ついんLEAVES
第八回 11 |
紫雲たなびく空に挨拶が吸い込まれていく。
「あけましておめでとーございまーす!!」
「あけましておめでとう、フー子ちゃん。今年もよろしくね?」
「はーい! よろしくお願いしまーす」
この寒空にハイな奴・・・・・
玄関を開けると、ほとんど同時に道の向かい側の玄関も開いた。
「フーちゃん、あけましておめでとー!」
つばさだ。
帽子にマフラー、ダウンジャケットに身を包んで、防寒対策はばっちり。
手が冷たいのか、一生懸命はぁはぁと息を吐きかけてる・・・・けど、手袋のうえからやっても意味ないぞ、つばさ。
「つばさ、おめでと〜♪ 今年もよろしく!」
「うんっ。今年もよろしくおねがいしまーす。
あ、お兄ちゃん。お待たせっ」
つばさとは、年が変わった時に新年の挨拶を済ませている。
「よ、フー子。おめっとさん」
「おめでと。今年もよろしくしてやるわ」
「・・・・・・・おい」
「うふふふふふ」
美乃里さんがくすくす笑った。
「じゃ、行こっか」
フー子が短いスカートをひるがえした。マフラーとハーフコートの上半身はともかく、脚は寒くないんだろうか。
・・・・まぁ、本人が寒がらないなら、大丈夫なんだろうけど。
「フー子。九重さんとの待ち合わせ、駅じゃなくて直に神社にしたんだって?」
「うん。去年のおキヨ、ずいぶん早くきて、駅前で震えてたじゃない。
あの子なら今年も早く来てるはずだし、神社だったら焚き火があるっしょ?
そっちのがいいと思って」
「あー、なるほど」
そういえば前の初詣の時、九重さん唇を紫色にしてたっけ。
家に連れてったら美乃里さんが仰天して、大騒ぎになった。
真冬にナマ足さらす野生の誰かさんと違って、九重さんはお嬢様だからなぁ。
「・・・・・日枝、アンタいま、失礼なこと考えなかった?」
「ナンノコトヤラ」
俺達が意味ありげな視線を交差させると、袖を引かれた。
「お兄ちゃん、おキヨちゃんが待ってるよ〜?」
「・・・・そうだな。じゃ、母さん、行ってきます」
「「行ってきま〜す!」」
「行ってらっしゃい♪」
道の先、東南の空が白み始めてきた。
もうすぐ日の出。
今年の元旦も、いい天気になりそうだ。
氏神(うじがみ)様の神社に着くと、鳥居の前で九重さんが、大勢の人に混じって焚き火に両手をかざしていた。
去年の初詣で懲りたのか、今年は晴れ着じゃなくて、ロングコートを着てる。たぶんカシミアとか、そっち系の高い服だろう。
挨拶を交わして、鳥居をくぐった。
人の流れに従って進むと、やがて本殿に上がる階段がある。日頃から体育会系クラブが愛用している、けっこう長い階段だ。
皆で見上げて、上る前からげっそりしてると、肩を軽く叩かれた。
「まぁ、日枝くんじゃありませんこと?」
「え?」
振り向くと、話し掛けてきたのは、髪を結い上げ晴れ着で着飾った女の子だった。
視線が合うと、目を細め、紅を引いた口元に笑みを浮べる。
女の子に見惚れた通行人が、階段に足を引っかけてつんのめった。
「お ま え・・・・・・・・・・・・・」
「奇遇ですわね☆ ご一緒しません?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つばさがきょとんとして言った。
「お兄ちゃん。このお姉さん、だぁれ?」
「知らん」
「ちょっと日枝、そりゃないよーっ!」
「げっ! その声はいつぞやのオカマ野郎!」
同級生の斗坂啓太(とさか けいた)が地声に戻すと、訝しげに俺達を観察してたフー子がのけぞった。
「オカマ野郎はヒドくない!?
