Essay#5

街に住まう
第5回 〜物を置かず、畳の感触生かそう〜





  今、生活様式の洋風化で、住まいの中にきっちりとした和室を造ることが少なく

 なってきたように思われる。古くからの住まいの和室にもカーペットが敷かれ、その上

 に多くの家具やテレビ、オーディオなどが置かれている。これでは、せっかくの畳の自

 然な感触を味わうこともできず、また室内の環境調整(主に保湿、保温)をしてくれる

 畳の特性を生かすこともできない。


  畳が敷き詰められた和室は、現代の住まいでも多目的に使え、融通性を持つ価値ある

 ものである。しかし、その自由性は、本来、畳の上に物が置かれていないことによって

 生まれてくるものである。

  写真の住まいは、1階が母堂の生活空間、2階が息子

 さんご家族の生活の場となる2世帯住宅である。この和

 室は、その二つの場をつなぐ階段・吹き抜け空間に面し

 て設けられている。仏間として朝夕の礼拝に使われるほ

 かは、障子を開け放ち、廊下・階段と一体となるオープ

 ンな自由空間としてしつらえている。改まった来客の応

 接のために、白木の座卓が置かれるほかは、何も置かな

 い余白の空間として、住まい全体にゆとりを与え、落ち着いた雰囲気を醸し出す場と

 なっている。


  和室で使われる来客用の寝具類は、階段下の収納に収められ、和室内は、一間半の

 踏み込み床の一部に仏壇収納が設けられているだけのシンプルな空間となっている。

 自然光の入る床の間に、季節の生花が一輪添えられるだけで、この和室全体に生気が

 満ち、心澄ます静寂な空間が生まれる。


  江戸時代の末期、通商を求めて日本にやってきた外国人が、一様に驚いたことは、

 整然とした町家の並びと、ちり一つ落ちていない大路の美しさだったと言われている。

 ここにかつての日本人が持っていた美意識をうかがい知ることができる。


  一つ一つの物をきっちりと納めるところへ納め、空間を美しく保とうとする意識は、

 生来日本人の持っていた大切な感性である。物が溢れる現代の街の住まいに、狭くて

 もいいから、何も置かない和室空間が一つ欲しいものである。そこから「住まい方」

 の何かが変わっていくように思われる。



 *(初出:1996年6月6日 毎日新聞  掲載分より 筆者抜粋)


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