「ボク、日枝。こっちが つばさ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わたし・・・・・・・・ふたやが・・・・ごー」
「ふたやが・ごー? なよっちいクセに、カッコつけた名まえだなあ」
「あの、あの・・・・・・・・・そうじゃなくて・・・・・・・ "ふたやがごう"が上の名まえ・・・・」
「ん~っ? いいにくいなぁ・・・・・・・・・・・・・ あ、そうだ。おまえ、これからフー公な」
「えー!?」
「もんくゆーな。けってい」
生まれてはじめてのお友達は、ちょっとイジワルだった・・・・
「あのね、日枝くん。”ダチ”って なにをするの?」
「きまってんじゃん。いっしょにいるんだ」
「いっしょに・・・・?」
「うん。いつもいっしょ」
「いつもいっしょ・・・・・・・・」
「フー公はともだちだから、つばさといっしょにいるんだぞ」
「つばさちゃんと・・・・? どうして?」
「ばーか。”ダチ”の”ダチ”は”ダチ”だろ」
「・・・・・・・・・・・・・よくわかんない」
「そうなの! わかれよ」
「・・・・・・・はい」
「・・・・・・・・・・・・・・そうすれば、一人ぼっちじゃなくてすむだろ」
「・・・・・・・・・・・え?」
「なんでもないよっ」
日枝くんと、つばさちゃん。 わたしに二人の”ダチ”ができた。
・・・・・・・・・・お友達ができて、わたしは変わった。
「はたなかさん、おはよーございます」
「はい、おはよう」
わたしは病室の外に出るようになった。 色んな人とお話して、名前を覚えるようになった。 それまで、担当の看護士さんの名前も知らなかった(知ろうとしなかった)のに。
「フー子ちゃん、今日もつばさちゃんのお部屋に行くの?」
「はい」
「じゃあ、お昼ご飯はつばさちゃんのお部屋に持っていくわね」
「は~い」
日枝くんは、わたしを病院のあっちこっちに連れて行ってくれた。 どこに行っても日枝くんが「フー公、フー公」ってわたしを呼ぶものだから、みんな"フー子"がわたしの名前だと思ったみたい。 誰も名前で呼んでくれなくなっちゃった。
・・・・・・・でも、イヤじゃない。 新しい名前は、わたしを生まれ変わらせてくれた。 "ふたやがごう"は、「いらない子」だった。病室に閉じこもって、いつも一人だった。 "フー公"は違う。 "フー公"にはお友達がいた。「いつもいっしょ」のお友達が。 "フー公"のわたしは、”ダチ”と、お医者さんと、看護士さんと、お話することができる。 信じられないことに、知らない人とさえお話できた・・・・!
お友達ができて変わったことは、まだある。 一日の過ごし方も変わった。 今までの「一日」は、ただ時間が流れ、ご飯を食べさせられ、寝かされるだけだった。
"フー公"の一日は違う。 晴れた日は四階のエレベーターホールに行く。曇りや雨の日は渡り廊下のベンチ。 エレベーターホールはおっきなガラス窓があって、日向ぼっこにぴったり。渡り廊下は色んな人が通るから、雨でも退屈しない。 時々、日枝くんが"しょうがっこう"のお話をしてくれる。それは"きゅうしょくしつ"の、日枝くんが頭まで入ってしまう大鍋とか、"ちょうれい"で同い年のお友達が何百人も並ぶ様子とか・・・・・・ わたしには想像もできないお話ばかりで、大きな楽しみだった。
つばさちゃんは、一回もお話してくれたことがない。 それがつばさちゃんのお病気だそうだ。日枝くんのお話では、つばさちゃんがこうなってしまったのは、ママが事故で亡くなってから。 パパはいるけどお仕事がたいへんで、あまりお家にいない。それで、パパとママがいないのが悲しくて、さみしくて、心がこわれてしまったそうだ・・・・
日枝くんは、 「あいつは、ママに捨てられたと思いこんでるんだ」 と言っていた。
わたしはそれを聞いて、つばさちゃんをとても近くに感じるようになった。 だから、たとえおしゃべりできなくても、つばさちゃんはだいじなお友達・・・・・
