ついんLEAVES
第八回 3 モノローグ 〜 フー子(後) 〜 |
そして、アイツとあたしのファースト・コンタクト−
・・・・・・春。
夕暮れの裏道。
お日様はとっくに隠れて、街灯もない。
泥だらけのあたしの前に、ピンクの自転車が無残な姿を晒していた。
お気に入りの自転車・・・・・
ハンドルは曲がりベルがもげ、カゴがぐにゃって歪んでる。
ぼとっ。
前髪から泥水が落ちて、血の滲む膝に跳ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・うぅ」
その日は、友達の家に長居しすぎて。
帰りを急いで近道したのがいけなかった。
ぬかるみの轍(わだち)にハンドルを取られ、あっと思う間もなく立ち木とぶつかっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ひぅ」
肩とか膝とか痛くて。
体中がドロドロで。
それに何より、自転車が壊れちゃったのがショックで・・・・・
声もでないほど悲しかった。
「おい」
「!?」
ビクッとした。
足音とか、全然気付かなかった。
誰かいるの?
「おい、おまえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「生きてるか」
「・・・・・・・・・・・ぅん」
口調で男の子とわかった。
目元をこすって顔を上げる。肌にへばりついな泥が、ヤスリみたいに顔をこすった。
暗いのと涙とで、よく相手が見えない。
相手もそうだったらいいのに・・・・・・・・・・・
今のあたし、ひどいカッコだもん。
「へーきか」
「・・・・・・・・・・・・・・ぅぅん」
その時のあたしは、意地とか恥ずかしさとか、そんな物どこにも残ってなくて。
素直にそう答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「しょーがねーなぁ」
舌打ちの後、誰かの背中が目の前に現れた。
あたしと同じくらいの背格好。
着てるのは、暗くて何色かわかんないけど、白っぽいシャツ。
肩の骨が少しごつっとした影をつくっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「のれよ」
「・・・・・・・・・・・・?」
「せなかに。おんぶ」
「え、えっ? おん・・・ぶって」
あたしは自分の格好を見下ろした。
「どろ」
その一言に尽きる。
「あのっ、あのあのあの・・・・・・おんぶって・・・・・・」
「へーきじゃないんだろ」
「う、うん・・・・・だけど・・・・・・・・・いいの?」
服を汚しちゃうと思う・・・・・・・・
困ってると、その子は少しイラついた声で言った。
「いいーってんならオレ、行くぜ。もうウチ帰る時間なんだ」
それはあたしも同じよぅ。
「あの、待って・・・・行かないで」
「だったら早くしろよ」
「うん・・・・・・・・・・・・・」
あたしは思い切って、その子の首に腕を回した。
びちょっ。
「うぇっ! 冷てーなー」
「ご、ゴメンっ」
「まじ、さいあく」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
文句を言いながらも、その子はしっかりあたしの体をおんぶした。おんぶに慣れてたのかもしれない。
ゆっくり立ち上がると、男の子はあたしの腕に顎を載せ、ふっと息を吐いた。
「いえ」
「・・・・え?」
「家、どっちだ」
「・・・・・・・・・・・あっち」
首の前で組んだ指をちょんと動かすと、男の子はそっちを向いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
「なんだよ」
「じてんしゃ・・・・・・・・・・・・・・・」
あたしは目の隅で、横倒しのままの自転車を見た。
あたしのお気に入り・・・・・・・・・・
「ほっとけ」
ぶっきらぼうな声が、ちょっとイヤだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・あとで、取りに来ればいーだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
溜め息混じりの会話。
こんな所に置いてくのは悲しかったけど、あたしは頷いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちぇっ」
また舌打ちして、男の子が歩き出す・・・・・・
近道のための裏通りだから、家まではそんなに遠くなかった。
でも同じ年頃の子をおんぶするのは大変みたいで、男の子は犬みたいにハァハァ言いながら、運んでくれた。
パパ以外の男の人とこんなにくっつくの、初めて。
男の子なんて泥と汗でキタナイと思ってたのに・・・・・・・
その時はどうしてか、気持ち悪いなんて思わなかった。
・・・・・・・あたしがドロだらけだったからかな。
その子のシャツにじっとり浮いた汗も、二人がぴったりくっついてるせいで、かえって温かく感じた。
「・・・・・・ここ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
家の前で告げると、男の子はつばをごくっと呑み込んで、少し乱暴にあたしを下ろした。
乱暴と言っても、最後はほとんど引きずるみたいな感じだったから、別に痛くなかったけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
汗と泥をぼたぼた落としながら、彼はウチの呼び鈴を押した。
ビー!
