旅のまにまに
★ 陽朔(中国)の街並。
その拾壱・『硬座喫茶』
日本を飛び出ていきなり不幸にも中国・香港国境では痛い目(なんと祝日は国境
マカオでの警察によるガサ入れを切り抜けたワシは、その二日後には中国・陽朔
にいた。
陽朔という町は広西チワン族自治区のほぼ中央に位置する町。それだけではどこ
なの?って思われるかもしれないが、隣町が『桂林』という世界的観光名所、と言
えばみなさんはピンとくる筈。また、ここは桂林からの麗江下りの終点ではあるが、
集団遊旅的観光客のほとんどは船から降りたらすぐにバスに乗せられて去ってゆく
ので、のんびりとしたいい町なのである。もちろん街中にはあの山水画に登場する
岩山がこれでもか〜ッ! と、にょきにょき生えているので、意外と長居する旅行
者(特にパッカー)が多く、かなり外国人向の設備が整い、カフェやゲストハウス
が林立し、ネット状況もすこぶるよいのである。
マジでここは中国の辺境なのか? と行ったワシですら驚いたくらい(笑)。
ところで、なんで君はそんな町へ行ったの? と思われるだろう……別に中国の
パッカー楽園を味わおう、という訳ではなく、とある本にあった一枚の写真を見て、
無性に行きたくなったからなのだ。
それは『HARD SEAT CAFE』という店の写真。
『HARD SEAT』……中国を鉄道で旅した者ならば一度は耳にする単語。
そう『硬座』のことである。
実はこの硬座とうのは、中国鉄道でもっとも最低ランクに位置する切符(もっと
下には『無座』というのもある……文字通り座席指定券のない切符)で、とにかく
安い。
そして、そのシートは2×3の対面式クロスシート。まぁ、そう聞けば新幹線の
自由席も一緒じゃん、なんて思われるかもしれないが、そうは問屋がおろさないの
が中国の中国たる所以。ほとんどクッションすらない合成ラバー張りのシートに悠
久の中国人民が定員オーバーなど構うことなくシートに殺到するので、すし詰めの
まま座ることになるのだが、それが数時間いや数日も同じ姿勢で大揺れの中、じっ
と我慢し続けなければならない。
それがみんな大人しくしていればそれはそれで我慢できるのだが、やはり『期
待を裏切らない』のをモットーとする人民中国、横ではぺちゃくちゃと大声
で喋りまくりながらバリバリと喰い散らかし、床にはゴミを捨てることなど当たり
前、痰は吐くわ、しまいには子供を座らせて小便を垂れ流させる始末、さらにみん
な煙草をバカバカ吸うので車内は煙幕状態、深呼吸なぞしようものなら瞬時に肺が
んになって死んでしまうくらい、そして約1時間おきに駅に停車するので、夜中に
なってやっと眠ってくれた皆が起きてしまい、一斉にホームの売店へ直行、おかげ
でまた駅を出るころには元の喧騒状態……まさしく現代の苦行。
んが、そんな過酷な鉄道の切符でも一昔前の中国なら、
『切符は一日並んで取れてもラッキー』
と言われるほど入手が困難だったのだ。まぁ、最近は大きな駅ならコンピューター
化されてきているので、すんなりと切符を買う事は出来るようにはなった。けれど
も、そうはいっても結構並ばないといけないので、順番を抜け駆けしようとする人
民達とは常に闘わねばならないけどね(笑)。
そんな魅力ある名前をもつ『HARD SEAT CAFE』、これはぜひ行かねばならない、
と山水画の絶景なんかそっちのけで、この陽朔にやってきたのである。
バスを降り、まずは朝飯とあたりを見回すと、なんとまぁ幸運な事にバス停から目
と鼻の先にその店があるじゃないか! もう、嬉しくてねぇ……速攻、店に向かう。
店構え自体はいたってふつうの小洒落たレストランって感じなのだが、看板や窓に
描かれた『HARD SEAT CAFE』の文字が光っているのが素晴らしい(うっとり)。
早速店の外にある席に腰掛ける。椅子は藤製なので、ちょっと硬いが座り心地は良
い。スグにマスターとおぼしき人物がメニューを持ってやって来た。おっ、このメニ
ューなかなかいいじゃない。表紙のデザインもさることながら、品数の多さもケタが
違う、百種類以上はあるそれに全てが中国語と英語併記なので分かり易く、すごく勉
強になる。

★ これがメニュー
おもわづマスターに、「これ、くれないか?」と尋ねると、
「あなたの持ってる最新の『地球の歩き方』をくれるなら、もっとイイモノあげる」
と言ってきた。ま、ここに来ることが目的だったからもうこの本には用はない、
ので、スグに彼にそれを手渡す。なんと、彼はいきなり貰えるなんて思っていなかっ
たらしい。だって、目が点になっていたからねぇ(笑)。
そして彼は満面に笑み浮かべて「サンキューッ!」を連発しながら店内へと消え、
しばらく待つこと数分、戻ってきて「これ、あげる。」と、いろいろ目の前に広げだす。
なになに……うっ、こ、これはぁ(わなわな)。
なんと、メニューだけでなく、店の名刺に特製Tシャツまでくれるって言うじゃな
いか。そこまでしてくれるなんて思っていなかったので、お互いに「サンキュー」を
連発し合ってしまった。常に旅先で闘い続けてきた私には予想外の出来事であった。
それだけにめっちゃ嬉しい。
その後も食べながらマスターとしゃべる。そしてここに来るために日本から来たん
だ、って言うとすっごく喜んでくれてたね。けど、もうバスの時間が近づいてきた。
マスター、
「また来てくれ、約束だぞ。」
と固い握手を交わし、ワシも礼を言い、店を出る。
まだバスまで時間がちょっとあったので、ほかのカフェでたむろしている外国人達に
このTシャツを見せると、
「オー、HARD……ブハハハッ!」
とみんなに大ウケ! さすが中国と闘い、傷ついた心を癒しに来ている者達にはこのき
っつ〜いユーモアがよーく分かるらしい。
ワシ、このために来たんだ、もうこの街に用はないからさらばじゃ、って言ったら、
「お前、すげークレージーだ、気に入った。」
だってさ(笑)。さ、次の街へ出発だ。

★『HARD SEAT CAFE』にてご満悦の私。
ここまで来るのが一苦労だっただけに、
感動もひとしおであった。