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 乾いた空気にのって、ジングルベルの歌が流れてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目を開くと、たゆたう線香の煙が目に入った。

 立ち上がり、墓石の前を空ける。

 入れ替わりで美乃里さんが腰をかがめ、線香を供えた。



 ・・・・・・・今日は、母さんの命日。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」



 見上げた空には、ぼんやりと黄色っぽい太陽。



 吐いた息は一瞬だけ白くなり、すぐに消えていった。










ついんLEAVES

第八回 1








 静かな墓地に、枯葉を踏みしだく音だけが響く。


「十年、か」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「早いな・・・・・・・・」


 鳥倉おじさんの呟きに、皆が無言で頷いた。


 墓参客は俺たちだけだった。

 親父がポケットから車の鍵を取り出す。

 ぽつんと一台だけ止まっていた車が、親父のキーレスエントリーに応じてドアを開放する。

 エンジンのかかった車にみんなが乗り込むのを、俺は突っ立って見ていた。


「どうした?」


「・・・・親父たちは先に帰っていい。俺、商店街に寄ってく」


「そうか」


 商店街はすぐそこだ。みんなでお墓に行くからと車を使ったけど、歩いたってそんなに遠くない。

 後席の窓が開いた。


「つばさも行く〜」


「ダメ」


「えー?」


「クリスマスのプレゼント、わかっちゃったらつまんないだろ」


「・・・・うん」


 美乃里さんがくすりとした。


「プレゼントを買うって言うのも黙っていればいいのに」


「言わなきゃコイツついてくるじゃん」


 鳥倉おじさんと親父が苦笑した。


「わかった。時間はかかりそうか?」


「さあ」


 ピンとくる物があるかどうか、それ次第だ。


「なるべく早くお帰りなさい」


 そう言って、美乃里さんが窓を閉めた。


「へーい・・・・・」


 がしゃがしゃと砂利を踏んで、車が駐車場から出て行く。

 車が消えるまで見送って、俺も足を商店街に向けた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ふと振り返ると、母さんの墓の辺りから、かすかに白い煙。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・十年、か。















「クリスマスまで、あと一週間以上あるのになぁ・・・・」


 商店街を眺めての、素直な感想。


 まるで今日明日がクリスマスであるかのように、アーケード全体が赤と白で飾りたてられている。

 買い物客で賑わう街路を、俺は醒めた目で見回した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やめた」


 やっぱり、親の命日にプレゼントなんて考えるもんじゃない。






 ・・・・・・つばさと俺は、三年前までクリスマスを祝ったことがなかった。

 理由は、母さんの命日が近すぎることが一つ。

 そしてもう一つは、母さんが俺達のクリスマスプレゼントを買いに来て、事故に遭ったから−



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 ・・・・・クリスマスを祝いましょうと言い出したのは、美乃里さんだ。

 母さんの七回忌を終えた後のことだった。

 別にサンタさんが憎いわけじゃないから、俺もつばさも親父達も、反対はしなかった。

 それで、ウチでもクリスマスパーティーを開くようになった。プレゼント交換も始めた。


 ただやっぱり、他の家にくらべるとウキウキ度が低い。


 フー子がいなければ、ウチのクリスマスってお通夜みたいになるんじゃないかと思う。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って」


 こんなトコで感傷にひたってどうするんだ。


 さっさと帰ろう。


 そそくさと人ごみを抜けようとした時だった。


「よう、日枝」


 腕を掴まれた。


「休みの日に制服なんか着て、どうしたよ?」


 正装代わりに俺が着た制服を見て、そいつが首をかしげる。


「・・・・・・・輪中田(わじゅうだ)


 同級生の輪中田だった。いつもニヤけたこいつらしくない、憂鬱げな顔をしている。

 俺がそう言うと、輪中田は大袈裟に溜め息を吐いた。


「これからバイトなんだよ〜」


「あぁ、例のケーキ屋」


「きっついきっつい。体ぼろぼろよ?」


 年に一度のかき入れ時。駅前の大きなケーキ屋"Chateau d'eau"(シャトー・ドォ)は、臨時バイトを何人も雇ってクリスマスケーキの仕込(しこみ)をする。

 そこは時給がいいかわり、仕事がつらい事で有名だった。


「日枝もやんねぇ? きのう仲間の一人がキレちまってさ。もうヤダって逃げちゃったんだよ」


「やらない」


 即答だ。


 誰が好き好んで、そんなバイトするか。


「まぁ、気が変わったら連絡くれよ。オーナーに話してやるから」


「だからやんねーって」


「じゃぁなー」


 輪中田は人の返事も聞かず、疲れた顔で人ごみに消えていった。


「あいつもそのうちキレそうだな・・・・・」


 俺はふっと息を吐いて、輪中田と反対の方向に歩き出した。





















 その夜。

 つばさと鳥倉おじさんは早々に帰った。

 さくらまるは・・・・今日が何の日かわかっている。

 いつものような大声を出さず、部屋に戻る俺につきまとおうともしなかった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 静まりかえった家。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・十年、か。



 椅子の背もたれによりかかる。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・十年。



 そろそろ・・・・・・・・・・・・いいだろうか?



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 俺達は、大きくなった。



 もう、子供じゃない。



 今日までずるずるやってきたけど。



 いつまでも、今のままではいられない。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ずっと近くにいて欲しいなら・・・・・・・・・・いや、



 もっと、近くにいたいから。



 ちゃんと。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ・・・・・・・・・・・・それは



 約束を、



 破ること



 だけど。



 


「十年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・か」



 机に転がってるケータイを手に取った。


 ピ・・・・・・ピッ。


「・・・・・・・・・・・・・・よ、お疲れ。


 いま話できるか? ああ、そっか。大変だな・・・・・・・・・・・・・・・


 んー・・・・・・・・・・・・そう、その件でさ」














「バイト、やる。明日から」





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