ときどき発作が起きて、ベッドから出られない日もある。 発作は苦しくて体中が痛くなるから、キライ。 でも今は、つらいだけじゃない。日枝くんとつばさちゃんがお見舞いに来てくれる。
「フー公。だいじょーぶか」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」←つばさちゃん
「うん、かるいホッサだから・・・・・ きょうは ごめんなさい・・・・・・つばさちゃんの おへやに行かなくて」
「ばーか。こういうときは "ごめんなさい"じゃなくて、来てくれてアリガトウって言うんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなの?」
「そーだよ。フー公はわるくないだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがと・・・・・・・・・・・・・」
「よしっ」
お友達がいっしょにいる・・・・ それだけで、どんなに心と体が楽になっただろう。
お友達ができて、わたしは変わった。
ただ過ぎるだけだった毎日が、変わった。
ポカポカお天気の日- ぽーっとしたつばさちゃんが、わたしに寄りかかってきた。 つばさちゃんの髪がとてもくすぐったかった・・・
雨の日- 渡り廊下から下を覗いて、次に通る傘の色を当てっこした。わたしがたくさん勝って、日枝くんが悔しがった。
五月- つばさちゃんのお部屋に、真っ白な蝶々(ちょうちょ)が入って来た。 それはつばさちゃんの頭に停まって、まるで白いリボンのようだった。
六月- 看護士さんが活(い)けてくれた紫陽花(あじさい)の花びらを、みんなで数えた。 途中でわからなくなって、何度も数えなおしてるうちに、いつの間にか夜になっていた。
七月- 中庭の桜の木陰にいたら、看護士さんが大声でわたし達を呼ぶ。「毛虫がたくさんいるから近付いちゃダメ」だって。慌てて逃げ出した。 次の朝、起きたら枕に緑色のネバネバが・・・・キャーッ!
夢のような毎日。
いつもお友達がいっしょにいて、いっしょに笑って・・・・・
苦しい時はそばにいて、心配してくれる。
なんて幸せなことだろう!
もう、お友達のいない一日なんて考えられない。
日枝くんのいない一日なんて、想像できない・・・・・・
そして、夏-
「"なつやすみ"になったら、毎日、朝から来られるんだ」
日枝くんは、そう言っていた。
日枝くんがずっといる!
わたしにとって、それは頬っぺたが熱くなるほどワクワクする事だった。 さいきん発作の回数が増えてるけど、日枝くんがいてくれるなら、ガマンできると思った。
その"なつやすみ"の、最初の日。
暑かった。
頭が重い・・・・・・・・・・・・・ 体も・・・・・だるい。 まるで、軽い発作の後のよう。
でも、今日から"なつやすみ"。
朝から日枝くんが来る。
せっかくだからと、わたしはガマンして朝ご飯をいただいて、つばさちゃんの部屋に行った。
いつものように、つばさちゃんはベッドにぽてんと寝てる。
わたしも、いつものように彼女を起こそうと・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・あれ。
おかしいな・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・どうしてだろう?
腕に力が・・・・・・・・・・・・入ら-
ずきんっっ!!
「ひぅっ!!」
いきなりだった。
ずきっ ずきっ ずきっ!
「はっ、はっ・・・・・・・・はぁっ!」
発作だ、と思った時には、体中に痛みが回っていた。
どくん どくん どくん どくん!
「んっ・・・んっ・・・・んっ・・・・んーっ!」
鼓動に合わせて体中が悲鳴をあげた。
ずきずきずきずきずきずきずきずきずき! ずきずきずきずきずきずきずきずきずき! ずきずきずきずきずきずきずきずきずき!
「・・・・そん・・・・・なぁ・・・・・・」
そんなの・・・・・・・・・ヒドい・・・・・・・・・・・
どくん どくん どくん どくん!
