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部落差別問題
LAST UPDATE 2016-09-20

■「両側から超える」ために[PDF]
 「気づきから築きへ」−−同和教育の諸課題をこの言葉で俯瞰した文章を何度か書いたのは、もう20年以上前だ。他者の痛みや希望に気づき、自己の無知と偏見に気づき、自他の関係とその背景に気づくことから、他者との出会い直しや、自他と社会の再構築という築きを求めていこうという内容だ。
 教員となった私は、ムラの子・外国人の子・障害をもつ子・さまざまなしんどさをもつ子の願いや訴えを無視して、「予定通り」に同和教育ホームルームをしていてはダメなんだと、子どもたちから学ぶこととなった。何に気づき、何に向き合うべきかを、子どもたちが教えてくれた。部落解放は人間解放であり、解放のためには、まず気づきが必要だと考えたのだ。
 「両側から超える」とはまさに、自他の両側、内なる両側の気づきによる解放だと思
 その後の教員生活で、被差別の生徒や保護者が、「差別なんて気にしてません」というのを何度も聞いてきた。「そんなわけないだろう」とムラにも通ったし、オモニの本音も推し量った。指紋押捺の後の家庭訪問で、「日本はいい国だ」と語る「新渡日」中国人の父親に、「ではなぜ表札は日本名なのか」と問うと、一転して被差別体験を語り出したこともあった。しかし、通わない・推し量れない・問わない教員もたくさんいた。私も後で気づいたことがたくさんるし、気づき損ねたこともたくさんあったのだろうと思う。「気づこうとしないと気づかない」ことがたくさんあるということだ。
 行きつけの飲み屋で、同和教育をすることもしばしばあった。教室でだけ正義漢ぶる偽物の同和教育は子どもを苦しめるからだが、酔いが回ってたり、がんこ頭だったりする酔客の偏見や差別を糺すのは困難だったし、時として危険でもあった。私の指摘にすごみ返し、にらみ付け、脅しつけたあげく、実は自分も被差別者だと涙を流して親の話までする男もいたのだが。
 やっかいなのは、「寝た子を起こすな」の同和教育有害論だった。ある時、若い常連仲間がそんな持論を展開しだして苦戦していたら、いつもは口数の少ない年配の常連が間に入ってきた。
「俺は学校を出て、奈良に働きにきたんや。部落差別なんて何も知らんかった。そしたら、『部落は怖いとこや』と教えてくれる奴がいて、それをそのままずっと信じて土方の仕事をしとった。ところが、ある時仲のいい奴が部落出身やというんや。イメージしとった『怖い』奴でも何でもなかった。俺は何も知らんかったから、差別をそのまま受け入れてしもてたんや。学校の先生は、そんなふうにならんように、同和教育してくれてるんや」
 誰も反論できなかった。気づくことの大切さを説く、みごとな同和教育がその飲み屋のカウンターにあった。
 「気づこうとすること」と「気づかせること」が、両側から超えるためには必要なのだろうと思う。言い換えれば、「見る力」と「見せる技」とも言えよう。この稿では、この点に絞って考えたい。
 解放研顧問をしていると気づくことだと思うが、「見える」ということが大きな意味を持つのだ。とあるクラブ活動が活発な高校で、朝から校門で解放研生徒と「狭山」のビラ配をしていたときのこと。朝練に参加する生徒が多いので、ビラ配も早朝からしないと生徒に十分配ることができない。早朝6時半から8時半まで約2時間のビラ配になるのだが、特に冬は、まだ暗いうえに、手がかじかんでビラのわら半紙を一枚一枚めくることがすぐにできなくなる。コンビニで買った熱い缶飲料を握りしめたものだ。すると、早朝からそんなふうにしてビラを配っている解放研生徒の姿に他の生徒が反応するのだ。「運動クラブでもないのに、あんな早朝から寒い中をビラ配りしている。ちゃんと受け取って読まなきゃ」という声を聞いたりした。校内で差別落書きがあったりすると、体育館で全校集会をもち、解放研生徒がステージに並んで抗議のアピールをしたものだが、フロアの生徒たちは解放研生徒の訴えを真剣に聞くのだ。「見せる技」「見ようとさせる真剣さ」が功を奏したと思う。
