「ハジメ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「おい、ハジメ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「聞こえてんだろ!無視すんじゃねえ!」

横合いからぺけっと叩かれて、刀の手入れに没頭している「フリ」をしていた斎藤一はやむなく殴った男、永倉新八の方へ顔を向けた。

「何か用ですか?」

「いや、用はねえんだけどよ」

「冷やかしなら帰って下さい。」

すぱっと切り捨てて、再び刀に向き合おうとした斎藤の肩を永倉が掴んで無理矢理引き戻す。

「ちげーって!用はねえけど、あるんだよ!」

「・・・・矛盾してますよ。」

「いーんだよ!とにかくおめえ、刀しまえ!んでもって、こっち向いて正座しろ!」

永倉にそう言われ、斎藤は小さくため息をついて刀を鞘に収めた。

なんだかんだ言っても年上の永倉にはどこか逆らえないものがある。

さすがに正座はしなかったが、居住まいを正した斎藤に、よし、と頷いて永倉は切り出した。

「で、おめえはなんでここんとこえれえ不機嫌なんだよ?」

「・・・・不機嫌、ですか」

ぼそっと呟いた斉藤に永倉は大きく頷く。

「不機嫌だろーよ。平隊士の連中でさえおめえがいつもより怖いとか、妙に殺気を感じるとか話してるぐれえだぞ?
俺たちに隠せると思うなよ。」

先の呟きを惚けていると勘違いしたらしい永倉の台詞に、斉藤は僅かに雰囲気を緩ませる・・・・といっても表情には出ないが。

もとより表情に感情が出にくい自分の事をきちっと分かってくれる仲間達がいるのは嬉しい事だ。

しかし今回は。

「・・・・不機嫌、ですか?」

「は?」

至極真面目に同じ言葉で問い返した斉藤に、永倉は目を丸くした。

「ですか?っておめー・・・・まさか自覚なかったのかよ?」

「・・・・はい。」

頷いた斎藤に永倉は心底呆れたようなため息を大仰に吐き出す。

「だあぁぁ、なんで本人が無自覚なんだよ!どう考えても最近のおめえはおかしいぞ?確かにおめえは人付き合いのいい方じゃねえけど、ここんとこ暇があれば一人で刀の手入れだろ。
前は非番なら非番でそれなりに過ごしてたじゃねえか。
散歩に行くとか、桜庭と出かけるとかよぉ。」

何の気なしに永倉が最後の名前を言った途端、斎藤がぴくっと動いた。

「桜庭・・・・」

『斎藤さん!』

不意に脳裏に明るい少女の声が響いて、斎藤は眉間に皺を寄せる。

同時に嫌なことを思い出したせいだ。

もちろんそんな変化を永倉が見逃すはずがない。

「んだぁ?桜庭がらみか?」

「がらみというか・・・・よくわからない。」

「わーった、わーった。取りあえず話してみるってのはどうだ?人に話すと結構納得する事もあるって言うぜ?」

「はあ・・・・」

俺に聞かせてみろって!と胸を張る永倉が頼もしく見えた、わけでは全然ないが、なんとなく言っている事には一理あるような気がしたので、斎藤は口を開いた。

どっちみち自分で考えていても、何故か堂々巡りで結論が出ないことは実証済みだ。

「桜庭に、恋文を渡されました。」

「はあ!?んだってっ!?」

心底驚いたように大きく目をむく永倉を見て、言葉が足りなかった事に気がついて付け足す。

「桜庭が書いたものではありません。預かったそうです。」

「あ・・ああ、そうか。驚かせるんじゃねえ。
じゃあ何か?桜庭が誰かから預かった恋文をおめえに渡した、そういう事か?」

「はい。」

「で、それから?」

「それだけです。」

「ああ?」

「ただ、それだけです。俺は桜庭からその手紙を受け取って、送り主に戻しました。」

動揺も感じさせず淡々と語る斎藤に、永倉は眉を寄せた。

「相手の女がごねでもしたのか?」

「いえ、落胆はさせたようですが、大人しく受け取って去ってくれました。」

「じゃあ、なにが問題なんだよ?羨ましい話じゃねえか。」

言われて斎藤はしばし考え込むように視線を落とす。

そしてじぶんでも不確かだと自覚しているような口調で呟いた。

「桜庭が・・・・」

「ん?桜庭がどうした?」

「文を渡した女が綺麗だったと。」

明らかに言葉が足りず、上手く伝わらなかったようで永倉は首をかしげる。

それもそうだろうと、斎藤自身思う。

彼女が言った言葉は、ただ文を渡してくれた娘が綺麗だったと、それだけ。

別に不自然な事は何もないはずなのに、何故かそれが酷く引っかかっている。

その引っかかりをどう説明していいのか、斎藤は首を捻りながら一つ一つ言葉を足した。

「綺麗だったと言った時の桜庭は笑っていて・・・・渡す時もいつも通りだった・・・・」

そう、いつも通りだった。

いつも通りの鈴花は鈴花で、まるで報告書かなにかを渡してくれるように、恋文を渡してくれた。

自分ではない他の娘の恋文を・・・・

                                        ―― ズキ・・・・

「?」

急に心の臓のあたりが疼いたような気がして、斎藤が顔をしかめた途端、はっとしたように永倉が顔を上げた。

「おい、おめえは桜庭に他の女からの恋文を渡されたんだったな?」

「はい。」

「で、それを渡した時、桜庭は恋文を預かった相手の女の事を綺麗な娘だったと言った。」

「そうです。」

「その時も、恋文をおめえに渡した時も桜庭は笑ってて、いつも通りだった・・・・と?」

「・・・・そうです。」

だからそう説明したではないか、と訝しむように永倉を伺えば、彼はひどく驚いたように目をまん丸く見開いていた。

「永倉さん?」

「まさか、そーか・・・・おめえがねえ・・・・」

「何がですか?」

呆然と呟く永倉の言っている事が分からなくて斎藤は眉間に皺を寄せて聞く。

が、永倉はすぐに最初の衝撃から立ち直ったのか、無精髭を残した顎に手を当てて人の悪い笑みを浮かべた。

「いやあ、ちょっとばかし予想外だったから驚いちまったぜ。」

「?何が予想外なんです?」

聞き返してみたが、永倉はにやにや笑ったままで、さっぱり答えてくれそうにない。

「そりゃ教えちまったら意味がねえからな。ああ、他の奴に聞いても無駄だぜ?そんな野暮な事を言う奴はいねえからな。」

「野暮?」

「まあ、せいぜい悩んでくれや。あー、でもそうだな。」

相変わらずの笑いを乗せたまま、余計に訳が分からなくなっている斎藤に永倉は言った。

「自分が始終誰を何を見てんのか、わかったらきっとその不機嫌のわけもわかるぜ?」














「何を見ているのか・・・・?」

永倉が部屋から出て行ってしまって、中途半端に残されてしまった斎藤は刀の手入れを再開しながら呟いた。

自分自身にもわからない何かを永倉がどうしてわかったのか、わからない。

何故、こうも気分が落ち込むのか。

何故、ふいに苛立つのか。

何故・・・・鈴花の顔がちらつくのか。

「―― はあ・・・・」

つきなれないため息をついて、斎藤は刀を鞘に収めた。

いくら美しく磨いてみたところで、刀身に自らの心を見いだすことなど出来そうになかった。