旅のまにまに


その九・世界を征する者は


 旅をしていると、日本と違う海外の気候にとまどうことがよくある。
例えば真冬の日本から東南アジアへと行くと、丁度その時期は雨期前なので一気
に30度オーバーの世界へ行くわけであるから暑いのはもちろん、飛行機に乗るま
で着ていたごっつい冬服がバックの大きな荷物となって困ってしまうのだ。

 みなさんはそういったとき、その冬服は帰るまで重いなぁ、邪魔やなぁなんて
思いながら大事に持っておられるのでしょうか?
 私は、そんな時期に長期に旅するときは、できるたけ使い古したものやデザイ
ンの古い服を着て行くことにしている。それは、いくら大きいバックを背たろう
にしても、かなりのスペースを割かねばならないので、出来るだけ小さくするた
めと、いつでも旅先で捨てられるようにするためである。
 しかし、有効利用が日本以上に進んでいる(?)アジアでは捨てなくてもちゃ
んと要らない冬服を買い取ってくれる親切な店が旅行者の集まる地域にはある(
例えばバンコク・カオサン通りやインド・カルカッタやバラナシの市場など)の
で、どうせ捨てるモノだから、という気持ちで売ることが出来るのだ。
 だが、値段の方はそういった我々の気持ちを見透かしてか結構安く買いたたか
れてしまうのであるが、面倒な荷物が飯代や宿代となって私を助けてくれるんだ
という感謝の気持ちで売ってしまった方がいいだろう。
 しかし、後日に安い買い叩かれた自分の服がかなりの高額で売られていること
もある。なんと自分が売った値段の10倍以上で店先に陳列されていたときはビッ
クリして、売っている(買い取った)オヤジに、
「なんでこんなに高いのだ?」
と聞くと、
「このサイズは特注品だから高いのだ」
なんて元・売主に平気で答えてくる。デカくて悪かったなぁ(当時百+αkg)と
怒りたくなるが、もうこいつはワシの手から離れているから仕方ない、せいぜい
良き人の手へ渡ることを願うだけである。
 とまぁ、売ってしまったのはいいが、問題は日本に帰るときである、数ヶ月も
旅していれば時間と共に日本も暖かくなるが、数週間や数日では逆に寒気団が勢
力を増していることもある。そういったときは、空港に着いたらスグに我が家に
向かうのが普通なのでありったけの服を着込んで家路へと急ぐのであるが、それ
がかなり怪しい外観であるので周りの注目を集めてしまい、恥ずかしい思いをす
ることになる。
 昔、インドから帰ったとき、関空からの電車の中で対面に親子連れが座ってお
り、その子供が私に興味を抱いたのか近づこうとすると母親が、
「チッ、ダメ! 近寄っちゃあかん」
と私に聞こえるくらいの声で制止するのだ、別にその子をとって喰おうなんてこ
れっぽっちも思ってないのに失礼な、それになんだ、『チッ』ってのはよぅ、と
思ったが、シャツを何枚も着込んで一番上にはクルタなんて身につけてたらかな
り怪しいわな、自分でも親なら言いかねん、とちょっと納得でもあるが。

