|
◆第4の殺人
1977年4月23日、3人の子供を養うために街角に立っていたパトリシア・アトキンソン(32)はサトクリフを自室へと招いた。翌日、彼女は遺体となって発見された。ハンマーで頭を4回も殴られ、ナイフで腹を7回刺されている。しかし、強姦はされていなかった。
◆第5の殺人
次の犠牲者は初めての例外である。ジェーン・マクドナルド(16)は売春婦ではなかった。地元のスーパーで働く学生である。しかし、赤線地帯であるチャペルタウンに住んでいたために間違われた。1977年6月26日、帰宅途中に襲われたのだ。
この件を機にチャペルタウン周辺の警備は一層厳しくなった。サトクリフは犯行場所を移さなければならなくなった。
1977年7月27日、リーズに隣接するブラッドフォードでモーリン・ロングが襲われた。彼女は奇跡的に一命を取り留め、犯人は「襟まで届く金髪」だったと証言した。そのために捜査は攪乱されることとなった。サトクリフは金髪ではないからだ。
◆第6の殺人
1977年10月1日、サトフリフは初めてドジを踏む。マンチェスターの墓地でジーン・ジョーダン(21)を殺害した時、車が通りかかったために彼は慌てて逃げ出した。その後、彼女に手渡した5ポンド札が証拠になることに気づいた。2日前の給料日に貰ったばかりの新札だったのだ。8日後に意を決して現場へと戻った。草むらの中の遺体はそのままだったが、5ポンド札は見つからない。仕方がないので「ヨークシャー・リッパー」の犯行の証しであるハンマー痕を隠すために頭部を切断しようとした。しかし、拾ったガラスの破片ではハカが行かない。結局諦めて、遺体を数回蹴飛ばしてからその場を去った…。
賢いようで間抜けな、彼のずぼらな性格がよく判るエピソードである。
ジーン・ジョーダンの遺体はその翌日に発見された。問題の5ポンド札は遺体のそばに落ちていた。警察はその新札を給料として支払った会社を30社まで絞り込んだ。その中にはサトクリフが勤めていた運送会社も含まれていた。サトクリフも尋問されたが、彼はその札を持っていたかも知れない5千人のうちの1人に過ぎなかった。
◆第7の殺人
1978年1月21日に殺害されたイヴォンヌ・ピアソン(22)は高級娼婦だった。その手帳には様々な実業家の住所が並んでいたという。空き地に棄てられていたソファの下から突き出した彼女の腕が発見されたのは死後2ケ月も経ってからだ。切り刻まれていなかったために「リッパー」の犯行であるか断定しかねたが、サトクリフによれば車が通りかかったために断念して遺体を隠したのだという。彼女の口の中にはソファの中身が詰められ、胸を踏まれたために胸郭が潰れていた。
◆第8の殺人
1978年1月31日に殺害されたヘレン・リトカ(18)はイタリア人とジャマイカ人との間に生まれた双子だった。写真で見る限りパム・グリアのような美人である。人生の大半を施設で過ごし、売春婦となってサトクリフの犠牲者となった。
◆第9の殺人
1978年5月16日にはヴェラ・ミルワード(40)が犠牲になった。その3ケ月後、サトクリフは再び警察に尋問された。彼が乗っていた赤いフォード・コルセアが目撃情報に一致したからだ。ところが、どういうわけかタイヤの跡の照合にもパスしてしまう。大失態である。
|