〜漣〜

―第二章―

「ちょっと、今日は図書室で調べ物があるから早く来たんだってば」

引き摺られるままに歩を進めてきた夕璃は、紗江の手を振り払うようにして立ち止まる。と、少し力の加減を誤ったのか、バランスを崩して2、3歩たたらを踏んでしまい、運悪くちょうど真後ろに歩いてきていた人物に抱きかかえられるような形でぶつかってしまう。

「あっ!!ご、ごめんなさい!!」

慌てて謝りながら振り返る夕璃。

「っととと・・・大丈夫かい?」

振り返った夕璃の目に映ったのは、次期主将ともてはやされている自他共に認めるサッカー部のエース、立石尚哉の驚いた顔であった。

「たっ、たっ、たっ、立石先輩っ!?」

声を裏返らせるように数オクターブ高くして、夕璃は思わず叫んでしまった。
夕璃より一つ学年が上の尚哉は、その整った顔立ちとスポーツ万能といった肩書きのため、女子生徒達の間ではアイドル顔負けといったほどの人気がある。当然というべきか、夕璃も尚哉に崇拝にも近い憧れを抱いている一人だった。

「だだだっ、だ、大丈夫ですか?あ、あのっ、怪我とか、してませんか!?」

「あっ・・・いや、俺は大丈夫だけど・・・それより倒れかけてきた君の方は大丈夫なのか?」

言われて初めて、夕璃は倒れた状態のまま尚哉に抱きかかえられてる体勢に気付いた。

「あっ、ご、ごめんなさい、すみません、失礼しました、申し訳ありませんっ!!」

耳まで真っ赤にして尚哉から飛び跳ねるように離れた夕璃は、もはや自分でも何を言ってるのかわからない状態だったが、それでも思い付くままに言葉を並べる。
尚哉ははるかに落ち着いた様子で夕璃の様子を眺めていたが、くすり、と軽く笑ってから、

「俺はいいんだって・・・それより同じような言葉を並べて、面白い娘だね、君は」

これ以上は赤くならないだろうと思われていた夕璃の顔が、更に朱に染まる。

(もうっ、紗江のせいで立石先輩に笑われちゃったじゃないの!!)

人は往々にして何か自分以外のものに責任を押し付けたくなる時があるものだが、今回に限っては紗江にしてみれば不条理極まりない事だろう。
夕璃は恥かしくて尚哉の顔をまともに見る事ができず、ただうつむいているしかなかった。

「・・・あれっ?もしかして君・・・」

ふと何かに気付いたように尚哉が口を開く。その口調にちょっと気を引かれ、夕璃は上目使いに恐る恐る顔を上げていく。

「・・・はははっ。うん、そうだそうだ」

尚哉はなにやら一人で納得している。夕璃には何がなんやらわからなかった。
と、そこでグランドの方から尚哉にお呼びがかかる。どうやら練習自体はまだ終わってなかったらしい。

「っと、ごめん。もうちょっと話していたかったんだけど、ちょっと抜け出してきただけだったから、そろそろ戻らないと、ね」

「あっ、いえ、私の事なんか気にしないで下さい。本当にすいませんでした」

夕璃は軽く深呼吸して少しだけ気持ちを落ち着けると、もう一度謝り、

「練習、がんばってくださいね」

「ああ、ありがとう」

爽やかというのを絵に描いたような笑顔を残して、尚哉はグランドの方へと走り去っていった。夕璃は嬉しいやら恥かしいやら複雑な気持ちで、その後ろ姿を見送った。
時羽夕璃と立石尚哉が会話を交わしたのは、これが最初の事だった。

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