 とまぁ、気候の違う地域を旅する場合はいろいろと苦労するが、そんなもの屁
とも思わず旅する方々がいる……それは毛唐、もとい白人さんである。その多く
は季節のTPOに合わせてはいるんだが、よく、なんでぇ? と思うほど季節感
ゼロの人を見かける。
 タイ東北部の町・シーチェンマイを訪れたときのこと、この町にはメコン河に
沿って木が生えており、その木陰にはベンチが置かれてたりして町の人の憩いの
場としてみんながのんびりと涼を楽しんでいる。
私も木陰の下でのんびりとメコン河を眺めていたが、先程からそばに気になる白
人の2人組がいる。
 彼らはランニングに半ズボンという格好なのだが木陰に入ることなく灼熱・炎
天下の日光のもと、ゆったりとメコン河を眺めているのだ。2人共サンダル履き
なのでドイツ人かなと思う(後に、この町にいた白人はみんなドイツ人だと知る
)が、別に木陰全てに先客がいた訳ではなく、いくらでも2人のために空いてい
るというのに朝からずっとそこに居続けているのだ。しかも何時間経っても全く
平気な様子で座り続けている。おいおい、どう考えても気温は40度近くはあるね
んど、そんなにお日さん当たってたら焼け死ぬぞ、と注意したくはなるが、とう
とう寝転がって昼寝するくらいなので、私が言ったところでどうにもならん、と
放っておく。
 夜になって、バス停近くの食堂に行くと、さっきの2人組が他の人達とわいわ
いとビール片手に談笑しているではないか、私はちょっと離れて飯を喰っていた
ら、彼らが私を見つけ、こっちゃこい、と呼んでくる。仕方ないので彼らの所へ
行き、ビールをご馳走になるが、近づいてよく見ると2人共、焼けているという
よりか真っ赤に腫れあがっているではないか。なので昼になぜ木陰があるのに日
光の下でこんなになるまでいるんだ? と聞くと、
「オレは太陽が好きなんだ。それにお前が心配するほど痛くも
ない。朝になったらまた太陽を欲しがるのさ。」

なんて豪快な言葉を返してくる。
お前らは熱帯植物か?と突っ込みたくなるが、ぐっとこらえ、帰路につく。
 翌日、夜明け前に目覚め河岸へ行くと、もうあの2人組がいた。ん? 一晩経
って彼らの肌は元通りに腫れも引いて白くなっているぞ、あな不思議な人体の神
秘。やはりこの日も灼熱・炎天下の河岸でのんびりとメコンを眺めているのだ。
そして、また次の日も同じように……(汗)。
 他でもいくら暑くても全く平気な白人さん達を見てきたが、寒いところでも彼
らは恐竜並の鈍覚さで平然と旅行しているのだ。
 ここは正月の韓国・ソウル、気温はマイナス8度、昼でも軒先にはツララが光
り輝く街角で私は驚いた。それは周りの人達がコートを着、寒そうに背を丸めな
がら歩いているのに、一人ランニングに半ズボンという格好で悠然と歩いてい
る白人男性とすれ違ったのだ。
なんでやねん、こいつ気でも狂っているのか? と思いながら梨泰院へ行くと、
同じ格好の白人が何人もいるではないか。こいつら、暑さだけでなく寒さにも強
いのか(愕)。
 そして決定的にそう感じたのは真冬の中国、北京から曲阜へと向かう列車の中、
外は列車のトイレの下にツララが出来るほどの寒さの中、Tシャツにジーンズと
いう軽い出で立ちで1人の白人男性が乗り込んできた。暖かいとはいえ旧式なの
で、どこからともなく痛いくらい寒い風が流れ込んでくる車内で彼の姿はあまり
にも異様なのである。
 いくら寒さに強い中国人民ですら、熱いお茶を飲み、湯気の出るカップラーメ
ンを美味そうすすっていたり、毛布にくるまって縮こまって眠っているというの
に、彼はパンをかじりながらコーラを飲んで悠然と本(ロンプラだったような)
を読んでいる。しかも眠っているときも毛布はそっちのけで暑そうに眠っている
ではないか(すげー……汗)。
 やがて朝5時頃の一番寒い時間帯の中、列車は泰安に着き、彼を降ろして次の
駅へと出発した。もちろん、彼はあのままの姿で泰山へ向けて歩いていった。

 思うに、白人は我々と違って、かなり暑さや寒さに滅法強いのでは、と感じる。
実際そうであろう、過酷な自然と闘いながら大海原や大平原を旅し、一時は五大
陸全てをその手中に収め、今なお隠然たる影響力を世界中に持ち続けている彼ら
は、それくらい頑丈でなければできない筈だ。
 やはり世界を征する者はこれくらいでないといけないのか……ガンバレ、我ら
が日本人。


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