Essay#2

街に住まう
第2回 〜自然と風土が培う心のよりどころ〜





  、改めて「あなたにとって街の風景は?」と問われれば、少し当惑する人が多いので

 はないだろうか。しかし、子供のころの風景についてなら、だれしもが懐かしさをもって語れ

 るものである。


 

  幼いころの記憶は、単に家や学校だけにとどまらない。よく遊び回った街角の公園や路地、

 空き地、少し遠出をして探検した山道やため池、魚を捕ったり泳いだりした大きな河原、ザ

 リガニや小亀をとらえた小さな川、大木がうっそうと茂った少し薄暗い神社の境内等・・・・・・。

 住まいの中よりもむしろ、外部の遊び空間の方がはるかに生き生きとした記憶としてよみが

 えってくる。

  このことは一体何を意味するのだろうか。私達が子供のころの街は、古くからの住宅街や

 商店街を少し抜けると、まだまだ田畑が広がり、土の香りと自然な風景を感じる場所が数多

 く残されていた。子供たちは無意識のうちに、これら自然を感じる未完の空間の中に、心を

 飛翔(ひしょう)させる何かを感じ取っていたのだった。活発に動き回る中でその風景は、

 体感を伴った記憶となっていったのである。


  人は街に育てられる。街は生活の場であるとともに、人間として大切な物を学ぶ場でもあ

 る。街が魅力ある美しい空間として形成されていれば、そこに住まう人の心に美意識が生ま

 れる。また自然の山や河川が森をうまく取り込み、味わうことが出来れば、自然を慈しむ心

 が生まれる。また歴史的な建物や、神社・寺の境内などの「現代の鎮守の森」が残されてい

 れば、それらを核として、時代を超えて継承されてきたものへの親しみの念と、その街の歴

 史を思いやる心が生まれる。


  魅力ある美しい街は、単に物質的な豊かさや機能性、利便性、効率性だけからでは生まれ

 てこない。自然環境を取り込んで生かし、時代を超えて継承されてきた古いものと新しいも

 のが共存する上質な文化的風土を築く精神性をもつこと。そして環境に対する美意識を幼い

 ころからはぐくんでいく中で、街は落ち着きと潤いを取り戻し、住まう人々にとって、心の

 よりどころとなる味わい深い街の風景を生み出していくのである。





 *(初出:1996年6月6日 毎日新聞  掲載分より 筆者抜粋)


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