旅のまにまに
その拾六・ひとときの・・・
人、特に男性の楽しみといえば、
『飲む、打つ、買う』
という言葉が表すように、酒・ギャンブル・性に関してはみなさんとってもお好き
であるが、ワシは自分をギャンブルさせるのは好きだがギャンブルそのものは嫌い
で、酒も一緒に呑むことが好きなだけで毎日欠かせないと言うほど好きという訳で
もない。
それじゃ、残りのそれはどないやねん? って尋ねられたら、
『ご想像にお任せします』
としか答えられないのですが(苦笑)。
ということは、何か変な趣味を持っているのでは? と疑われるのも困るのでハ
ッキリ言うと、ワシも男なのでナニすることは大好き(もちろん相手は女性限定)
ではあるけれども、『だからそのために旅してるんだぁ』なんて誤解はされたくは
ない。
ただ、ワシの場合、ナニをする行為以上に売春街や歓楽街が醸し出す一種独特な
怪しげかつ人間臭い雰囲気がものすごく好きなので、ついついその近くに陣取った
りしてしまうのだ。
たとえばマカオ、『大人のディ○ニーランド』と噂の回力娯楽場や夜総会、リス
ボアなどのカジノに付随したモノが有名ではあるが、ワシは旧中心街・福隆新街の
ど真ん中にある安宿にいつも泊まっている。
昔、この福隆新街は有名な遊郭で、現在は当時の面影を残しつつレストランや土
産物屋に変貌し観光地化しているが、今でも一歩奥へ入れば『冷気茶房(タイでも
有名な華僑系売春宿)』の看板が踊り、道端には昼でも中国本土からの出稼ぎ売春
婦が『こっちゃ来い』なんて怪しく手招きしてくる。
そんな中にぽつんとあるその宿は、昔の遊郭を改装した造りなので設備は古くて
安臭いが、夜中に部屋でごろんとしているとネオンの光でぼんやりと明るい窓の外
から小さく漏れ聞こえてくるガラガラと麻雀牌を混ぜる音や階下の厨房で罵り合う
声に道路での喧噪が心地良い子守歌となって当時の遊郭を忍びつつ夢の世界へと誘
ってくれる……これが好きでいつもこの宿にしている程なんだが、近くを通る度に
お姉さん達からアツイ声を掛けられてしまうのがねぇ、しょちゅう訪れているから
そろそろ顔を覚えて欲しいモノだわい(笑)。
同じようにインドでもデリーでは旧市街の宿にふらふらと入ってしまった。
一般的には日本人の多いメインバザール周辺に泊まるのが普通なのだが、一人で
いることの方が好きな質なので初めてデリーに訪れたとき、ボロいけれども周りの
雰囲気が良かったこの宿に一発で決め、早速と部屋にバックを置き、外をぶらぶら
歩いてみると宿前の通りを挟んで一見普通の商店街が広がっているが、どういう訳
だかなんとも言えない怪しさが漂ってくる。
ハッ! と気づいて上を見ると、並んでいる商店の上は全て売春宿で、テラスや
窓から売春婦のお姉さん達がワシに向かって手を振っているではないか、これには
驚いた。
しかし、何事も勉強じゃ、と意を決して一軒の店に足を運ぶことにする、一階は
工具屋の横にある狭くお香臭い階段を上がれば重たそうな木の扉が開いて薄暗い部
屋へと招かれ、中には女性が数人座り、そして悪役顔な中年女将が近づき、
「二百ルピーだよ。」
と言い放つと、早く決めな、と言わんばかりにニヤッとしてワシの顔を睨み付ける。
やっとこの部屋の暗さに目が慣れてきたので部屋を見渡せば、華美だが薄汚れた
サリーを纏った若い女性が数人、こっちをジッと見つめている。どの女性もワシと
目が合えば微笑んではくれるが、疲れ切ったというか何かに怯えているように感じ
取れ、今まで経験したことのない得も言われぬ雰囲気に嫌気がさして出ようと思っ
た瞬間、ドアの横に座っていた一人の女性と目が合ってしまった。
その女性、というか女の子は年の頃は十三・四歳くらいで、他の女性達と肌の色
