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命には




命を













ついんLEAVES

第八回 6

モノローグ 〜 フー公2 〜







 わたしは福井県の、とても古い家に生まれた。




 とても、とても古い家。

 どれぐらい古いかというと、千年も昔の本にご先祖様の功績が載ってるほど。

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)が盗まれた時、国外に持ち出されそうになったのを、ご先祖様が防いだそうだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・ぜったい嘘だよね。「草薙剣」って三種の神器(じんぎ)でしょう?


 ともかく、そういう荒唐無稽なおとぎ話が大真面目に伝えられる、由緒ある家。

 雲を突くほど高く大きい屋根に、周囲を睥睨(へいげい)する鬼瓦。御殿(ごてん)は城郭と見紛うばかりの壮麗さ。

 山と川を擁した敷地は、広すぎて住人が迷子になるほど。


 生まれたばかりのわたしは、その全てを受け継ぐはずだった。






 ・・・・・実は、福井で過ごした頃の思い出はほとんどない。

 いま言ったことは母の受け売り。

 私が覚えているのは、お屋敷の暗く、寒々しい空気。布団の中から天井を見上げた時の息苦しさ。

 そして、わたしへの冷たい視線−



 全てを受け継ぐはずだったわたしは・・・・・・・



 「いらない子」だった。








 同い年の子が幼稚園に通う頃、わたしは病院に通っていた。

 病名は、"I.M.N.H.”・・・・・遺伝性神経系不全症候群。

(ずっと後になって、それが母の家系からもたらされたと教えられた)

 もちろん当時は自分の病名などわかるはずもなく、わたしは何も知らないままあちこちの病院に連れていかれ、色んな注射を射たれ、いくつも薬を呑まされた。

 いつも体調は良くなかったけれど、発作を起こすともっと気分が悪くなり、わたしはたくさん泣いた。たぶん母も泣いていたと思う。


 そんなわたし達を、祖父は「チをケガすもの」と言った。


 父と祖母はわたしを「シッパイサク」と呼んだ。


 知らない大人から「できそこない」と言われた。


 彼らの言葉はわからなかったけど、その心はちゃんと伝わった。


(わたしは「いらない子」なんだ・・・・・・・・)


 はじめは悲しかったが、やがてその悲しみに慣れ−


 ついには何も感じなくなった。










 (おそらく一族の体面のために) 四方の病院に連れていかれたわたしが、最後に入院することになったのは、東京の大きな病院。その小児病棟。

 両親は仕事の都合で福井から動けず、わたしは家族と離れ離れになった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・いいえ。



 本当のことを言いましょう。



 わたしはそこに、捨てられた。











 ・・・・・・・・・・・・・・・。


 殺風景な白壁の病室。

 白いパイプベッドに白いシーツ、白いカーテン。

 病院の生活は悪くなかったと思う。

 苦いお薬は嫌だったけど・・・・・・

 お医者さんと看護士さんはどこかよそよそしかった。

 でも、それは慣れてる(お屋敷でもみんなそうだった)。

 捨てた子にお見舞いなんてあるわけないから、お客様も来ない。

 ただ息をするだけで終わる毎日。

 時の流れを感じさせてくれるのは、少しずつ激しくなる発作だけ。


 こうやって、このまま死んでいくんだろうなぁ・・・・


 陽光と風にゆらめくカーテンを眺めながら、わたしは他人事のように思っていた。


 ・・・・死は怖くなかった。

 死が怖いのは生きている人。大切な家族のいる人。未来のある人。

 だけどわたしは、「いらない子」。

 大切に思う家族も、大切にしてくれる人もいない。

 未来もない。

 生きながら、わたしはすでに死んでいた。


 ・・・・あの日までは。













 きっかけは、ささやかな疑問だった。


「なに・・・・してるのかな」


 三月のはじめ。

 暖かいお日様の光に誘われて、締め切りだった病室の窓を開けた。

 気持ちいい・・・・

 風にまだ冷たさが残ってるけど、それ以上に日の光が暖かい。

 そうして、ふと見下ろした中庭。

 ・・・・・・・・桜の木の根元。

 わたしと同じくらいの男の子と、ちっちゃな女の子が、小さな肩をぴったり寄せ合っていた。 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 なんとなく気になった。