 今、いろんな意味で、人の痛みがとても見えにくくなっている。情報化社会というが、その情報に「情」が抜けている。
 4月14日夜の熊本地震(余震)発生からわずか9分後には、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という類の悪質な差別ツイートが拡散しはじめた。もちろん事実無根の差別デマで、阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、広島土砂災害でも、昨年の常総大水害でも繰り返されたネット上の外国人差別が、またもや繰り返されたのだ。世間を騒がす事件の度に「犯人は朝鮮人だ」とするツイートも繰り返され、相模原障害者施設殺傷事件でも悪質なツイートがなされた。
 今回の熊本地震のツイートが問題視されると、「ノリって何で分かってくれへんの」という言い訳・開き直りが見受けられた。「ノリでツイートしてるだけだから、差別という方がおかしい」というわけだが、人の痛みが「見えない」ネットユーザーに、驚き呆れ怒り、そして考えさせられた。その後勤務校の日本史授業や集会でも、あちこちで話す機会にもこの件にふれ、「人の痛み」を受け止めようとしない「学習・情報」ではダメなんだと訴え続けている。「人の痛み」に気づかないようではだめなんだと説いている。
 ディスプレイを使ったビジュアルな表現は、活字媒体よりも一見分かりやすく感じるが、どちらにせよ、形のない「情」は、「見よう」としなければ見えてこない。能動的に意味を読み取ろうとしなければならない活字媒体の方が、「人の痛み」や「情」まで「見ようとさせる力」はむしろ大きいのかもしれない。
 「見る力」と「見せる技」は、古くて新しい課題なのだろうとは思う。ただし、情報媒体は変化(えて進化とは言わない)し、デジタルネイティブ世代のリテラシーに訴求しうる発信が求められるようになっている。「ノリって分かってほしい」と反応するような人に、「人の痛み」を感受させるにはどうすればいいか、沖縄・高江の怒りを、福島・大槌の怒りを、さまざまなマイノリティの恐怖と悔しさを、居場所を奪われた子どもたちの願いを、生活するのに目一杯にさせられている大人たちの不安を、ヘイトスピーチ被害者の奪われた「表現の自由」を、どう感受させるか。
 一つのヒントがある。
 ある晩、自宅で翌日のプレゼン作りに取り組んでいた。ネットと人権に関する講演だ。ところが、妻が私の背にぶつけた言葉が、「家に帰っても仕事ばっりや」(今もちょくちょく言われるが)。「人と人のつながり」云々を語るために、妻に背を向けている自分に矛盾を感じ、すぐにパソコンを閉じて妻とビールを酌み交わした。翌日、勤務校の職員室で、ふと思った。
「夕べは妻に怒られたなあ。でもそれももっともなことだ。『私がここにいるのにあなたはどっちを向いているのだ』というわけだから」
 そして気づいた。「こっちを向いてほしい」と思っているのは、妻だけか?我が子もそう思っているに違いない。勤務校の生徒もそうだ。職員室の同僚もそうかもしれない。「忙しい」を言い訳に(実際に忙しいのだが)、「こっち向いてほしい」と思ってくれている人を見ようとしないようではだめじゃないか。そして、生徒たちならどう言うだろうと考えた。反古紙の裏に書いてみた。
 ・・・・「気づいてほしい」「聞いてほしい」「認めてほしい」「見ていて(見守って)ほしい」・・・・
 頭文字を並べると、「き・き・み・み」。これだ、これでいこうと自分に言い聞かせた。
