は頬杖をつきながら広げた参考書に気のない視線を落としていた。
今朝方の一件があってから、どうにも尚哉の事が気になって仕方がない。

(変な娘だと思われちゃっただろうなぁ・・・)

あの時紗江は気を利かしたのか、いつのまにかいなくなっていた。その事に気付くのに、夕璃は2限目の終了時までかかった程だ。
一事が万事そんな調子で、今日一日は何事も完全に上の空だった。

(・・・今日はもう帰ろう)

サッカー部の練習もなく、まったく勉強にも身の入らない状態では、ここにいるのは時間の浪費でしかない。
気晴らしに街中を散策でもしよう、そう思って参考書をパタン、と閉じた時、

「今日からしばらくは休み、だよ」

突然背中から・・・それも、本当にすぐ後ろからかけられた声に、夕璃はビクッと身体を硬直させた。

「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまいましたか、『深窓の姫君』?」

おどけた調子のその声に、夕璃は聞き覚えがあった。いや、聞き覚えがあるどころの騒ぎではない。無意識のうちに心臓が早鐘をうちだす。

「ど、どど、どうしてここへ?」

振りかえりながら相手を確認・・・するまでもないのだが・・・した夕璃は、予想通りの相手に思わずどもってしまう。

「俺だってここの学生なんだから、図書室に来たってそんなにおかしくはないだろう?それとも、俺が勉強するって、そんなに似合わないかな?」

「それは・・・その・・・そうなんですけど・・・」

言われて初めて夕璃は自分主体の考えで随分と失礼な事を言ってしまったと気付いた。この学校の生徒なら、ここに来る事は決して不自然な事ではない。

(穴があったら入りたいって、こういう時の事をいうのね)

頭の中は高速でぐるぐると回っている様な状態なのに、つまらない事だけは随分と冷静に考えられるものだと、夕璃は自分の精神構造にあきれた。

「・・・ところで『深窓の姫君』は、今日はもうお帰りですか?」

少しの間が空きふと尚哉が口にした言葉に、夕璃は聞き慣れない単語を見つけ、元来の旺盛な好奇心が首をもたげてきた。

「・・・『深窓の姫君』、ですか?」

「ああ、そっか。自分じゃ知らないよね。俺らサッカー部の間じゃ結構人気者なんだよ。いつも図書室のこの席に座ってグランドを物憂げに眺めている美少女。気にならない方がどうかしてるじゃないか」

夕璃の顔が一気に朱く染まった。憧れの先輩から「人気者」だの「美少女」だのともちあげられ、そういう事にまったくといっていい程免疫のない夕璃には当然の反応だ。

「も、もう先輩、からかわないでくださいよぉ。私なんて・・・先輩のファンの中には、私なんかよりもっと可愛い子がたくさんいるじゃないですかぁ」

顔を真っ赤に染めたまま無意識のうちに発した自分の言葉に、夕璃は初めて自分がからかわれているんじゃないかと感じ始めていた。

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