旅のまにまに


 その拾五・釣ったり釣られたり


 最近は旅の期間が短くなったのもあって持っていくことはなくなったが、昔は必
ず釣道具だけはバックパックの中に忍ばせていた。

 別に世界を釣るぞ! と某俳優のように重装備で行くわけではなく、軽くてコン
パクトな渓流竿やルアー竿にカンペンに入るくらいの最小限の仕掛けであれば、バ
ックパックの片隅に無理なく入れることが出来るのだ。
 何でそこまでするねん? とギモンに思われるかも知れないが、長期に亘っての
旅行は、物見遊山と暴飲暴食暴眠以外することがないので、何か自らでアクション
を起こしたかった……というか小さい頃から釣りは大好きだったのが単純な理由で
あるのだが(笑)。
 なので、通りがかりで川や池を見つければササッと竿を取り出しそこら辺にいる
虫を針につけて放り込み、そして竿をもう一本取り出してルアーをひょいひょい投
げて、あとはお魚さんが食らいついてくれるのをひたすら待つのである。
 そしてルアーを投げるのに飽きたら、ただひたすらにアタリを待ってボケーッと
寝っ転がっているのもなかなか気持ちがいい。
 実際、タイ・ノンカイのメコン河では40aもあるナイフフィッシュという魚や、
インド・パトナのガンジス河の支流でも鮒によく似た魚を釣りまくった、これもま
た旅のいい想ひ出である。

 この時はまだデブだった。(笑)
 釣りに興じるワシ、だけどこの日はボウズだった。(涙)
  (バンコク・チャオプラヤー川にて)


 だが、こうも素晴らしい釣果ばかりではない。やはりみなさんのご想像通り『釣
り』を巡ってあちこちでいろいろありましたんですわぁ(しみじみ)。
 一つはバンコクでの出来事、運河の多いこの街は市場で買ってきた小エビの煮付
や食べ残しを針につけて放り込むだけでなんやかんやと熱帯魚らしい魚がほいほい
釣れるのでいつも釣竿を片手に歩き回っていたところ、現王宮近くの大理石寺院(
ワット・ベンチャマホビット)の堀に一人の老人がなにやらパンらしいモノをちぎ
っては投げ込んでいる。
 ほぅ、錦鯉でもいるんとちゃうか、と覗き込んでみれば、パンを巡って水面で奪
い合っている魚は鯉ではなく、なんと鯰! しかもなかなか型のよいヤツばかりな
のでもう我慢できず、思わず急ぎ宿に戻って釣道具を握りしめ再び堀に戻って糸を
垂らしてみる。
 すると、30a以上の鯰が面白いように次から次へと入れ食い状態! もう楽しい
ったらありゃしない。こんなに釣れちゃってし・あ・わ・せ……とウットリしてい
ると、向こうからオレンジの袈裟を付けたお坊さんが2人、こっちに向かって走っ
てくる。
 何を急いでるんやろ? ワシのようにのんびりと釣りでもしたら心も落ち着くん
だけどなぁ、けど、今は落ち着く暇がないくらい釣れすぎて忙しいのだわい、など
ど心の中でいちびっていたのだが、どうも彼らの向かう先がワシだと気づいたとき
にはもう遅く、一人の若い坊さんが肩を掴んだかと感じた瞬間、脇腹に息が一瞬に
して出来なくなるとしか表現できないくらいの激痛が走り、一撃の下にワシはノッ
クアウト!
 激痛のあまりうずくまりもがき苦しむワシにもう片方の少し年輩の坊さんがゆっ
くりと諭すように、だが厳しい口調でしゃべりかけてきた。タイ語を解さないワシ
には何を言っているのか全く解らないが、自分の犯した行動に対して戒めているの
だとスグに気づいた。
 若い坊さんはいまだ襲いかかってきそうなくらい敵意剥き出しであったが、彼を
制止しつつ、ワシを抱きかかえて肩をポン!として去っていった。ワシはただただ
『ソーリー』を連発して謝るのみだった。
 みなさんもタイ(だけ、とは限らないが)では境内での釣りは厳禁ですぞ、けど
本場ムエタイ仕込みの膝蹴りを喰らいたいぞ! というマゾな方にはオススメでは
ありますが。

