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時の話題2006-4
LAST UPDATE 2006-07-03
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◇印は《日々雑感新掲示板》より転載

映画「学校」の意義と問題点(06/4/29〜30) ◇マクフィーのレッスン(06/4/16)


【映画「学校」の意義と問題点】vol.313《新掲示板レスより》
◆映画「学校」は、夜間中学での授業の進め方や焼肉店の名前に問題点がありますが、夜間中学について描いた大衆映画として大変意義あるものでしたね。実は、畝傍夜中への取材や若草山ロケなどがあった関係からか、奈良市内で映画完成の酒宴があったのです。その日たまたま招かれている知人と直前にすれ違い、僕も誘われたのですが、遠慮したのでした。後日、酒宴の様子が「月刊文藝春秋」のグラビアに載っているのを、鶴橋の焼肉屋で見せられました。グラビアに写っていたのは、その焼肉屋の女将さんが奈良市内の料亭で山田監督に花束を渡しているところ。ひょっとしたら僕もそのグラビアの片隅に写っていたかもしれなかったのですが、不思議な気分になったものです。(フーセンの羊さんへの新掲示板レス、06/4/29)
◆「夜間中学での授業の進め方や焼肉店の名前に問題点がありますが」についてですが、一つ目は「一斉授業は夜間中学の主旨にそうのか」という、当時すでに夜間中学運動において問題提起されていた点です。教育の機会を奪われた背景はさまざまであり、さらに夜間中学へ通う日々の暮らしの背景もさまざまです。マンツーマンが大原則になるはずです。学校は仲間とつながる場でもありますから席を並べてホームルームなどで話し合うといった時間も大切ですが、教科学習においては、同じカリキュラムで同じ教材で一斉に授業をするというのは、夜間中学生にとってどういう意味を持つのかということです。自主夜間中学の公立化において争点になる部分でもあります。二つ目は、朝鮮植民地時代にソウルに押し付けられた忌まわしい地名が焼肉屋の店名になっていたという点です。身世打鈴(シンセタリョン)の一人芝居で有名な新屋英子さんが女将さん役でしたが、あの店名をどう思っていたのかと疑問に思っているんです。ということで、ケチをつけてしまいましたが、あの映画は、「大衆映画として夜間中学とそこに通う人々の存在を世に知らしめた」という点で大変意義ある映画であったことは間違いありません。
(フーセンの羊さんへの新掲示板レス、06/4/30)[→4月目次]

【マクフィーのレッスン】vol.312《新掲示板レスより》
◆地域の子どものことに関して、何を言うか・言わないかについては難しいものがありますね。「内面の延長でしか世界を捉らえられない」とは、僕が常日頃、生徒たちに感じている危機感ですが、親にもあてはまる場合がありますね。「我が子可愛さ」はある意味当然としても、他人との関わりの範になっていない親、たくましさと身勝手さをはき違えたしつけをしてしまっている親が、日常生活でもよく見受けられます。昨日、親子で封切初日の「ナニーマクフィーの魔法のステッキ」を観てきましたが、マクフィーさんのレッスンには「子どもに関わる大人の在り方」も含まれています。公私共々、身に引きつけてとらえなきゃと思っているところです。(neko.さんへの掲示板レス、06/4/16)[→4月目次]



























<アンカージャンプ用の画面余白です>