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プロローグ みたいな エピローグ

3









「んがーっ。入学式でたくねー!」


「何だよ、いきなり」


「ウチのかーちゃんが来るんだよ! 来るなって言ったのにさあっ」


「あー、そりゃ恥ずいやね。ご愁傷さん」


 小等部からの付き合いという冨士木(ふじき)藤原コンビの会話が聞こえる。


 うちの学園は、幼稚園からの一貫校だ。同学年ならたいていの顔は覚えてる。

 高等部に上がってもクラス替えがあっても、クラスにダチが一人もいないなんて、ありえない。

 緊張気味の編入生と違い、非常に気楽だった。


 今は、担任になった先生の話が終わって、入学式の入場を待ってるところ。

 前後左右の奴とか、昔からの知り合いとか、みんな相手をみつけてダベっている。



「日枝ンとこは? 誰も来ねーのか」


 藤原がこっちに水を向けた。


「来るけど、俺のほうには来ないってさ」


「んじゃ、つばさちゃんか」


「ああ」


 美乃里さんは、鳥倉おじさんと一緒につばさの入学式に出るそうだ。

 俺も賛成した。

 こっちの式に出られても恥ずかしいし、つばさも喜ぶ。


 ・・・・・・それともう一つ。


 万が一つばさに何かあっても、美乃里さんがいれば何とかなると思った。


「息子より嫁さんのほうが可愛いなんて、いいお姑さんじゃねーか」


「誰が嫁だ」


 睨みつけると、藤原はニヤリと唇を歪めてみせた。


「そんなコト言ってもさ、さっきから落ち着かないじゃん。

 本当は心配で、女子部の入学式を観たいんじゃねーの?」


「あのなあ」


 腕を伸ばして小突く。

 藤原は避けもしないでガハハと笑った。


「ま、入学していきなり停学くらいたくなきゃ、諦めて自分の入学式に出るんだな」


「当たり前だ」


 ったく・・・・・


 俺は仏頂面で、机に頬杖をつい−


「うわあああああああああああああああん!!!!」


 つきそこねて突っ伏した。


「ふえええええええええええええええええん!!!」


 半開きのガラス窓がびりびり震える。

 旧知のクラスメートが慣れた様子で一斉に、新入り編入生は焦って辺りを見回しながら、それぞれ耳を塞いだ。


「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」


 おいおい・・・・・・


 嫌になるほど聞き飽きた泣き声に、こっちまで泣きたくなる。


 登校して30分だぞ?

 昨日の夜、あれだけ口を酸っぱくして言い含めたのに・・・・


 手のひら全体を、ぎゅっと耳に押し付けた。

 同級生が口々に、俺に向かって怒鳴ってる。聞こえやしないが。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 つばさに何があったか知んないけど、女子部に入れない以上どうしようもない。

 とにかく、辛抱だ。


「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 ガマン・・・・・・・・


「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」


 ガマン、ガマンッ・・・・・


「お兄ちゃぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」



 勘弁してくれ・・・・・



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・。


















「なんだ、アンタかよ・・・・・・」


「なんだじゃない、無礼モン。目上には敬語を使いなさいよ」


 丸メガネの向こうにある茶色がかった瞳が、きっと俺を見据えた。



 ・・・・・・・・・・・つばさは幸い、大したことなかった。

 泣き声を辿っていったら女子部の第五講堂で見つかり、保健室に連れていった。

 話を聞くと、講堂の演壇から降りる途中でコケて落下、ビックリして泣いたらしい。

 外傷がなくて良かったけど、左足を挫いてしまい、保健の先生に包帯を巻いてもらってる。

 で、つばさに袖を握られ、帰るに帰れないでいたら、見知ったメガネ職員がやってきたわけだ。

 "無断侵入者の事情聴取"、だってさ。


「アンタ、小等部の職員だろ。何でここにいるんだ」


「異動よ。今年度から中等部担当になったの」


「あ、そ」


 変な偶然だ。


 いちおう言っとくけど、このメガネ職員、性格は悪くない。

 つばさ絡みで俺が先生とトラブッた時、何度か助けられてる。

 その点は感謝してるんだけど、いかんせん口が悪くて横暴だからなあ・・・・


「口が悪いのはお互い様」


「独り言につっこむな」


「フン。・・・・・・・それで坊主、申し開きは?」


「ないよ」


 わかってるくせに。


「事情はどうあれ、教員連中の阻止を突破して、女子中等部に強行突入・・・・

 ただじゃ済まないけど?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 わかってるって。


「これは公式な調取なんだからね。言い訳しないの?」


「したら何か変わるのか」


「ぜんぜん☆」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 軽く答えたメガネ職員に、肩をすくめてみせた。


