―― 崩れ落ちそうな空を支えて 一人立ちつくす ただ 君の 君の側にいたいよ・・・・ 薄曇りの午後の空を執務室の窓から眺めていたシオンは、ひどく忌々しげに舌打ちをした。 雨が降るでもない、晴れ間が覗くわけでもない・・・こんな曖昧で半端な空は彼の心に常にある面影を思い出させる。 ・・・・・悲しさに泣きわめくわけでも、立ち直って笑顔を見せるわけでもない一人の少女。 精神の狭間で眠り続ける少女を・・・・・ シオンは少し乱暴にペンを置くと立ち上がった。 近くにいた2人の文官がその音に驚いて顔を上げる。 「シオン様?」 「今日の分はもう終わったぜ。というわけで、俺は雨が降る前に帰らせてもらう。」 そっけない言葉に慌てて文官はシオンに逃げられる前にと彼の机の上の書類を確認する。 「あ・・はい。確かに終わられていますね。」 なんとも奇異なものでも見るかのような文官の視線にシオンは苦笑した。 「んなに人を疑うもんじゃねーぞ。じゃな。」 肩をすくめてドアを出ていこうとしたシオンの耳に文官同士の会話が滑り込んだ。 『やっぱりシオン様はあの少女がいなくなられたのが痛手だったのか・・・?』 『かもな。シオン様は彼女を・・・・・』 パタン 静かに閉じたドアが彼らの言葉を半ばで遮る。 (・・・・・いなくなってねーんだぜ、あいつは・・・・・) そう心の中で呟いてその滑稽さに自分を笑った。 ―― 彼女はいなくなってはいない・・・・だが、いるとも言えないのだから。 「なあ、メイ・・・・」 海の底のような私室で、シオンは呟いた。 いつの間にか薄曇りの空は闇に包まれてもう、晴れているのか曇っているのかわからない。 今、この部屋を照らし出すのは柔らかな魔法球の作り出す明かり。 まるで海に沢山のホタルが散らばっているかのような幻想的で美しい光景にも、シオンの前で椅子に沈み込むように座っている少女は動くことすらない。 その少女を、彼女を片鱗すら知らぬ者が見たならばひどく良くできた人形だと思ったかもしれない。 柔らかそうな茶の髪が縁取る白い頬には感情の欠片もなく、かつてクルクルとよく変わる表情を見せた茶水晶の瞳はガラス玉のように、光すら映さない。 「なあ、メイ・・・・」 もう一度、けして答えが返るわけがないと思っていてもシオンは呟く。 「俺は・・・・・踏み台にする価値すらなかったか・・・・・?」 もし少女が唯一愛した青年を失った悲しみを癒す手段に自分の好意を使うというのならそれでも構わなかった。 一瞬の寂しさを紛らわせるための恋人のまねごとだけに付き合って欲しいと言われたとしてもシオンは喜んでその地位に甘んじただろう。 ・・・・いや、そんな事ができる少女ではない事は嫌と言うほどわかっているのだけれど。 メイなら他人の気持ちを踏み台にするようなことはけしてしないだろう。 それでも・・・・なぜそうしてくれなかった、と思わずにはいられない。 もし自分を一時でも支えに選んでくれたなら、こんな辛い眠りにはつかせなかった・・・絶対に! 「お前は強すぎるんだ・・・・・」 その強さに惹かれた。 けれどその強さは、今のメイを導いた。 ・・・・・誰にも頼らず、一人で立ち上がろうとして倒れてしまった今を・・・・・ シオンは無言でサイドテーブルに傾けていたグラスを置くと、メイにそっと近づく。 そしてかつては戯れに触っては殴り飛ばされていた彼女の頬に指を滑らす。 ただ、それだけで。 ドクンッと鳴った鼓動に耐えるように僅かにシオンは顔をしかめた。 「・・・・・お前は残酷だよ・・・・・」 こんな夜はメイがひどく憎らしくなる。 彼女の心はここにはない。 それはわかっているというのに・・・・・いや、わかっているからこそ人形のように無抵抗なメイをめちゃくちゃにしたくなる衝動に襲われる。 「こんなにこっぴどいふられかたはねーよな。」 仮にメイを欲望のまま抱いても、きっと彼女は目覚めない。 ただ生きているだけという姿で、シオンを拒絶し続ける。 シオンはもう溜め息とさえ呼べないような重い息を吐く。 そしてそっとメイの瞼に唇を寄せた。 それは放っておけば眠ることすらしない人形に瞳を閉じさせる魔法をかけるためのもの。 もう片方の瞼に口付ける寸前に、ふと今日の途切れた文官達の言葉の続きが聞こえた。 『シオン様は彼女を・・・愛していたから』 (バランスがとれねーよな。) キスをする自分はいつも目一杯の想いを込める。 (愛してる、メイ・・・・誰よりも。) キスを受ける方にはなんの感情もない。 だから彼女は起きない。 王子様のキスの魔法にはお姫様の応える愛が必要だから・・・・・ シオンは瞳を閉じたメイを椅子から抱き上げると、彼女用に用意させた隣室のベットまで横抱きにして運ぶ。 そして彼女をベットに横たえるとそっとその額に口付けた。 「お休み・・・メイ」 彼女に触れたことでわき上がる切なさと欲望をなだめるかのように、シオンは胸元で強く拳を握って足早に部屋を出た。 ―― だからシオンは知らない・・・・ 彼が出ていった直後、今まで一度として動くことのなかったメイの瞼が シオンの声が聞こえたかのように わずかに動いたことを・・・・・・ 〜 to be contineu 〜 |
― あとがき ―
ゆうに1ヶ月近く待たせてしまいました(^^;)
が、なんとか続き書きましたよ。
いやあ、なんか3話の終わりがいやにいい感じだったんでマジで「ここで終わっちゃお〜かな〜」
なんて考えていた不届きな脳味噌がこんな遅れを招いてしまいました(??)
しかしこのシリーズ、シオンの独白が多いせいかいやに書きやすいです(笑)
だったらさっさと書けって?(汗)
それはともかく、なんとかエンディングの尻尾が見えてきました。
なんとか5話ぐらいで完結させたいんだけど・・・もしかして無理かもしんないです(^^;)
とにかくがんばりますので、愛想尽かさずに読んでくださいませ。
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