Essay#8

街に住まう
第8回 最終回 〜人、自然、街並みと調和して〜





  を歩いていて、よく練られたデザインの個性豊かな住まいに出会うと、何か心がうき

 うきさせられるものである。そこにどのような人が住まい、どのような生活が展開されてい

 るかと、つい想いを巡らせてしまう。これは、私の職業柄からくるのかも知れないが、道行

 く人にとっても楽しいことに変わりないであろう。ことさらに奇を衒った派手な住まいでは

 なく、道空間や街並みにも十分配慮された住まいは、そこに住まう人の人柄まで感じられ、

 街を歩くことの楽しさを教えてくれるものである。

  写真は、前回の中庭を持つ住まいの外観夜景

 である。都市の中の住まいとして、採光・通風

 上必要な開口部を、中庭に面して大きく取りな

 がら、道路に対しては少し絞り込んでプライバ

 シーを確保した建物となっている。しかし、道

 空間に対して全く閉じてしまい、囲われた壁の中に籠もってしまうような住まいは、道行く

 人に拒絶感を与え、街並みを考える上でもあまり好ましいものではない。開口部を絞り込み

 ながらも、自然の光を導き入れ、風が通り抜けるような住まい。そして、プライバシーを確

 保しながらも、道行く人にそこに住まう人の気配をさりげなく感じさせるような住まい。閉

 じながらも開き、開きながらも閉じる。そのような仕掛け、しつらえを持った住まいが、街

 の住まいとして好ましいと、私は思う。


  この住まいは、道行く人が、車庫の格子扉(写真左下)を通して、中庭の緑をさりげなく

 眺められる仕掛けになっている。住まいの室内は見えないように工夫はされているので、住

 まい手からは、道空間があまり気にならない。格子扉ゆえに、風のよく通る爽やかな中庭空

 間は、緑を介して、道行く人と交感している。


  住まいは、そこに住まう人の為だけではなく、街並みを形成する大切な要素でもある。ま

 た、一つ一つの敷地はそれぞれに、その場所にしかない特殊な条件をいくつも持っている。

 その敷地と対話し、住まい手と対話し、そして周囲の街並みや自然とも対話を重ねていく中

 で、そこに住まう人にとってもっともふさわしい個性豊かな住まいが生まれてくるのである。

 (完)



 *(初出:1996年6月6日 毎日新聞  掲載分より 筆者抜粋)


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