「-っ!!!」
今日は・・・・・・日枝くんが・・・・・来・・・・
ズキンッッ!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・ぽすっ
という音を聞いたかどうか-
わたしの視界は真っ白なシーツに覆われ、すぐに反転していった・・・・・・・・
ピッ ピッ ピッ
ピッ ピッ ピッ
「先生ッ、バイタル(生命反応)が低下してます!」
ピッ ピッ ピッ
ピッ ピッ ピッ
「強心剤と昇圧剤、用意まだか! 田辺君、人工呼吸器のアウトプットに注意したまえっ。肺が破れる!」 「はいっ」
ピッ ピッ ピッ
ピッ ピッ ピッ
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
「パルス(脈拍)さらに低下!」
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
「先生、瞳孔(どうこう)が拡散してます! 反応しません!」 「ES機、小児用設定でました!」
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
「強心剤を投与します!」 「わかった! 潮田君、パルス!」 「パルス微弱ッ。とっ、止まりそうですー!」
ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ
「パルス低下とまりません!」 「カテコール・アミン投与!」 「カテコール・アミンを投与します!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ピ----------------------------
「パルス停止!」 「先生!」 「くそっ、これ以上は・・・・・・・・・・」
ドカァッ!!
「ふざけんな---っ!」
「な、何だねキミッ!」 「緊急手術中よ!?」
「うるせー、ヤブいしゃ! みうちのはなしだ! くちだしすんな!」
「なっ!」 「ヤブ・・・ッ!?」
「おい、フー公!」
「ばかフー公! さっさと おきろ!」
「くそばかフー公! こんなところで くたばってんじゃない!」
「おきろったらおきろってば!」
「しぬなって言ってんだろーっ!?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」
「君っ、いいかげんにしたまえ!」
「ちくしょっ、さわんなー!」
「外に放り出せ!」
「さわんなってば! ちくしょー、フー公! おまえなんか ダチじゃない!」
「いつもいっしょっつっただろ!? さきに死ぬヤツなんか ダチじゃない!」
「そんなかってなヤツ、ボクはだいきらいだ!」
「ここは立ち入り禁止だ! 出て行きなさい!」
「わかったよっ、出ていきゃいーだろ! おいフー公ッ、おまえなんか あかのたにんだ!」
「おまえなんか ダチじゃない!」
どくんっ
「ひとりぼっちで死んじまえ--------------っっっ!!!」 どくんっ
どくんっ
どくんっ
どくんっ
どくんっ
どくんっ
どくんっ
|
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まったく・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて乱暴な子供だ・・・・・・・・・・・・・」
ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先生」
「なんだね、潮田君」
ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ
「・・・・・・・・・・・・患者のバイタルが・・・・・・・・・・戻りました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピッ・・・・・・・ピッ・・・・・・・・ピッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそだろ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
目が覚めた時-
枕元には、彼がいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝・・・・・・・・・くん?」
「・・・・・・・・・・・よぉ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
寝てる間に何があったのか、わからない・・・・・・・・・・・ 日枝くんの目は、ウサギさんみたいに真っ赤だった。 目の下も、少し黒ずんでる。
「日枝くん・・・・・・・だいじょうぶ・・・・・?」
「このばか。それは ボクのことばだろ。 しんぱい させてさ・・・・・・・・・」
日枝くんの話し方は、やっぱり、ちょっと乱暴だ。
でも・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・あり・・・・・・がと・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ばーか。ちがうだろ。 こういうときはゴメンナサイって言うんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう・・・・・・・・・・・・・だね。
たくさん、たくさん、心配させちゃった・・・・・・・・
でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・ありがと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ありがと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いろんなことで、いっぱい・・・・・・・・・ありがとう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・しょうがないなあ」
ふっと息を吐いて、日枝くんが笑った。
ああ、わたしは-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝・・・・くん」
わたしはきっと-
「・・・・何だよ」
きっと、この笑顔のためなら-
「・・・・・・だい・・・・・・・すき・・・・・・・・・・」
どんな事でもしちゃうだろう・・・・
わたしは・・・・・・そう思った。
|