ついんLEAVES
第八回 9 |
12月24日。
クリスマスイブ。
「・・・・・・それじゃ、つばさちゃん?」
「はーい。・・・・・せーのっ
めり~・くりすま~す!」
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
しゅぽーん!
パンパンパン!!
斉唱と同時にシャンペンのキャップとクラッカーが弾けた。
「「「いただきま~す!」」」
そしてまた、一斉に合唱。
クリスマス・パーティーの始まりだ。
参加者はいつも通り。鳥倉家、日枝家の全員 プラス 九重さんとフー子の計八人。
制服姿の俺や普段着の親父達と、それなりに着飾った女子が入り混じって、混沌とした雰囲気になってる。
(九重さんとフー子は学校から直接ウチに来たんだけど、着替えを持参したらしい・・・・気合い入ってるなぁ)
つばさのコスチュームは、美乃里さん手縫いのサンタ服だ。首元に鈴がついてるのが意味不明・・・・・・
(鈴って普通、トナカイの首につけるよなぁ?)
俺を挟んでつばさの反対側にはフー子が座っている。
配色がいつもよりハデなのが、フー子的にオシャレしてるつもりなんだろう。
ネイビーブルーの上着にオレンジのハーフパンツ。胸元に、赤紫の縁取りの入った、クリーム色のシャツが覗いている。
とはいえ、上着の袖を捲り上げてテーブルに身を乗り出してるのを見ると、「色気より食い気」なのが丸わかり。
「あ~、やっと"おあずけ"から解放されたわ」
両手にフォークと皿を装備したフー子が、俺を横目で見ながら言った。
俺が遅れたせいでパーティーが始まらなかったのを、恨んでるらしい。
「悪かったな。ケーキ屋で時間とられたんだよ」
給料をもらいにいっただけなのに、「ちょっと手伝え!」なんて、荷物運びをやらされてしまった。
最後まで人使いの荒い店だ。
「いいだろ。おかげであの店のクリスマス・スペシャルを食えるんだから」
「まぁね」
あの店・・・・シャトー・ドォのクリスマス・スペシャルケーキは、雑誌に載るくらい有名だ。普通は並ばないと買えないんだけど、俺はお駄賃代わりにと貰ってしまった。
「日枝くん、シャンペンはいかが?」
「ん・・・・ああ」
小テーブルの反対から、九重さんがボトルを差し出してきた。
今日の九重さんはダークグレーのセーターに、ブラック&ホワイトのストライプが入ったプリーツスカート。落ち着いた九重さんによく合う、シックな装いだ。
いつもと違うのは胸元のネックレスかな。ダイヤみたいな石がついてて、きらきら眩しい。
まさかあの石、本物のダイヤじゃないよな・・・・・・・いやでも、九重さんだし・・・・・
「日枝くん、もういい・・・・?」
「・・・・あ」
気が付くと、グラスの七分目まで満たされていた。
山吹色の液体の中を、小さな気泡がぷつぷつと立ち昇っている。
「うん、ありがと」
「どういたしまして♪」
顔を上げると、九重さんと目が合った。
ふっと、彼女が目を細める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・お兄ちゃん?」
何となく九重さんに見とれてると、袖を引かれた。
「つばさもシャンペン~」
「え・・・・・・あぁ、わかったよ」
つばさがこう言う場合、「注いであげる」じゃなくて「注いでちょうだい」だ。
俺はボトルに"アルコールは入っていません"と書いてあるのを確かめ、つばさのグラスに注いだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ。
そういえば、誰かの事を忘れてるような・・・・・・?
