旅のまにまに


その拾・深夜の来訪者


 ところで、みなさんは正月はどっか旅行にいかれましたでしょうか?
 わたしもごたぶんにもれず、しっかりと日本を飛び出しておりまして、今回もま
た中国へ。けどその理由は後日にまたご紹介。
 しかし、やっぱり到着早々トラブルに巻き込まれてしまったので、今回はそのこ
とについて書いていきます。

 日本を飛び出て2日目、不幸にも中国・香港国境では痛い目(なんと祝日は国境
の中間地帯で中国本土ビザが取得できないのだ)にあったので、こういうときはマ
カオで骨休みじゃい、とさっそく九龍に戻って中港城から高速船に飛び乗る。
 約1時間半ほどでマカオに到着、相も変わらずのんびりとしたいい街だ。そして
いつものように澳巴(公共バス)に乗って新馬路で降り、いつもの安宿に行けばこ
れまたいつもの部屋が開いているというのですかさずチェックイン、明日からの中
国での闘いのために再度荷物をまとめ直しながらノンビリぶらぶらと静養した後、
同じ宿にいたスリランカ人男性と夕飯を食いに行くことに。
 彼はなかなかにユニークな奴で、ビジネスでここマカオに来ているというが、そ
れはちょっと怪しい。それに彼は焼飯を食べ終わると勧める酒も断り、楽しかった
よ、と先に宿に帰ってしまった。ちょっとつまんねぇ。
 でも一人っきりの夜のマカオもなかなかにおつなもの、ひとり飲み食いに励んで
いつしか夜も更けてしまったので、薄暗い裏街の路々に立つ女達の怪しい視線をウ
インクしながらかわしつつ、いそいそと宿に戻って部屋に入ればバタン、グ〜ッ、
と爆睡。

 だが、さらに夜も更け、やっと外の喧噪も静まりきったというのに、フロントの
あたりがなにやら騒々しい。ふと目が覚め、息を潜めてじっと聞けば、どうやら宿
の主人と大勢の男たちが喚きあい、そしてなにやら無線で交信しているような声も
聞こえてくる……もしかしてマフィア? いや警察か?
 ちょっと緊張するも、すぐに静まり返ったので、チッ、驚かせやがって、と再度
眠りにつこうとした途端、
 
パッ!
と、宿全部の照明がついたのである! もちろん私の部屋も電気がいきなりついた
ので驚いて飛び起きたら、すぐに誰かがドアを激しく叩き、
「ポリスだ、ドアをあけろ!」
とわめく男の声がする。こういったとき、人間ってのはなにをしていいのか分から
なくなるものだが、この時、自分にはめづらしく人の言うことを素直に聞いてドア
を開けた。
 開いたドアを押しのけて入ってきた男は、赤いセーターを着た、いかにも'70年
代の刑事ドラマに出てきそうなニヒルなヤング刑事そのもの。思わづ笑いそうにな
ったが、緊張感が瞬時にして私の体をこわばらせる。
 永く感じる一瞬の静けさ。
 すると彼は、警察のIDカードの入ったケースを見せ、
「パスポートを持って外に出ろ!」
と命じる。私はそのままパスポートを持って出ようとしたが躊躇。だってワシ、パ
ンツとTシャツだけの格好やねんど。
「あのぅ、服は……」
「早く出ろ!」
と一言で却下されてしまう。
 恥ずかしいが、しぶしぶ従って狭い廊下に出た瞬間、ワシは魂が抜けたと感じた
くらい硬直してしまった。
 それは、赤いセーターの刑事の後ろにはなんと、自動小銃で武装した警官が二人、
部屋の中、いやワシに銃口を向けていたのだ。
 素直に従って正解だった。実はこの部屋だけが外のテラスへ出られるようになっ
ているので逃げようと思えばできた。もし、電気がついた瞬間に外へ逃げたり、命
令に反して部屋を開けるのを拒否でもしたら……一気に武装警官が部屋に乱入、ア
ッサリと制圧し、抵抗し逃げるワシを容赦なく撃ち抜いていたこと間違いない。
 さらに驚きの光景が目に飛び込んできた。フロントでは数人の中国系宿泊客を並
べて尋問が行われている中、一緒に夕飯を食ったあのスリランカ人が、二人の警官
に羽交い締めにされながら階段を下ろされ、外へ連れて行かれるのを。そして外に
は車が止まっており、彼を放り込んだかと思えばそのまま勢いよく車は急発進、ど
こかへと去っていった。
 ワシはただ呆然と突っ立って、それを黙って見ているしかなかった。
 おい、ワシ……どうすりゃいいんだ?
 すると、フロントにいた数人の警官がこっちへ来い、と手招きしてくる。とうと
うワシも連れて行かれるのか、パンツ一丁でよぅ(涙)。
なんて思っていたら、こっちのソファに座れ、とのことなので腰掛ければ、中年の
警官がワシのパスポートを奪い取るやパラパラとめくりながら、
「君はいつ日本を出たのだ?」「香港に着いたのはいつ?」「マカオにはいつ来た
?」「次の行き先は?」「中国では何をしに行くのだ?」「家族は何処に住んでい
る?」等々、いろいろと質問をしてきたのである。ワシはそれにひとつひとつ真面
目に答え、そして逆に、一体何をしているのか? と尋ねる。だが警官達は質問以
外は何も語らずワシの一言一動作をつぶさに注視しているのみ。
 こんなに緊張したのは子供の時に貯金箱の中身を盗んでたのが親にバレた時以来
だ。涼しいのに汗が額から流れ落ち、一秒一秒がゆっくりと時を刻む。

 どれだけの時間が経っただろうか。長い尋問もやっと終わり、一人の警官が、
「部屋に戻れ、おやすみ。」
と言ったかと思うと、いきなり二人の警官に抱えられる。なに! やっぱりワシも
連行するんや、と覚悟したらなんのなんの、ただ単にソファから起こしてくれただ
け、おもわづ「ありがとう」と言ってしまう自分がちと情けない。
 そしてワシに構うことなく他の中国系の客に尋問を続ける警官達の間を抜けて部
屋に戻ればこれまた呆然とするしかなかった。
なんと、荷物が全て部屋中にぶちまけられているではないか!
しかも、筆入れや小物入れまで開けてひっくり返し、中身まで一つ一つ念入りにチ
ェックされている。関空で荷物チェックされたときよりもヒドいぞ、これは。
 さらに、香港で買った秘蔵の『香★97』までもが外封のビニールを破られてチェ
ックされてしまったことだ……どうやらマカオはエロスに関してはとっても寛容だ
ということはよくわかったけど、処女性を失った秘蔵のオミヤゲの価値は限りなく
ゼロになってしまった。これでは友人へあげるとき、
「お前、先に使ったなぁ?」
なんて疑われてしまうではないか(涙)。
 この封を破ったの、オレじゃないんだよぅ、ガサ入れした警官なんだからさぁ、
たのむから信じてくれ。
 しかし、これがマカオで起こってよかった。もし警官が麻薬を隠し持っていて、
見つかった! なんて言われていたら……それを思うとゾッとしてしまう、本当に
ツいてた。
 その後、全てひっくり返された荷物をまとめ終わった時にはもう朝。この夜の緊
張感と寝不足でヘトヘトになりながらも、ワシはバックを担いで国境へと向かった
のである。

 数日後、無事中国からマカオに戻ってきたワシはまたこの宿のおんなじ部屋に。
 しかしあの夜、警察に連行され、車でどこかに連れていかれた自称スリランカ人
は荷物を部屋に残したまま、まだ宿に戻っていなかった。
 ただ、彼の無事のみを祈るだけである。


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