第一印象は、「サイテーおとこ」だった。
ついんLEAVES
第八回 2 モノローグ 〜 フー子(前) 〜 |
「バイト・・・・・・・? 日枝が?」
「うん−」
「・・・・・・・・・・・バカかしら、あいつ」
乾いた空気が気になる今日この頃。
リップクリームが手放せなくなる季節。
ドラッグストアにつばさを誘ったら、付いてくるはずの「おまけ」がついてこなかった。
「期末試験の前にナニ考えてんだろーね」
「わかんない」
つばさは可愛らしく首を傾げた。
「いつまでやんの。ずっとやるわけじゃないっしょ?」
「23日まで、だって」
「ハア?」
バカ確定。
「なんで美乃里さん、何も言わなかったの」
あの人が試験期間中のバイトなんて、許すはずないんだけど。
街路樹の根っこで盛り上がったアスファルトをひょいと跨(また)いで、つばさが顔を上げた。
「お友達が人手不足で大変って、お話してたから−」
「ふぅん・・・・人助けのためってコトか」
立て前は。
そこまで話したところで、赤信号とぶつかった。
いつもならちゃっちゃと渡るとこだけど・・・・今日はつばさが一緒だから仕方ない。
冷たい風に首をすくめながら、青に変わるのを待つ。
「で、日枝のヤツ、どこでバイトしてんの?」
「駅前のケーキ屋さん」
「駅前の・・・・・・・・・・って、シャトー・ドォ?」
「そー」
「えぇーっ!」
あたしは信号が変わるのも忘れて大声をあげた。
「・・・・・・・・・・・・・・・あっきれた」
心底そう思った。
クリスマス前のシャトー・ドォは、双葉学園生の鬼門とまで呼ばれてる。
あの"ヘルバイト"に手を出すなんて、信じらんない。
「フーちゃん、信号かわったよ?」
「え、あ・・・・うん」
つばさのペースに合わせて歩きながら、聞いた話をまとめた。
一、試験期間中にバイト。
二、シャトー・ドォで。
三、今日からいきなり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あたしの中で、「日枝センサー」がぴこーんと反応した
「・・・・・・・・なんかあるわね」
「ほぇ?」
独り言に、つばさが髪を揺らしてこっちを見上げた。
「ん、何でもない。
それよかさ、たまには違うリップクリーム使ってみない?」
「違うの?」
「そ。ピンク色のとか。ちょっと口紅みたいで、オトナっぽくなるわよ」
「へー」
つばさは感嘆の声をあげ・・・・・・小さな声で付け加えた。
「お兄ちゃん、気に入ってくれるかなぁ・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やっぱ、判断基準はそこなわけね。
「気付かないんじゃない? あいつニブイから」
「じゃあ安いほうでいい」(あっさり)
「・・・・・・つばさぁ・・・・・・・・」
この場合、つばさの経済観念がしっかりしてるコトを褒めるべきか、
それとも他に考えようはないのとツッコむべきか・・・・
肩を並べて歩きながら、あたしは微小な悩みに心を奪われていた。
・・・・・・・・でも、
悩むことなんかないカッチリした事実はある。
つばさはとことん、アイツにそっくりで−
そしてアイツが何かやる時は、
間違いなく、「自分以外の誰か」のため。
・・・・・・・・・・今までずっと、そうだったように。
第一印象は、「サイテーおとこ」だった。
初めて見たのは、小等部三年の秋。
日曜日の公園。
真っ赤になって怒ったアイツが、つばさを殴ったところ。
近くにいたお姉さん(美乃里さん)が急いで二人の間に割り込み、つばさを抱きしめた。その格好のまま、日枝に何かを諭(さと)す。
けど、日枝は謝りもしないで、ぷいっと公園から出て行った。
あたしはそいつを、女の子のテキと決めた。
殴られた女の子が、泣き声で有名な"とりくらさんちの つばさちゃん"と知るのは、もう少し後のことになる。
それから一年半。
五年生の春。
クラス替えで、あたしは日枝と同じ組になった。
つばさと日枝はすでに、学校だけでなく町の誰もが知ってる有名人になっていた。
パパもママも、こう言っていた。
日枝イコール「先生を無視して授業から逃げ出すワガママな子」
&「弱い者(←つばさ)イジメをする悪い子」
つばさイコール「たくさんの不幸にもかかわらず、明るく元気で健気(けなげ)な子」
授業中に校内を駆け回る日枝の姿は、あたしも何度か見た。その後、休み時間も廊下に立たされてる所も。
つばさが泣くところ、常に日枝がいた。
"サイテーおとこ"につきまとわれてるつばさが、とてもかわいそうだった。
あたしは、日枝が大キライだった。
顔も見たくない、声も聞きたくなかった。
同じクラスになって、ホントにイヤだった。
日枝の友達まで憎く見えるほど、徹底して嫌いだった。
ある日の授業中のこと。
教室に、校庭からものすごい叫び声が飛び込んできた。
びっくりして校庭を見ると、鉄棒の下に座り込む体操服姿の女の子。
泣き声と髪型で、すぐに「あの」つばさちゃんとわかった。
それはもう、気が遠くなるほどの泣き声だった。
何度か聞いたことあったけど、ストレートに聞くつばさ泣きが、こんなにうるさいものだとは知らなかった。
先生も生徒も関係ない。みんな耳を押さえてうずくまる。
浮き足立つ教室−
その時だ。
ばしいっっ!!