「あの・・・・・さくらまるさん、大丈夫ですか?」
あ、そうだ、さくらまる。
九重さんの視線を追うと、小テーブルの隅にいるさくらまるが見つかった。
珍しく静かだと思ったら・・・・・・
「・・・・・すごいカッコしてんな」
さくらまるの奴、ガラスのお猪口(おちょこ)に頭を突っ込んでシャンペンをすすってる。
その様子はほとんど、飼葉桶(かいばおけ)に鼻面を入れた馬。
「はふ~~~っ・・・・・ずるずる」
「さくらまるちゃん、無理しないで残していいのよ?」
美乃里さんが言うけど、はたして聞こえてるかどうか・・・・
一心不乱にシャンペンを飲んでいる。
それを見て、口元にケーキのクリームを残したまま、フー子が口を開いた。
「さくらまる、タテガミがシャンペンに浸かってるよ」
「タテガミじゃなくて髪だろ・・・・」
「あぁ、そうね。・・・・・・・何かさくらまる見てたら、飼葉桶に首を突っ込んでる馬を思い出しちゃってさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さくらちゃん、つばさがお猪口を持っててあげよっか?」
「やめとけって。さくらまるのシャンペン、アルコール入ってるやつだろ。
・・・・・あんま飲ませないほうがいいぞ」
年だけは誰よりも上のさくらまるだから、アルコール入りシャンペンを飲むオーケーが出たんだけど・・・・・
今のコイツにしたら、たとえお猪口でも、全部呑むのは樽酒(たるざけ)を干すようなものだ。
案の定、息継ぎで顔を上げたさくらまるは真っ赤になっている。
「おい、さくらまる平気か」
「だ、大事なきにおじゃりまふぅ~☆ 御くし(お酒)あがりゃにゅ神はなひとへ~・・・・」
うわ、パーティーが始まって五分もたってないのにフラフラだよ。
「さくらまるさん・・・・もう出来上がっていませんか?」
九重さんも眉をひそめている。
「神様にも下戸(げこ)っているのね~」
「感心してる場合じゃないだろ、フー子」
・・・・・・・・・・・・・さて、どうしよう。
へにゃ~っとなったさくらまるをみんなで囲んでいると、美乃里さんがすっと腕を伸ばした。
「つばさちゃん、アイスサーバーをちょうだい」
「はーい」
アイスサーバーを受け取った美乃里さん、氷から溶けだした水を小皿に垂らして、さくらまるの顔に寄せる。
「はい、さくらまるちゃん、お水。ゆっくり飲んでね」
「をいや、これはこれは母ごじぇしゃま・・・・・
ゑひさめのみじゅはかんりょのはひほ~☆」
ずるずるずる・・・・←水をすする音
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ずるずるずる・・・・・・ぽてっ。
あ、倒れた。
「く~~~~~~~・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つんつん。
つばさがさくらまるの頬を突付いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つんつん。
「く~~~~~~~・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「さくらちゃん、寝ちゃった・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・うーむ。
「酔うと寝るクチなのね、さくらまるって」
フー子が呟く。
親父が重々しく唱えた。
「いずれにしろ、今後は、さくらまるに酒を勧めないほうがいいだろうな」
まったく。
深~く頷く俺達だった・・・・・・
早々に沈没したさくらまるは、ハンドタオルにくるまれてキャビネットの上に"安置"された。
そっちは美乃里さんに任せることにして、俺達はパーティーを続行。
「パパー、何か食べる?」
「お~、甘いものじゃなければ何でもいいぞ」
「同じく」
鳥倉おじさんと親父が、二人揃ってウイスキーグラスを掲げた。もうシャンペンはいらないらしい。
キッチンからフレンチ・ポテトを持って来た美乃里さん、それを聞いて肩をすくめる。
「クリスマスなのにケーキも食べないで・・・・お酒呑みはしょうがないわねぇ」
「せっかくヒロ(=鳥倉おじさん)がいい酒を持ってきたのに、甘いものなんて食えるか」
「悪いね、美乃里さん」
「はいはい・・・・」
苦笑しながら、カナッペやベーコン・サラダを取り分けるつばさを手伝う美乃里さんだった・・・・・
それから、ケーキの食べ比べをしたり、アルコール入りシャンペンに手を伸ばしてフー子に叩かれたり-
しばらくわいわいやってると、九重さんが時計に目をやった。門限が気になってきたんだろう。
俺のせいでスタートが遅くなったからなぁ。
美乃里さんも九重さんの仕草を見たらしい。パンパンと手を叩いた。
「ハイ、みんな! そろそろお待ちかねの、プレゼント交換をしましょうか?」
「「さんせーい!」」
つばさとフー子が声を揃え、皆が拍手で応じた。
・・・・・あ、いけね。
「俺、カバンの中に入れたままだ。取ってくる」
「あら、そう」
「早くしなよー」
「わかってるって」
プレゼントを取って戻ると、テーブルやソファーに真っ赤なリボンが散らばっていた。
「なんだ、もう始めてんのかよ」
「だって待ちきれなかったんだもーん。えへへ~っ☆ いーでしょコレ~」
つばさがケータイを掲げながら言う。見慣れないストラップとエナメルピンクのカバーが付いていた。どうやら、それがつばさの貰ったプレゼントらしい。
「いいけど。でもさぁ・・・・」
俺がキャビネットに顔を向けると、つばさはケータイを膝の上に下ろした。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「さくらまるのプレゼント、別の場所に置かないか」
さくらまるの枕元に積まれた品々を見て、俺は呆れ混じりに言った。
「なんで?」
「なんでって・・・・」
キャビネットの上。
白いタオルにくるまったさくらまるを、置き物が囲んでいる。
置き物の中にはロウソク立てなんかあるもんだから・・・・
「あれ、ペットの葬式みたいね」
「縁起でもないこと言うな、フー子」
「日枝だってそう思ったんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「となると、プレゼントはさしずめ・・・・・副葬品てトコかな」
「せめて供物(くもつ)と言えよ・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
かくして、後で目覚めたさくらまるが、
「はわわわ~っ。妾(わたくし)、まだ果てて(死んで)はおりませぬー!」
と叫ぶことになるのだった・・・・・・