 しばらくして、ある教員の嘆きを耳にした。「最近の子どもは、人の話を最後まで聞かれへん」というのだ。おそらく、その日、子どもたちに熱心に語ったのに、十分には聞いてもらえなかったのだろう。同和教育にも大変熱心な先生だったが、私は「き・き・み・み」を思い起こし、こう返した。
「ご苦労様です。一生懸命に話しても、なかなか聞いてくれないことがありますよね。で、ちょっと思うんですけれど、もしかしたらその子どもたちは、自分の話を最後まで聞いてもらったことがないのかもしれませんよ。自分の話を最後まで聞いてもらえない子どもは、人の話を最後まで聞こうとはしないのんとちがいますか。」
 言った自分も自分の言葉に驚いた。確かにそうだろうと確信した。
 「見てもらえている」感がなければ他者を見ようとはしないのだろう。排除されたものが、居場所のないものが、承認されていないと苦痛を感じるものが、他者を排除せず他者を認めることは難しいと思う。「見られている」感を与えるとは、詰めて言えば「他者を見る」といえる。寄る辺なく心寂しいものが差別に依拠し、バーチャルなつながりにすがり、歪んだ承認を求めて差別行為やヘイトクライムに走るのではないか。「情」も含めた反差別の学習と、自分の本当の言葉を聞こうする他者の存在が、「見る力」と「見せる技」に魂を与える。「両側から超える」ために。街中には気づくべきものがポケモン以上にたくさんあるということに気づいてほしいと願いつつ、筆を置きます。(2016/7/27筆、7/28字句修正、9/20加筆[赤字部分])
■部落差別を学校で教えるから差別がなくならない?
 部落問題について学校でとりあげることが差別につながるのでは?とのご質問でしたが、これは実社会ではよく見聞きする疑問です。教職員にも、そのような疑問を持つ人がいます。
 僕も、教員に成り立ての時、部落出身の生徒が同和教育ホームルームのあった日の放課後の清掃時間に、「しんどかった」と嘆いたのを覚えています。ムラの子をしんどくさせる同和教育ホームルームっていったいなんなんだ?と思いました。しかし、それは取り上げるからダメなのではなく、取り上げ方、教員の真剣さが問われているはずだと思いました。というのは、実際に差別意識を言葉にする生徒もいたからです。
 触れずにすませていては差別は無くならない。しかし、反差別学習に取り組みましたよと、アリバイ作りの姿勢で教員が取り組めば、子どもたちはそれを見透かし、希望を失ったり反感をふくらませるばかりです。
 当時、酒飲みだった僕には行きつけの飲み屋さんがあちこちにありました。その一つに、生駒駅近くの居酒屋があったのですが、たまに学校の同和教育の弊害を口にする客がいました。その晩も、どんなふうに口を挟もうかと考えていると、隣に座っていたやはり常連のオヤジが言葉を発してくれました。
 「ワシは鹿児島から奈良に出てきて土方をしてるが、『部落の人間は怖い』とよく聞かされたものだ。部落について知らなかったので、それを鵜呑みにしていた。やがて何人もの友だちが部落出身だと知るようになり、それまでイメージしていた怖い人たちとは全然違うことに気付いたんだ。何も知らなかったら、間違った話を信じてしまうやろ。学校の先生は、だから同和教育をしてくれているんとちがうか。」
 カウンターに並んでいた客の面々からこの言葉に返す言葉は出ませんでした。
 僕は、教室でこの話をすることが今もあります。あなたはどう考えられますか?(2012/10/17、ある大学生への回答)


※※参考サイト※※
「ザ・スクープSPECIAL第9回」動画配信
狭山の風

冤罪 狭山事件
奈良県人権教育推進協議会
奈良啓発連協
全同教
ふらっと
人権ステーション
奈良県高等学校人権教育研究会(高人教)
ならヒューライツステーション
水平社博物館
ほっとねっと
くまおやじの巣穴
インターネットと部落差別
時の話題より】 解放運動と人権