 俺がつばさを理由にしたら、つばさの問題になる。

 これから山ほど問題を起こすのに、入学当日から内申を汚すこともないだろう。


 ・・・・・・・・いや、つばさが原因ってのは誰にでもわかるけど、俺が名前を出すか出さないかで、書類上のつばさの評価が違ってくるそうだ。

 その話も、目の前のメガネ職員から聞いたんだけどさ。


「入学早々、停学なんて、親が泣くぞ〜?」


「どうだか・・・・」


 むしろ何もしないほうが怒ると思う。

 放っておいたら俺の教室に乗り込んで、「つばさちゃんが泣いてるのに何してるのっっっ」とか言いかねない。あの人なら。


 メガネ職員と話してると−


 くいくい。


 袖を引かれた。


「なんだ、つばさ」


 保健医に足を差し出したつばさが、上半身をねじって俺を見上げる。


「・・・・・・お兄ちゃん・・・・・テーガクになっちゃうの・・・・?」


 げっ。


 まずい・・・・・


 また泣きそうだ。


「あー、お前はそんなコト気にしないでいいの」


 今にも泣き出しそうなつばさを、空いてる手を撫で付けた。


「でも、でも・・・・・つばさのせーで・・・・・・・」


 じわっと目じりに水の玉が浮かび上がる。


「いーからいーから。気にすんなって」


 なるべく優しい口調で言いながら・・・・俺はメガネ職員を睨んだ。


「うふふふふふ・・・・冗談が過ぎたようね?」


「・・・・・・ふえ」


 ふいに、三十絡みの保健医がくすくすと笑った。

 包帯で固めた足首をぽんと叩く。


「はい、鳥倉さん、終わったわ。しっかり固定したから、松葉杖なしでも大丈夫。

 だけど二、三日は走らないでね?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 泣きそうな顔のまま、つばさがこくりと頷く。

 それを見て、保健医が笑みを深くした。


「心配いらないの。冗談だから」


「じょうだん・・・・?」


「ええ。あなた達の事は、小等部の先生方からちゃんと伺ってるから。

 お兄さんも停学になったりしないわ」


「だってえ・・・・」


 つばさが俺にしがみつく。


「だから冗談なの。ね?」


 最後の「ね?」はメガネ職員に向けた言葉だった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「おい・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 メガネ職員は、あさっての方を向いていた。

 気まずいらしい。


 まったく・・・・タチの悪い冗談を言いやがって。


 もう一度くすりと笑って、保健医が時計を指し示した。


「それより時間は大丈夫かしら」


あーっ!! そうそう、それよ!」


 メガネ職員がばっとこっちに振り向いた。


「もう入学式はじまってんの! つばさ急いで!」


「ふえっ、え?」


 いきなり迫られて、つばさが目を白黒させる。


「あんたバカか? 今の話きいてなかったのかよ」


「そんなの気にしないからっ」


 ムチャクチャだ・・・・


「気にしろよ。つか、遅れても仕方ないだろ」


「仕方なくない! つばさは新入生代表なんよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・なに?」


「入学の挨拶をしなきゃいけないの!

 もう予行もやったんだから、今さら替えられない!」


 予行って−


「それで式の前から講堂にいたのか」


 校舎を走り回っても見つからないわけだ。


「ええ、そうよ! はい、つばさ! しゃきっと立って、きりきり歩く!」


「え、ええっ・・・・?」


「おやめなさい。無理だわ」


 今にもつばさに掴みかかりそうなメガネ職員を、保健医が押し止めた。


「無理ったって、時間がないの!」


 額に青筋を立てて、メガネ職員が時計を指さす。

 保健医は柳に風と受け流して微笑した。


「本人が走れないなら、誰かが運んであければいいでしょう」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 つばさ、メガネ職員、保健医・・・・

 三人同時に、一点を注視する。


 つまり、俺の顔を。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 待て。















 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 ちゃかちゃちゃ〜ん♪



 ちゃかちゃちゃ〜ん♪



 ちゃかちゃちゃっちゃかちゃちゃっ



 ちゃかちゃちゃっ ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ♪




 ジャーン!


「新郎新婦ご入場〜〜〜〜〜〜っ!」


「何じゃそりゃーっっ!!」



 つばさを抱えて講堂に入ると、建物を揺るがす歓声に迎えられた。


 わあああああああああああああああああああああ!!!


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う。


 ぜんっぜん打ち合わせと違うー!



「はいっ! 皆様には盛大な拍手をお願いしまーす♪」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 うわあああああああああああああああああああ!!



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 入学の挨拶じゃないのか、オイ。


 演壇を見ると、マイクを手にしたメガネ職員がVサインをだした。



「ッ!!」



 あのメガネザル〜〜〜〜〜〜〜〜!!



 ウエディング・マーチをBGMに、演壇へまっすぐ伸びる通路を進む。

 燃えるように顔が熱かった。

 きっと笑っちゃうくらい赤くなってるだろう。



「きゃぁ〜! お姫様抱っこだぁ☆」

「お兄さんカッコいー!」

「ひゅーひゅーっ♪」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「つばさちゃ〜ん!」

「あ、たっち〜ん、はあ〜い♪」

「幸せになってねー!」

「ウンッ! つばさ幸せになる〜っ☆」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 助けてくれ・・・・・・・・



「お兄ちゃん、つばさちゃ〜ん!」



 保護者席を見ると、美乃里さんが立ち上がって呼んでいる。

 つばさがそれに応じて、俺の腕の中でぶんぶんと手を振った。


「美乃里ママー!」


「二人ともお似合いよー!」


「ありがと〜!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 いっそ死んでしまいたい・・・・・・・・




















 その日、学園BBSは入学結婚式の話題で沸騰。



 猛烈な書き込みにより、学園サーバーの運用停止に追い込まれた・・・・・













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