が違って白く、一見すると日本人? と勘違いしてしまうほどの顔立ち(多分、ネ
パールの山岳民族だろう)で驚いてしまった。
これって……と唖然としていると女将が、あんたぁ、目の付け処がいいねぇ、と
強烈に臭い息をワシの顔にかけながら、
「この娘はベストだ、五百ルピーだよ」
それを聞いた瞬間、ザァーッと音を立てるように気分は引いてしまい、即座に部屋
を後にしてしまった。
階段を急いで下りていく途中、後ろから女将がこれ以上出ないぞと言うくらいの
大声で罵っている、多分『このイ○ポ野郎!二度と来んな!』とか言ってるの
だろうが。
しかし、あの女の子の表情は今でもハッキリと想い出せるくらいに悲しく切ない
表情をしていたのが耐えられなくて……あれから幾度とデリーには訪れたが、二度
とその通りには近寄ることはなくなった。自分だけで彼女らの運命を変えることは
何も出来ないが、あの時ほど何となくそういった雰囲気の場所にふらふらと入って
しまう自分の性格を悔やんだことはない。
だが、ワシはそんな経験をしたとはいえ、そういった人間臭さが好きなので、性
懲りもなくまたふらふらとアジアを旅している。
ある時、バンコクの到着が夜中であったため、適当にバスに乗ってファランポー
ン(バンコク中央)駅前で降り、何気なく目に付いた一軒の安宿に入ってしまった。
そこは別に以前から決めていた訳ではなく、その場で見つけて入ってしまったの
であるが、カウンターは二階にある典型的な中華系安宿、もしや、と妙に疑問しつ
つも、まぁ、いいか、と意を決してここに泊まる旨伝えると、主人は四階の道路側
の部屋に連れて行き、部屋の前でニヤリとして降りて行く。
うっ、やっぱり、と思ったが遅かった。
勢いよくドアが開き、出てきた女性に腕を捕まれると強引に部屋の中へと引っ張
られてしまった。
そう、ここは女性付きの宿、つまり売春宿だったのだ、彼女ら売春婦は宿の一室
に住み、その部屋で訪れた客相手に商売をするというシステムで生業っているのだ。
しかし、ワシはバンコクに着いたばかりで疲れているし寝るためにここに来たら
アンタがいたんや、だから寝させて、と必死に説明すると理解してくれたのか、笑
いながら、『ここで寝なさいよ』と床で寝るように指示しやがる、なんで客のワ
シがベットじゃなくて床で寝なあかんねん、と思いつつも速攻爆睡。
昼前、汗と埃まみれになりながら目覚めると天井には洗濯物が干されてあった、
しかしよく見るとそれ全部ワシのモノ。
げっ! とバックを見れば見事開かれていて中身が散乱しているではないか。
もしや、と中身を確認するが別に何も盗られてはいない、すると彼女はワシが起
きたことに気づき、服を脱いでシャワーを浴びるように言われ、素直にシャワーを
浴びて出ると、彼女は食事の用意をしてくれていた……それから昼と夜は部屋で一
緒に食事をするが、彼女は商売があるので部屋からは滅多に出れないので、客が訪
れるとワシは部屋の外に追い出され駅構内や市内をぶらぶら、そして一日の仕事が
終了すると彼女はベットにワシは再び床で寝る、という一種奇妙(だけどちゃんと
宿代は毎日支払っていたぞ)な生活が一週間ほど続いた。
しかし、そろそろ日本に帰らねばならなかったので、彼女に別れを告げると、大
粒の涙を流して行くな、と言う、ワシも涙ながらに「ありがとう」と言い残して宿
を後にした。
あれからバンコクには行っていないのだが、ふと彼女のこと……一度も肌を重ね
ることは無く、ひとときではあったけどすごく楽しくていい出会いだったなぁ、と
思うことがある。
また、この時の詳しいことはおいおいにでも。
だから旅を止められないのかもなぁ、ワシ。