僕はただ自分に似合う装いを追求してるだけだよっ」
・・・・たしかに、似合ってはいるな。
嫌になるほど。
「それをオカマってゆーのよ、世間じゃ・・・・」
「今の社会はそんな偏見みとめてないよっ」
「・・・・・・・・・・・勝手にやっとれ。つばさ、九重さん、行こうぜ」
「はーい」
「はい。・・・・・・・・あ、そういえば日枝くん」
つばさのペースに合わせて・・・というか、つばさの手を引く俺に九重さんが少し顔を寄せた。
・・・・・・柑橘系のさわやかな香りがする。
「さくらまるさんは、お家?」
「・・・・・・・え、あ、いや。もう来てるよ」
「もうって・・・・・この神社に?」
「ああ。新年の挨拶に行くって、暗いうちに出てった」
「そうなの・・・・?」
何でも「年立ちて鎮守(ちんじゅ)の比古神様(ひこがみさま)に詣(けい)すは、地祇のたしなみにござります」とか。
・・・・・よくわかんないけど、神様にも新年の挨拶回りがあるらしい。
まぁ、あいつには小さい姿を見せるなと念を押しといたから、大丈夫だろう。
なにやら無意味な論争を始めたフー子と斗坂を引き連れて、俺達は本殿に向かった。
双葉町の氏神様(鎮守様)は、どこにでもあるような小さな神社だ。何かのご利益で有名ってこともなく、地元の人しか来ない。行き交う参拝客も、見知った顔ばかり。
顔見知りに黙礼したり、近所の人に挨拶したり、ちょっと時間をかけて本殿まで進んだ。
注連縄(しめなわ)の下が空くまで少しだけ待って、みんなで賽銭箱の前に並ぶ。
五人で手を打ち鳴らすと、それなりに大きな音になった。
これなら御神酒(おみき)で酔っ払った神様にも聞こえるだろう。
目を閉じて、それぞれの願いを祈る・・・・・
「お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように。
お兄ちゃんともっともっと仲良しでいられますように。
お兄ちゃんといつまでもらぶらぶ〜でいられますように。
お兄ちゃんと−」
「つばさ、うるさい」
それに恥ずい。
「お兄ちゃんとたくさんでーとできますように。
お兄ちゃんとたくさんきすできますように。
あとあと、お兄ちゃんがむぎゅ〜ってしてくれますように−」
「ぷっ」
フー子が吹き出す。
俺が肘で突付くと、フー子は口元を押さえて表情を引き締めた。
「えっとえっと、お兄ちゃんと・・・・」
「あー、つばさ」
「なーに? お兄ちゃん」
「お祈りは黙ってしなさい」
てか、頼むから俺以外のことも祈れよ・・・・
「はぁい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(あまたの玉の輿、降嫁を拒みたる、名高き豊後の斎女(いつきむすめ)が、事もあらうにアヅマヱビスのワッパを撰びたりと)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(門前に市を成し道に川を生(な)した我ら満遍の参りも全て徒労であったか・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
なんだ・・・・・・・・・?
(措(お)け。そこもとら、然やうな愚痴をこぼす為に集うた訳ではあるまいが?)
フー子が小声で囁いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝」
「・・・・・・・ああ、聞こえる」
(伊和止比比古(いわとひひこ)殿の仰せらるる通り。波波支比古(ははきひこ)殿は少しく控えるがよかろ)
・・・・・・・・・なんなんだ、この古めかしい言葉遣いは。
(然様(さやう)。我ら一同、さくらひめ殿の輿(こし)入れを言祝(ことほ)ぎに参りたるなれば)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
さくら・・・・・何だって。
「日枝くん、今・・・・・・」
祈り終わった九重さんが、落ち着かなげに俺を見た。
「さくらひめって・・・・・」
「ん〜、さくらちゃんの事かなあ? お兄ちゃ−」
俺はつばさの口を押さえた。
「んぷーっ」
「ちょい静かにしてくれ」
(・・・・・・・時にさくらひめ殿。何ゆゑに貴姉(そこもと)が下座に下がらるる哉?)
(いえ、与志不恵比売(よしふゑひめ)殿、左(さ)ではござりませぬ。
ただいま妾(わたくし)のごしゅじんさまが、此方(こなた)にお越し侍られしゆゑ・・・・)
「「!!??」」
(なんと!!)
どたどたどた!
乱雑な足音がしたと思ったら、本殿の格子戸がばかっと開いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「日枝・・・・あの扉・・・・・・・」
「締め切りのはず・・・・だよな・・・・・」
俺達だけじゃなく他の参拝客もこっちを注目しはじめたようだ。
後ろがざわついている。
ざわめきの只中に、巫女服を着たさくらまるが現れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さくら・・・ちゃん?」
「これは皆々様。本日もご機嫌うるはしう☆」
人間並みの大きさに戻ったさくらまるが、にこりと微笑んだ。