 じーっと見つめる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 二人とも動かない。


「寝ちゃってる・・・・?」


 寝るには窮屈な格好だけど。


「・・・・・・・あ」


 ふいに男の子が動いた。

 ゆっくり顔を上げ・・・・


「っ!」


 わたしは無意識に身を引いていた。


 目が・・・・合っちゃった?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう一度、こっそり窓の端から覗いて・・・・さっと隠れた。


(まだ見てるっ)


 男の子はさっきの姿勢のまま、こっちを見上げていた。


 怒ってるのかも・・・・


 ・・・・その日は夜まで、窓に近づけなかった。











 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 中庭の男の子と女の子に気付いてから、わたしはこっそりと二人を観察するようになった。カーテンの陰にかくれて、本当にこっそりと。

 自分でもわからないけど、なぜか二人が気になった。


 彼らが中庭に来るのは晴れた日だけ。時間はお日様がちょっと傾いてから。

 桜の根元に肩を並べて座り込み、何をすることもなく、ぼーっとしている。

 時おりしゃべることがあっても、口を開くのは男の子だけ。女の子は何も答えないし、言わない。時には、二人揃って一言もしゃべらない日もある。

 そんな二人をわたしが見ている。

 たまに男の子がこっちを見上げるけど、カーテンがあるからわかりっこない。


 しばらくすると、七日に一回、二人がお昼前から中庭に出る日があるのがわかった。

 あとで看護士さんから、七日に一回の日を"にちようび"と呼ぶと教えてもらった。


 そんな毎日がしばらく続いて・・・・・











 建物の隙間から見る空が、少し白っぽかった。

 暖かい日。


 おとといの発作のせいで、体がだるかった。

 顔色も良くないみたい。お医者さんに「ベッドから出ないように」と言われた。

 わたし担当の看護士さんは、窓際に座って中庭を見下ろしている。

 桜が花を開かせ始めたそうだ。

 看護士さんは嬉しそうだったけど、わたしはユウウツだった。

 だって花が咲いたら、あの二人を隠してしまう。

 もしかしたら今日は、二人を見られる最後の日かもしれないのに。

 そう思うと、自由にならない自分の体が、とてもイヤだった。


 落ち着かない気分で、天井の蛍光灯に向かって息を吐いた時。


 ごんっ!


「!!」

「!?」


 いきなり鳴った大きな音。

 わたしと看護士さんはビクリとして、同時に扉を見つめた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 しばらくして−


 こん、こん。


 今度はためらいがちに扉がノックされた。

 看護士さんが立ち上がる。


「・・・・・・・・・・・どなた?」


「えっ! あ、あー、えっと・・・・・う〜・・・・

 は、入って・・・・いーですか」


 看護士さんに答えたのは、少し焦った感じの小さな声だった。

 聞き覚えは・・・・ない。

 看護士さんがわたしを見る。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 聞き覚えも心当たりもなかったけど、好奇心がまさった。

 わたしが頷くと、看護士さんは扉とベッドを遮るような場所に立った。


「どうぞ、お入りなさい」


 カラ・・・・


 小児病棟用の、子供でも開けられる軽い扉が、ゆっくりと横に滑る。


 扉の向こうに現れた姿を見て、わたしは飛び上がった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」


 どうしてっ?

 どうしてっっ!?

 どうしてーっ!!?? 


 「しつれー します」


 そう言って・・・・なぜか右の拳をさすりながら・・・・入ってきたのは、桜の木の男の子だった。











 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 驚いて声がないわたし。


 顔を強張らせた男の子。


 何度かわたしたちの顔を見比べて、看護士さんが口を開いた。


「・・・・・・・・二人は仲良しさん?」


「「(ぶんぶん)」」


 二人同時に首を振る。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、知らない子?」


「「(ぶんぶん)」」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 看護士さんは首を傾げて、男の子に体を向けた。


「ボク、つばさちゃんのお兄ちゃんよね?」


 男の子が黙って頷く。


(つばさちゃん・・・・・・?)


