旅のまにまに
その四・メコンのロープ

クラティエの岸辺よりより大河メコンを望む。
確実に淀川よりはデカかった(笑)。
岸辺の木陰には所々に石製のベンチが置かれていて、町の人達の
絶好の昼寝場所、もとい憩いの場となっている。
このベンチがまた、ひんやりとしてて気持ちいいのなんの。
三回にわたって北大東島の話題が続きましたが、これからはそのほかに旅してきたことがらに
ついて書いていきたいと思っておりますので、宜しくおつき合い願います。
今回は、カンボジアでのおはなしを。
メコン河中流に位置するクラティエという町から、私は朝7時に出航するプノンペン行きの船
に乗りこんだのでありんす。
船はマレーシア製の高速船で、船室は一応全席指定のはずなのだが、私が出航ギリギリに船着
き場に着いたためか乗客が屋根にもあふれている状態、私が座る予定の席にも山のように荷物が
置かれていて座れない。
どけてぇな、と言うのもめんどくさいし、それに空調が調子悪いのか船内はなんだか暑い、の
で、船外に出て舳先の空きスペースに陣取る(もちろんザコ座り)と、船は出航した。
港から離れるとき、猛スピードで逆進したために、波しぶきがザバンザバンとかかってくる。
バックパックは急いで持ち上げたので助かったけれども体中ボトボトに、早々からキツイ洗礼
受けました。(笑)
けれど、船がプノンペンに向けてスピードを上げ出るにつれ、風も飛ばされそうなほどに強さ
を増し、みるみる服が乾いてゆく、それがまた気持ちいいのなんの。それにメコン河の雄大な景
色が手に取れると錯覚するほどに独り占め状態、ホントに感動モノです。
ところで、この船は高速船だからプノンペンまでノンストップという訳ではなく、途中いくつ
もの町や村に立ち寄り、船着き場に着く度に多くの乗客が乗り降りし、売り子達もたくさん群が
り、まるでお祭りのようなにぎわい、見ている私もなにかしら楽しくなってくる。
しかし、クラティエから1時間半ほどたったころ、とある村に着くと、客や売り子達を押しの
けてドカドカと10人程の兵隊が乗り込んできたのである。
皆、大きな荷物を抱え、自動小銃はもちろん、なんとロケットランチャーまで持って重武装し
ている。そして彼らの半数は船の屋根に向かったが、残りの半数と隊長らしき人物は私のいる舳
先にやって来て荷物を置き、座りだした。
と、ここまではいいのだが、数丁を荒縄で束ねただけのロケットランチャーを目の前にロケッ
ト弾をこっち向けて置き、横には山のように弾倉箱を積んでくる、それに前に座った隊長の腰に
かけられた拳銃の銃口がずっと私の頭を向いているし、さらには後に魚の塩漬けがたっぷり入っ
たポリタンクが置かれ、蓋をしていないので船がゆれる度に鼻が曲がるくらいの悪臭を漂わせて
くる……生きた心地がしないとはまさにこのことだ。
しばらくして、船頭が彼らの船賃を徴収しだしたが、1人たったの500リエル、しかも隊長
からは徴収しない。
おいおい、わしら2万5千リエル(人民料金、約6ドル)も払っとるねんど!
と突っ込みたくなるも、ロケットランチャーが睨みを利かしているしなぁ(涙)。
もう、どうにでもなってくれ、とさっき売り子から買ったはんぺん(らしきもの、ハーブに包
まれていてなかなか美味)を食べ出すと、いきなり隊長さん、カタコトの英語で、
「おい、中国人か?」
と、話しかけてきた。
「いや、日本人だ」
と答えると、彼はニカッと笑い、側にいる部下になにやら命令して弾倉箱の上に食料を広げ出す
や、雷魚の唐揚とビニール袋に入ったごはんを私に差し出してきた。
おっ、見かけよりめっちゃいい奴らじゃないか、と喜んで受け取りほおばる。
う、美味い!
本当に、冗談抜きで美味しいのだ。
彼らはじーっと私の様子を見ていたのだが、私の反応を見るや大喜び。と、いうことでメコン
河のど真ん中で宴会が始まってしまった(けど酒はない)。私もバックの中に入れていたベビー
スターラーメンを彼らに差し出したけれど、変な顔をしながら食べていたね。
いつの間にか船頭も加わって、宴もたけなわ、という時に船が急にスピードを落としだしたの
である。
なにがあったんだ?
と、前方を見れば、中州と河岸の間のかなり河幅が狭くなったところに一本のロープが張られ
ていて我々の行手を遮っている。船はロープの手前で完全に停止すると、どこからともなく一艘
の小型ボートが近づくや、自動小銃を担いだ4人の男共が乗り込んできてなにやら喚いている。
なにぃ、これって山賊ならぬ河賊か、いや、私設料金所なのか?
と思っているのも束の間、この内の一人が私の姿を見るや、近づいてきてなにやら怒鳴りだした。
その時、ふとクラティエの船着場事務所の職員の、
「船はデンジャーだ」
と言った言葉が脳裏をよぎる。
いかん、これはノー・プロブレムじゃ済まねぇぞ! 気温が40度近くもあるにも拘わらず、背
筋が寒くなってきて、冷汗も出てきた。
しかしその時、横でこんな状況下にも動じることなく魚を貪っていた隊長さんが、食滓の骨を
河に投げ捨てると、私の肩を叩きながら男にしゃべりだした。だが、クメール語なので何を言っ
ているのかさっぱり解らない、ただ『フレンド』という単語のみが聞こえたので、もう藁をも縋
る思いで、
「イエ〜ス、マイフレンド」
と、ひきつりながらも精一杯微笑むと、彼はキッと睨み、側にいた船頭から金をまきあげると
スグに仲間を呼び戻してボートに乗り込み、足早に去っていた。
助かった……本当にツイてた。
すると、いつの間にかロープが消えており、船は何事もなかったかのように、再びエンジンを
噴かせて動き出し、予定より1時間ほど遅れて無事にプノンペンに着いたのである。
そこで兵隊さん達とは別れた。
別れ際、礼を言うと、入墨をし、いかつそうな顔をしている彼らが、顔を赤らめ、恥ずかしそう
に握手してきたのは、一生忘れることは出来ないだろう。
私のこの経験は、本当にラッキーな部類に属すると思う。
もし、この兵隊さん達がいなかったら今頃どうなっていただろうか、それに彼らがあの男達と
グルだったら……今、想い出してもゾッとする。
みなさんもこうなったら本当にどうすることもできないけれども、お気を付けを。