ついんLEAVES
第八回 4 |
真っ黒な排気煙を残してトラックが走り去ると、俺の足元に50袋(たい)の小麦が残された。
「すんませーん。いま届いた小麦、どこに置きますか」
「小麦はドライ倉庫。中に同じ袋があるから、その横に空いてるパレットを置いて、その上」
「へーい」
言いながら、出入管理のオバチャンがマーカーペンでメモする。
「はい、ぜんぶ運んだらパレットにこれを貼る」
「へーい・・・・・・・・って、俺ひとりで全部!?」
「当たり前じゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらっと応えるオバチャンを、俺は恨めしそうに見た。
一口に50袋といっても、1袋30キロある。
つまり全部で1.5トン。
「なんならワー君と替わる? 20ポンド缶を400個」
オバチャンが顎をしゃくると、3.6トン分のフルーツ缶を半泣きで運んでる輪中田(わじゅうだ)が通り過ぎた。
「・・・・・・・・がんばりまーす」
「はいガンバレー」
心のこもらない応答を交わして別れる俺達。
「・・・・・・・・・さすが時給2500円・・・・・・・・・・」
悪名高い"ヘルバイト"は伊達じゃない。
俺は気合いを入れなおして、小麦の大袋を担ぎあげた。
「あ、ひー君(日枝だから「ひー君」)ちょっと」
「はい?」
小麦を肩に乗せたまま、体ごとオバチャンの方を向く。
「それ終わったら、ドライ倉庫から製粉室にSucre Candi(氷砂糖)って書かれた袋を持ってって。20袋」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へーい」
さらに400キロ分の階段上りを追加して、オバチャンは颯爽と歩き去った。
「オニババ・・・・」
「氷砂糖を運んだらワー君を手伝うのよ!」
「わかりました。きれーなオネーサン」
「そしたら休憩していいわ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
非常にわかりやすい職場だった。
「ただいま〜」
「おかへりなされませ、ごしゅじんさま」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さくらまる」
「お勤め、ご大儀にござりました」
玄関を開けた途端、目の前でさくらまるが頭を下げた。
俺の帰りをずっと待っていたらしい。
「ごしゅじんさま、御手甲(てっかう)を・・・・」
「ん、ああ」
手袋を抜いで差し出す。さくらまるはそれを全身で抱え、靴箱のフックに引っかけた。
小さくなったさくらまるは、大きさ相応に非力だ。以前は鞄も渡してたけど、今できるのは手袋や帽子を預けるくらい。
「はじめて夕食(ゆうけ)を召されましょうや? お湯を引かれましょうや?」
「風呂はいる」
「かしこまりました。湯殿のお支度は整いてござります。ごゆっくりお寛ぎ(くつろぎ)くださりませ」
「んー、あんがと・・・・」
さくらまるのセリフだけ聞いてると時代劇の夫婦みたいだけど、実際には「メルヘン」だ。何しろ相手がお人形サイズだから。
とはいえ小さくなっても、さくらまるの働きぶりは少しも変わらない。逆に小回りがきくようになった分、前より活発に動くようになった。
あまりにちょこまか飛び回るんで、一度ハエタタキで撃墜しそうになったのはここだけの話・・・・
「・・・・・そういやさ」
「はい、ごしゅじんさま?」
「バイト先でお前のこと聞かれた。最近見ないけど、どうしたのって」
「はて。どちら様にござりましょう」
土間に下りて靴を揃えていたさくらまるが、俺に向き直った。
「アーケードの和菓子屋、知ってるだろ」
「はい。存じておりまする」
和菓子店" はなみずき "は商店街の並びにある。
"キッチン・エンプレス"美乃里さんは、オヤツも自分で作ってしまう。洋菓子ならケーキ、ドーナツ、フライドポテト。中華菓子は月餅(ユエピン)、芝麻球(チーマーカオ)なんかが得意で、和菓子に至ってはみたらし団子に羊羹(ようかん)、カキモチ、どら焼き鯛焼きお好み焼きと、何でもござれ。
そんな美乃里さんだから、" はなみずき "で菓子を買う事はほとんどない。立ち寄るのは、小豆(あずき)や葛粉(くずこ)を分けてもらうためだ。「十勝の小豆や吉野葛は、あのお店じゃないとダメ」だそうな。
さくらまるは小さくなる前、お使いでその店に何度か行かされたらしい。
「あそこのオバサン、盛り付けの手伝いに俺のバイト先に来ててさ。
病気でもしたのって、心配してたぞ」
「それはそれは・・・・有り難き事にござります」
「まさか"小さくなったけどウチに居ます"なんて言えないから、冬の間は里帰りしてるって言っといたけど」
「左様にござりますか。御目だうな(面倒)をおかけいたしました」
さくらまるがひょこりと頭を下げた。・・・・・いや、本人は深々とお辞儀してるつもりだろうけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはいいんだが、さくらまる」
俺の声が低くなった。
「・・・・・・・・・・はい、ごしゅじんさま?」
「お前・・・・・・・・・・・・・・
オバサンにいろいろ話したらしいなあ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「余計な事まで、さ」
「!」
さくらまるがぱっと飛び立った。
反射的に手を伸ばしたけど、つかみそこねる。
「待てっ、さくらまる!」
「はわわ〜っ☆」
音も立てずに滑空するさくらまるを、床を鳴らして追いかけた。
「お前のせいで二股掛けの変態メイドマニア扱いだぞ!
どーしてくれる!?」
オバサンがおしゃべりした後、喫茶室の女の子達の冷たいったらない。
おまけにあだ名が「ヘンタイのヘ〜君」なんてあんまりだー!
「あぅ〜、申し訳ござりませぬ〜」
「そう思うなら逃げんな! 折檻してやる!!」
「あれ〜っ。お慈悲を〜☆」
「ふざけんなー!!!」
縦横無尽に飛び回るさくらまるとの追いかけっこは、美乃里さんに怒られるまで続いた・・・・・
翌朝。
「よぉ、へー君」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・挨拶返しにコロシてやろーか?」
男子高等部の玄関で、輪中田と会った。
笑えない挨拶に睨みつけると、いつものニヤケ顔で俺の肩を叩く。
「冗談だって、日枝。調子はどうだ?」
「わかってて訊くな」
俺はしかめっ面で応じた。
急な重労働のせいで体中が痛い。
これがクリスマスまで続くのかと思うと、気が重くなる。
「でもさ、お前が来てくれたおかげでコッチは大助かりだぜ。感謝感謝。
釜田のオバチャンも感心してたし」
「えー?」
「"ワー君にあんなお友達がいるなんてね〜"だってよ」
・・・・・それは「感心」じゃないと思う。
「つか、感謝してるんだったら一つ約束しろ、輪中田」
「あ?」
「その"へ〜君"の事、誰にも話すな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぜ黙る」
「いや・・・・・・・・・・・・・なんつーか・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・手遅れ?」
「何ーっ!!」
「おう、へ〜君!」
「よっ、へー君。おっはー☆」
「へ〜君、おーっす!」
「メイドさんに逃げられて寂しくないか? へ〜君」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「輪・・・・・・・・中・・・・・・・・・田・・・・・・・・」
「あ、あははっ、わははははははははははは・・・・・・・・・・・・・・」
だっ!
輪中田が脱兎のごとく駆け出した。
「輪中田〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」