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写真伝心 8  絵と写真 前ページ 次ページ 
 写真の世界ではピンボケは極度に嫌われます。 ところが絵の世界では、特に油絵などは大ピンボケです。なぜ写真はピントが合っていなければならないのでしょうか。

 絵でも印象派以前の洋画は実に細やかに描かれています。肖像画の衣装のひだ、柄まで、まさにピントの合った絵です。しかし印象派以降は輪郭のない、色で画面を構成した絵が多くなりましたが、それでいて人の心を打つものがあります。


 この違いは写真の生い立ちによるものでしょうか。昔は写真を撮る事が特殊な技術であり、「ピンボケは恥」という感覚があったのでしょう。いまはAFが発達しピンボケは少なくなり、逆にピントの良すぎるのが気になるくらいです。

 絞りを浅くして背景をぼかした写真も多いのですが、どこか一点にでもピントが合っている事を求められます。なにか「写真はこうでなければならない」という思いが強いように思います。写真の技術的な特性が逆に写真の自由度を抑えているような気もします。

 絵を見れば分かるように、ピントの良し悪しは人に与える感動の大きさとは関係がないようです。むしろ絵から受ける感動の方が大きいことがあります。絵は長く部屋に飾っておけますが、写真は長く飾っておくと飽きが来ます。絵には曖昧さ(ゆらぎ)がありますが写真は正確すぎて、なにかぬくもりが足りないような気がするのは私だけでしょうか。

 写真はどうも硬くなりやすい。絵のようにいつまでも見飽きない、ぬくもりのある写真を撮れないものかと思っています。