 それが、あの女の子の名前らしい。


「どうしてこの部屋に来たの?」


「・・・・・・・・・・・・・あいつ、見にきた」


 男の子は看護士さんの脇から、わたしの方に首をのばした。


「あいつって・・・・この子を?」


「ウン。おとついから見えなかったから」


「〜〜〜〜ッ!!??」


 み、み、み、見えてたー!?


 またも仰天。


 大慌てに慌てるわたしの顔を、看護士さんが覗き込む。


(あせあせあせあせ)


「あらあら・・・・・お顔が赤いけど、大丈夫?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(こくり)


「お兄ちゃんと・・・・・・・・・・・お話、する?」


「・・・・えっ・・・・・」


 思わず顔を上げた。

 看護士さんの声に、今まで聞いたことがない温かみがあった。

 表情もいつもより柔らかな感じがする。


 ・・・・・・ちょっとビックリ。


 男の子が手を振った。


「えっと、ボク、そいつがいるかどうか見に来ただけだから−」


「ちょっと待って、ボク。水差しのお水を変えてくる間だけ、ここに居てくれないかしら」


 看護士さんは素早くサイドテーブルの水差し(ついさっき変えたばかりなのに・・・・)を拾うと、男の子の肩を掴んで、さっと二人の場所を入れ替えた。


「えっ!? あのボク、下でつばさがっ」


「その子、今日はおとなしくしてなきゃいけないから。

 あんまりビックリさせたらダメ、ね?」


(もう たくさんビックリしました・・・・・)


「おねーさんっ!」

「ちょっとだけだから、頼むわね〜」


 看護士さんがぱたぱたと出て行き、扉が静かに閉じられた。


「あ〜あ・・・・・・・・・・・・・」


 男の子が困ったように呟く。


 わたしはもっと困っていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 「あの」男の子と二人きりなんて・・・・!


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ」


 緊張に耐えられなくなって、わたしは溜め息を吐いた。


 本当に今日はビックリの多い日・・・・・


「・・・・・・・あの、さ」


「はいっ! ゴメンナサイ!」


 ほとんど反射的に謝っていた。


「う〜ん、ちがくて、オコってないぞ・・・・・・・・」


「え・・・?」


 こっそり見てたのを怒られるのかと思ったんだけど・・・・


「だからさ・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・

 おまえ・・・・・・いつもチョーシわるいのか?」


 思いもよらない質問がきて、わたしは男の子を顔を見つめた。

 それから、彼が答えを待ってるとわかって、急いで首を振った。


「ううんっ。と・・・・ときどき」


「じゃ、いいトキは? 廊下にも出ちゃダメか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん」


 部屋から出ちゃいけないなんて、言われてない。

 その気にならないだけで。


「・・・・・・・・・・・・そっか」


「うん・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 男の子は腕を組んで黙り込んだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 わたし・・・・・・何かいけないコト言っちゃったのかなぁ・・・・・?


「えっと−」

「ご、ごめんなさい!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


「・・・・・・・・・・あ、うん・・・・・わたし・・・・・・」


「だからオコってないって!」


「・・・・・・・・・・・・・・ハイ」


 怒ってる気がする・・・・


「んーっと、オコってなくて・・・・・・・・だからっ」


 男の子は急に腕をほどくと、びしっとわたしを指さした。


「おまえっ」


「は、ハイッ」


「ボクの”ダチ”になれ!」


「はい」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと〜・・・・・・い、いいのか?」


「うん。いいけど・・・・・・・・・・・・・・・・・あのね」


「うん・・・・?」


「”ダチ”って、なぁに?」


 問いかけた瞬間、彼の膝がカクッと折れた・・・・・・・









 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 それは、わたしが何も知らなかった頃の出来事・・・・・・


 自己紹介もせずお友達になった、わたしたちの始まり・・・・・










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