 もう一つ、それ以上に忘れることの出来ない想い出がある。
 それはインドに初めて訪れ、バラナシにある有名な宿『K』に泊まって三日目の
こと、ワシは目の前に広がるガンガー(ガンジス河)でいっちょやったろかいな、
と釣竿片手に階段を下りていくと、女主人Kさんがいきなり、
「アナタ、何をするつもりなの?」
と。このKさんはいい人なのだが、バックパッカーの間では『うるさいオバハン』
として有名なので、それがその文句かと思いつつ、
「ちょっと釣りに行ってきます。」
と答えるや、Kさんの顔が真っ赤になり、
「神聖な河になんてことするの!」
と怒鳴ってくるのでワシもすかさず、
「ワシはなぁ、ガンガーで釣りする為にはるばる日本から来たんじゃ!」
そしたら、とうとう怒り心頭に達したのか、
「もうそんな人はいらないから、とっとと出てってちょうだい!」
と最後通牒。
 なんやとぉ! これが客に対する言葉か、わかったわ出てったるがなぁ、と急い
で荷物をまとめて向かった先が隣のゲストハウス『G』、その時は『K』での宿泊
代がこれでタダになって得したわ、なんて思っていたのだが、この後Kさんの恐る
べき祟りが降りかかるとはまだこの時は思ってもみなかった。
 すぐさま引越完了し、早速ガンガーへ行き釣りをしようと試みるもエサとなる虫
が一匹も見つからず、ルアーをしようにもその日はちょうどシヴァ神大祭の二日前
ということもあって河には人があふれ返り、投げても釣れるのはインド人が釣れそ
うでそれは困るので諦めようとしたとき、一人の日本人男性が、「さっき、バラナ
シ大学からの帰り道によさそうな川があって魚がピチピチ跳ねているくらいいっぱ
いいましたよ。」
なんてオイシイ話を持ちかけてくる。
 しかしもう夕方なので明日早朝にアタックだ! と約束し、彼と夕食を食べなが
らいろいろ計画を練り、自転車も二日レンタルしてきて翌日の夜明けと共にいざ出
発。
 ガタガタ自転車を転がすこと30分ほどでそのポイントに到着、おぉ、なかなかい
い処じゃないか、と泥っぽい河原に降りようとした瞬間、恐ろしい光景が目に入っ
てきたのだ。
 それは、河原のあちこちで多くのインド人達がしゃがんで朝のお祈り……ならぬ
トイレ(もちろん大きい方)をしてスッキリされているのだ! しかも行き交うみ
んな、手には空き缶を持って河原へと向かっている。
 あぁ、なんてことだ、もし気づくことなく河原で釣りをしていたらエラいことに
なってた、それにここにいる魚達はこのインド人の放つ高栄養の撒き餌に舌鼓を打
っているのだろう……そう考えると釣りをする気なんかどこへやら、二人ともガッ
クシ肩を落としてそのまま宿に戻り、その鬱憤を晴らすかのように酒などでキメあ
かし、そのまた翌朝、沐浴するつもりがなぜかガンガーを泳ぎ渡ってしまい、その
直後から大熱が出てきたのでヴァラナシを後にして命からがらデリーに着いた瞬間
に気を失い、気づいたら時には三日後の病院の中。
 幸い、旅行保険があったので財布は傷むことはなかったが、その後一週間も入院
していたのである、やはりKさんを怒らせた罰が当たったのだと今でも信じている。

 なのでみなさん、釣りをする際にはマナーはよくまもりましょう、特に神聖なモ
ノに対しては。


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