「あ・・・・・・・・・・・・・」
そのまま、こっちを見もせず歩き出す。
ぜぇぜぇ言って、はげしく肩を上下させて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あのっ・・・・・アリ・・・ガト」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
男の子は応えなかった (いま思えば、そんな余裕はなかったのだろう)。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぽた。
ぽたっ。
道端に雫を点々と落としながら、彼は暗闇に消えていった。
がちゃっ。
「は〜い、どなたー? ・・・・・・・・・・・て、アンタどーしたの、そのカッコ!?」
表に出てきたママが、素っ頓狂な声を上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・ママ」
「ふさ子ったらドロだらけじゃない! ちょっと大丈夫? パパーッ、こっち来て!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
騒ぎ立てる両親に腕を引かれて・・・・・・・
玄関が閉まりきるまで、あたしは男の子の消えた夜道を見つめ続けていた。
翌朝−
あたしは、いつもよりかなり早く家を出た。
パパに新聞を取りにいかされて、見つけたのだ。
家の前からえんえんと延びる、泥の跡を。
これを追っかければ、あの男の子の事がわかるかもしれない。
そう思ったら、いても立ってもいられなくて、朝ゴハンもそこそこに家から飛び出した。
あたしがこんなに早く学校に行くのは初めてだから、パパもママもびっくりしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
追跡は、あっけないほど簡単に終わった。
簡単すぎて拍子抜けしたくらい。
茶色の目印は、同じ町内会の違う班の家で消えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
問題は、掛かっていた表札。
「まさか・・・・・・・・・・・・・よね・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何度見直しても、その表札は違う字にならない(当たり前だけど)
門扉(もんぴ)の横に埋め込んであったのは” 日 枝 ”の二文字。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ〜〜〜〜〜〜」
特大級の溜め息を吐いた。
なんていうのかな・・・・・・・・
宝箱の在処(ありか)に辿り着いたら工事現場になってましたって感じ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やめた」
相手が「あの」日枝だとわかった瞬間、ノボセた頭がすーっと冷めた。
あたし、何やってんだろ・・・・・・・
くるっと振り向き−
「お姉ちゃん、だぁれ」
「!?」
いきなり目の前に女の子が現れた。
それも町内、全校で知らぬ者のない女の子が。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
じぃ〜〜〜〜〜〜〜っ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お、オハヨ・・・・・・」
「おはよーございます!」(にこっ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
初めて間近で見るつばさちゃんは、泣き虫とかイジメられてるとか、そんな感じは全然なかった。
まるで朝日に包まれてるみたいに、キラキラと輝いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お姉ちゃん、だぁれ?」
「えっ! あ、あー、あたしフー子っ・・・じゃなくて、すずしま ふさ−」
思わずあだ名を名乗ってしまったあたしは、慌てて言い直そうとした。
けど、つばさちゃんは最後まで言わせてくれなかった。
「フーちゃん?」
「・・・・・・・・・・・・・・う、うん」
そう呼ばれることもある。
でもどうして、つばさちゃんがそれを・・・?
「あのね、あたし、その−・・・・」
「フーちゃんっ!」
にぱっ☆
つばさちゃんは、底抜けに明るく笑ってあたしの横を通り抜けた。
何のためらいもなく、ヒトの家の玄関を大開きにする。
「おにーちゃーん! フーちゃんが来てるよーっ!」
「ああっ! ちょっと待っ・・・・・・・・・・」
うわぁん・・・・・・どうしよう?
帰るつもりだったのに〜・・・・
慌てまくるあたしの耳に、どすどすと乱雑な足音が聞こえた。
「うっせーぞ、つばさ」
「だってもー待ってるよー?」
「あぁ? だれがさ」
その男の子は、腰にへばりつくつばさちゃんをべりっと剥がして、こっちに顔を向けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だれ、おまえ」
あんたの同級生じゃないのっ。
「あ、あたし・・・・・」
そこまで言った所で、またしてもあたしの言葉はかき消された。
「お兄ちゃん! フーちゃんだよ、フーちゃん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フー公?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛っ」
戸惑いの声は、すっきり晴れた青空に吸い込まれていった・・・・・・・・
これが、あたし達の始まり−
それから・・・・・・・・
「こ、こんにちわっ」
「こんにちは。あなたが小等部のフー子ちゃんね?
つばさちゃんからお話は聞いてるわ。いつもウチの子たちがお世話になってるわね」
「はい。お世話してまーす☆」
「ちょっと待てっ、何だよそれ!?」
「うふふふ・・・・・・これからもよろしくね、フー子ちゃん?」
「はーい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・ちぇっ」
ゆっくりと・・・・・・・・・・・
「待ちなさいよアンタら! 自由時間は班で行動する決まりでしょっ」
「そんなの知るか。女といっしょなんてヤだね」
「おい日枝、ゲーセン行こーぜ!」
「おー」
「フー子ちゃんフー子ちゃん、どーしよう!?」
「どうしよって・・・・追いかけるしかないっしょ!
待ちなさいコラァ!!」
少しずつ・・・・・・・・・・・
「おはよー」
「あ、フーちゃんオッハヨー!」
「ようフー子、いい所に来た」
「そういうアンタも、いいトコにいたわ」
「なぁ、フー子」
「ねぇ、日枝」
「「算数の宿題、どうだった?」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「「はぁ〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・」」
「「・・・・・・・・頼りになんないヤツ」」
「あははははは! 二人ともおもしろーい!」
「こらフー子っ、何でマネすんだ!」
「こっちのセリフよっ」
「あははははははははははははははははははは!」
「「つばさ、笑いすぎ!!」」
「すごーいピッタリー!!
あははははははははははははははははははは!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
少しずつ・・・・・・・・・・・
「おいフー子。お前、今夜の予定あるか」
「今夜って花火大会? そんなのとっくよ」
「・・・・・・・・・・・そっか」
「ええ。・・・・・・・・つばさと見に行くの☆」
「・・・・・ああ!? ちょっと待て、そんなの聞いてねーぞ!」
「言うわけないじゃん。つばさとあたしの約束だもーん」
「うぐ・・・・・・つばさ、ちょっと来い」
「いや〜ん! フーちゃん言ったらダメだよぉ。みんなでビックリさせよって言ったのに〜」
「びっくりだって?」
「あーっ! つばさこそ、それ言っちゃダメじゃん!」
「ふわわ〜〜っ、ごめんなさい〜」
「・・・・・・お前らいったい、ナニを企んでる・・・・・?」
「んっふふ〜」
「えへへ〜」
「「 ひ み つ ♪ 」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
第一印象は、「サイテーおとこ」
女の子の敵。
見る事すら、たまらなくイヤだった。
そして今のあたしは−
一日でもアイツを見ないと、たまらなくなる。