教室の入り口を跳ね開ける音。
遠ざかっていく足音。
・・・・・・そして数分後。
あたし達は、鉄棒の下で抱き合う二人と、それを遠巻きにする下級生を見ていた。
泣き声はぴたりと止んでいる。
しばらくして日枝はつばさを持ち上げ、ふらふらと危なっかしい足取りで、校舎に入っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
日枝が教室に戻ってきたのは、次の授業の途中。
彼は何の言い訳もしなかった。
担任の先生も、何も訊かなかった。
全校生徒が目撃したこの”事件”の後−
教室から飛び出す日枝を咎める者は、いなくなった。
あたしは少しだけ、日枝を見る目が変わった。
授業中。
お昼休み。
下校する時。
ふとした折に、あたしはアイツを観察するようになった。
日枝は意外と男の子の友達が多かった。いつも誰かとベッタリという事はないけど。
女の子には、ヘンな敵対心を持ってるみたい。挨拶するのも嫌がる。
(とはいえ、多かれ少なかれ、あの年頃の男の子はみんなそうだったんじゃないかな)
でもそれは、つばさちゃんが相手でも例外じゃなくて。
あの子が横に並ぶとさっと離れ、くっつくと頭を叩き、手を握ろうとした時は蹴っ飛ばした。
・・・・・・・やっぱりアイツは、女の子のテキだ。
それでも、つばさが泣くと真っ先に反応するのは日枝だった。
給食中でも、掃除中でも、テストを受けてても。
ガラスを震わす泣き声が聞こえた瞬間、全てを投げ捨てて駆け出す。
プールの時間、水着に裸足のまま飛び出して、後で先生に濡れた廊下を拭かされてたのは笑ったけど・・・・・・
忘れられないのは三学期の出来事。
全国的に流行ったインフルエンザのせいで、うちの組も十人近くお休みした。
日枝も休んだ。
友達と「バカでも風邪ひくんだね〜」なんて憎まれ口を言いながら、いつもよりちょっと静かな学校の四時限目。
つばさが泣いた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」
みんなが反射的に日枝の机を見て、アイツがいない事を思い出し、慌てて耳を塞ぐ。
しばらくすると隣組の先生がやって来て、日枝が休みと知ると、青くなって飛んでいった。
もちろんその間も、頭痛がするほどの大音響は切れ目なく続いている。
もう授業どころじゃない。
担任の先生はどこかへ・・・たぶんつばさのトコに・・・行ってしまった。
「アイツがいなかったら、いつまで続くんだろう・・・?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぞっ。
答えを想像して、背筋が冷たくなった。
ジョーダンじゃ・・・・ないわよ・・・・・
「おにいちゃ〜〜ん!!!」
ぴたっ。
泣き声が止まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
十分後、サイレンを鳴らしながら救急車が到着。
救急車に担ぎこまれたのは、家で寝てるはずのアイツだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
無理が祟って、日枝はそのまま一週間入院。
見舞いに来たつばさを罵(ののし)って病室から放り出し、その悪評をさらに高めた・・・・・