〜漣〜
―第十一章―
「そこまでだっ!!」
人気もない裏路地に、突然凛とした声が響き渡る。その声に、夕璃は聞き覚えがあった。
夕璃を組み伏せていた男達は手を止め、声のする方・・・袋小路の入り口・・・を見た。そこには一人の青年が立っている。見た目すらっとしてはいるが、決して貧相な訳ではない。日頃から運動をして、ごく自然に鍛えられたといった印象の体つきだった。
「・・・せ、ん・・・ぱい?」
今までの諦めきっていた、まるで今起こっている事が自分の事ではないというような意識が、深い眠りから覚めるように急激に現実に戻ってきたような感覚に襲われた。弱々しく声をあげる。
が、当の尚哉にはその声は届いていないようだった。
「一人の女の子に3人がかりとはね・・・同じ男として恥ずかしいよ」
嘲るような口調で、尚哉は相手を挑発した。
「女の子ってのは、もっと優しく扱わなくっちゃいけない」
「なんだぁ、てめぇは!?」
尚哉の挑発が気に触ったのか、男の一人が夕璃から離れて尚哉に近付いていった。相手を威嚇するように下からねめあげ睨みつける。
が、当の尚哉は気にした風もない。
「怪我したくなかったらひっこんでな、このカッコツケが」
「・・・その言葉、そっくりそのまま君に返そう」
言うが早いか、尚哉の膝が男の鳩尾に深々と入る。不意打ちに近い形で攻撃をくらった男は、微かなうめきをあげて道端にくず折れた。
「なっ!!」
残されていた二人の男が色めき立つ。一見優男風の男に、仲間が不意打ちとはいえ一撃でのされた事に驚いたのだろう。
「てめぇ・・・やりやがったな!!」
「ただで帰れると思うなよ!!」
あまりにありきたりなセリフを吐いて、2人は尚哉に襲い掛かる。が、尚哉の方はといえばそれを歯牙にもかける風はなく、なんなくかわすと、夕璃と、突進して彼女から離れた二人の間に立ちはだかるようにした。
「・・・大丈夫かい?時羽さん?」
「な・・・んで?」
あまりにタイミングのいい尚哉の登場に、夕璃はいまだ信じられない思いだった。
「君の友達の・・・えっと、なんて言ったかな?君とよく一緒にいる・・・人が、時羽さんが一人で学校を飛び出していったって言ってたから、心配でね。ずっと探してたんだよ。彼女も随分と心配してたみたいだったけど・・・ただでさえ狙われてるかもしれないってのに、こんなところに迷い込んだりして、何かあったのかい?」
尚哉の言葉を半分上の空で聞いていた夕璃だったが、とてもその内容は信じられなかった。
一方的に非の無いはずの紗江をどなりつけて勝手に一人で飛び出したというのに、その紗江が自分の事を心配していて、更には「別れろ」とまで言っていた尚哉にまで探す手伝いを頼んでいたなんて・・・
「ま、俺が来たからにはもう大丈夫。すぐに終わらせるからちょっと待っててくれ」
軽く拳を握り締めて相手との間合いをとろうとした尚哉を、ある事に気付いた夕璃が止める。
「だ、ダメです先輩。私なんかのために喧嘩なんかして、もし先輩が停学とか退部なんて事になったら、私どうしたらいいのか・・・」
「・・・それ位で君が守れるんなら、安いもんじゃないか」
今にも泣きそうに訴える夕璃に優しく微笑んでみせると、夕璃はもう何も言う事ができなかった。
「さて、と。随分主賓を待たせちゃったみたいだし、そろそろ片付けようか?」
先程の奇襲といい、自分達の初手が軽くかわされた事とで手を出しかねていたのか、二人は尚哉の出方をうかがっているようだった。
「それとも、痛い目にあうのは一人で十分かい?」
不敵な笑みを浮かべて相手を見据える尚哉。その眼光は今まで夕璃が見た事もない位鋭かった。
完全に気圧されてしまったのか、覚えてやがれ、というステロタイプな捨て台詞を残して、男達は逃げるようにその場を去って行った。
「フン、意気地のない・・・ところで、本当に大丈夫かい・・・その、間に合った、のかな?」
完全に姿の見えなくなった相手を罵るように鼻で笑うと、最後の方は夕璃に話し掛けるように聞いてきた。
「え、あ、・・・私、わた・・・」
そこまで答えると、今までの疲労や恐怖が堰を切ったように心の中に流れ込んできて、夕璃は気を失ってしまった。
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<続く>