旅のまにまに
その五・虫、ムシ、むし
みなさんは、旅先で虫に痛めつけられたことがおありでしょうか?
旅先で出会う人の中には、キャンプマットやビニールシートを携え、ベットや寝台にそれ
を敷いてからでないと眠ることはおろか座ることもしない人や、常に殺虫剤を持ち歩きあち
こちで散布し続けている人、はたまた行商でもしとるんか? と勘ぐりたくなるくらいに蚊
取り線香をバックがあふれるほど入れている人などなど、そこまでするなら旅行しなけりゃ
いいのに、と思うくらい虫に対して涙ぐましい努力をしている方々をちょくちょく見かける。
私はそこまで神経質な方ではないが、何度も虫にやられ、さんざんな目にあってきた。国内
でも山奥で釣りをしていた時に、アブに刺されたのはとっても痛かった記憶がある。
それはさておき、私の旅先での虫の初体験は、ベトナムのダナンという街からホーチミン
市へ向かう列車内での出来事である。
すでに寝台は満席の状態で、外国人ということもあってソフトシート車に割り当てられた
私は、ゆったりとした(?)座席に深々と座り、天井に張り付けられたテレビから大音量で
流れる歌番組やB級アクション映画などをボーッと眺めていると、急に、
「なんだぁぁ!」
と、飛び上がったと同時に強烈な痒みが襲ってきた。なんと太股や背中にかけて無数にダ
ニに噛まれて腫れあがってしまっている。彼ら、もといダニ共は、なんと座席のクッション
の中に潜んでいたのだ。彼らにとってソフトな座席は布団と同じく、人間の汗と垢を吸
い込んでたっぷりの栄養とほどよい湿度の素晴らしいすみかなのだ。その時、なぜイン
ドや香港、シンガポールの地下鉄の座席がステンレスやプラスチック製なのかが何となくわ
かったような気がした(真の理由は違うかも知れないが)。
後に聞いた話だが、ミャンマーの列車の座席にも大量のダニが巣くっているとか、ミャン
マーに行かれる時にはお気を付けを。
また、最近日本からタイに中古の鉄道車両を輸出してますが、その座席は日本で使われて
いた時と同じ布張りのまま……いくら冷房車とはいえ、数年後には恐怖のダニ列車となって
いるかも知れない。考えるだけでも恐ろしいことだ、タイ国鉄さんよ、一刻も早い対策を望
む。
ちょっと脱線してしまいましたが、このダニ以上に(ダニにもスゴイのはいますが)やっ
かいなのは、南京虫である。みなさんも一度は聞いたことがあるとは思いますが、こいつは
大きさが5ミリくらいの丸形ですこし赤灰色がかった色をしてまして、噛まれるとこれがま
た痒いのなんの! しかも一カ所ならまだしも、移動する度に噛みまくるので二つ穴や五つ
穴の噛み跡が一直線に並び、集団で襲われた時には体中が痒くてたまらない、というとてつ
もなくムカツク虫である。学生時代、池田の下宿に住む友人宅へ遊びに行ったとき、万年床
の下に数匹潜んでいたのを見つけたことがあって、下宿中が大騒ぎになったことがあるが、
インドのPという街(街の名誉にかけて街名はヒミツ)での、とあるゲストハウスに泊まっ
た時のことは、絶対に忘れることの出来ない恐怖の体験である。何のことはない普通の部屋
が、電気を消して寝た途端、一転して地獄と化したのだ。
なんだか変な気配がするのでふと目覚め、電気をバチンと付けると、なんと床一面に南京
虫がいてベットに向かって這って来るではないか! さらに柱の影には天井から一列に行軍
してる部隊あり、さらに別働隊は天井から私めがけてバラバラと飛び降りて来る……あの時
ばかりはさすがの私も悲鳴を上げ、それから朝方近くまでベットを死守すべく南京虫と格闘
したのでほとんど眠ることが出来ず、ボロボロになって宿をスグに出ましたよ。
それでも、どんなにひどく虫達に噛まれて体中が腫れあがろうが、私は病院に行くことな
くポリポリと掻きながら自然に治るのを気長に待っていた。別に我慢強いという訳ではなく、
旅行中はお金に細かくなるというのもあるが、なるようになるわい、という気持ちの方が
大きくなっていたからかも知れない。
だが、これが日本国内で起こったら……。
つい最近、琵琶湖岸での仕事で、湖上に出ないといけない作業があり、私と同僚の二人で
倉庫から何年も使われていない埃まみれになったボートを引っぱり出し、洗うことなく乗り
込んだのですが、最初は順調よくボートを漕ぎ、平日からのんびりと釣りに興じる人々を恨
めしく睨みつけながら淡々と作業を進めていると急に、懐かしい感覚が足下からじわじわと
起こってくる。もしや、と思ったと同時に隣にいた同僚が、
「かいかいかい〜っ!」
と、尻やら足やらを掻き出した、私も足に強烈な痒みが襲ってくる、しまった、ダニにや
られた! しかし、船上でダニに襲われている事など全く知る由のない地上班は、しきりに
トランシーバーで、
「何やってんだ、しっかりせんかぁ」
と怒鳴ってくる。おいおい、こっちはそれどころではないんだぞ(涙)。
どうにか岸へ必死になって戻り、私たちの惨状を見た地上班のみんなは、すぐさま大騒ぎ
となってこの日の作業は即刻中止、そして早く病院へ行け、と命令され病院へ。そして一時
間ほど待たされてやっと診察となったら、医者がこの惨状を見てビックリし、
「うわっ、これは触りたくないくらい酷い、
まさかここにダニを持ってきてないでしょうねぇ?」
と言う始末。それに看護婦さんたちも処置を誰がするのか、と押しつけあっている(遠く
にいてもしっかりと聞こえているんだよな)。これが病気ではなくダニなのでこういった反
応を示したくなる気持ちもわからないこともないが、いったいどうなってるんだ、日本の医
療は?!。
そして、元気だから別にそこまでは、と言っているのに、血液検査をはじめ注射やら点滴
やらを打たれ、左足は薬を塗られた後に包帯で巻かれ、みるも無惨な姿に。さらに一週間は
一日2回薬を飲むように、と抗生物質のほか、それを押さえるための薬や、胃が弱くなると
かで胃薬だの消化薬だのと山盛りの薬を処方され、おかげで薬局では10分以上も説明を受け
……そんなにいらんで。
しかも、家に帰れば、家族は『ネコが病気になる』と言って、玄関より先に全く家に入
れてくれない。なんということだ(涙)。
その翌日、再度現場に行き、ダニにやられたこの二人で、あのにっくきボートを徹底的に
洗い、倉庫もバルサン攻撃をしたので、なんとかダニ共を駆除したが、その後同僚がダニに
対して精神的なアレルギーを起こして寝込んでしまうし、他の人も全くボートはおろか私に
すら近づこうともしない。なので結局作業は私一人で行わされる羽目に。
そんなこんなで、私が思っている以上に周りが大騒ぎしたので、かえってこっちが戸惑う
ことに。しかしボールペンや電車の吊革まで抗菌コートしているくらいの我らが世の中では
こうなってしまうのでしょうね。
今は、やっとかゆみも随分と収まり、腫れもあざっぽくなってきたが、いまだに左ふくら
はぎはまだ無惨な姿をさらけ出している。
やっぱり、なんだかんだいっても虫はイヤですなぁ(笑)。