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ついんLEAVES

第七回 10










「「「おつかれさまーっ!」」」


 合唱とともにグラスが打ち合わされた。

 今夜の日枝家には、ウチの家族はもちろん、つばさと鳥倉おじさんにフー子や九重さんも勢ぞろい。

 体育祭の打ち上げを兼ねた、さくらまるの歓送パーティーだ。

 主賓のさくらまるが長椅子の真ん中に陣取り、両脇がフー子と俺。向かいに九重さんと美乃里さん。

 応接セットからあぶれた鳥倉おじさんと親父は、和室から持って来た座布団を敷き、将棋盤を座卓代わりに日本酒を酌み交わしている。


 ・・・・え? つばさ?


 あいつ今になってもまだ「ホントにお休みしちゃうの〜?」なんてグズるんで、さくらまるにくっ付けて大人しくさせる事にした。

 というわけで、つばさはさくらまるの膝の上にいる。


「さくらまるちゃん、半年間ありがとう。来年もよろしくね?」

「お疲れさん〜」

「お疲れ様でした・・・・」


 みなが口々に労(ねぎら)いの言葉をかける。

 鳥倉おじさんと親父も盃をこっちに向けた。


「いろいろ世話になったな、さくらまる」

「ウチもだ。さくらまるのおかげで庭が生き返ったよ。ありがとう」


「をいや、過分のお言葉をいただきまして、まこと恐悦の至りに存じます。

 さくらまる、深切(しんせつ)にお礼を申し上げまする」


 つばさを抱っこしたまま、頭を下げるさくらまる。

 その髪はすっかり色落ちして、庭の桜と同じ枯葉色になっている・・・・

 ちょっとしんみりした空気になりかけた所で、フー子がぷはーっと息を吐いた。

 飲み干したグラスをテーブルに落とし、さも満足そうに頷く。


「あ〜美味し。今日は楽しかったねー、日枝」


「・・・・・・・どこがだよ」


 「にまっ」と笑いかけるフー子に、俺は半目で見返した。


「お前のせいでフクロになりかけたぞ」


 全生徒&教職員を相手にした鬼ごっこは、フー子の正確無比な射撃が邪魔になって難易度倍増、危うく暴徒に絡め捕られるところだった。

 ナイトの衣装なんてずたぼろだ。


「人気者はツライね〜♪ よっ、特別賞ッ」


「ふざけんな! 特別賞って晒し首のコトじゃねーか!」


「まぁまぁ、いいじゃない、お兄ちゃん。スタジアム中の視線を集めてたわよ?」


 いや、集めたのは視線じゃなくて邪悪な何かだと思う。


「・・・・・・・・つか、美乃里さん、それ本気っすか」


 俺が口を尖らすと、テーブルの向こうで美乃里さんが大らかな笑みを浮べた。


「せっかくの打ち上げパーティーなんだから、そう怒らないの。

 無事だったんだから、ね?」


「・・・・・・・・・・・・・まったく・・・・・・・・」


 無事じゃなかったらどうしたのやら。


 腹立ち紛れに、グラスの中身(レモンスカッシュ)を一気にあける。

 フォークを逆手に持って皿をざくざく突いてると、向かい側からペットボトルが延びてきた。


「お替り、どうぞ?」


 顔を上げると、九重さん。

 いつもなら帰らなきゃいけない時間だけど、今日は特別に門限を延長してもらい、パーティーに付き合ってくれてる。


「お疲れ様・・・・・・大変だったね?」


「そう言ってくれんのは九重さんだけだよ」


 九重さんはくすりと笑って、ジュースを注いでくれた。


「ありがと。九重さんもお疲れ様だね」


「うん」


「日本舞踊・・・・・"ヤシマオチ"って言ったっけ? 名演技に見とれちゃったよ」


「・・・・・・・・・・・ありがとう」


 相変わらず褒め言葉に弱い九重さんが、ほんのり頬を染める。


「とっても恥ずかしかったけど・・・・・・・・・ 日枝クンが見てたから、頑張ったの」


「え?」


 後半がよく聞こえなかった。


「あ、えっと・・・そう言ってもらえて良かった、って・・・・」


「う、うん」


 九重さんの、いつもより幼げな声色にちょっとだけドキドキしながら、注いでもらったジュースに口をつける。

 その仕草のどこが面白いのか、九重さんは嬉しそうな顔で俺を見つめた。


「・・・・・なに、九重さん」


「う、ううんっ☆

 ・・・・・・・あの、日枝くん、唐揚げいる?」


「ん、欲しいかな・・・・どーも」


「どういたしまして♪」


「なに、おキヨ。日枝を餌付けしてんの?」


「え、餌付けって、フー子ちゃん・・・・」


「こいつニワトリ頭だから、餌やっても三歩あるいたら忘れちゃうよ」


「おーまーえーなー」


 雰囲気ぶち壊し・・・・














 追加の食べ物を持って美乃里さんが居間に戻ると、神楽歌(かぐらうた)・・・・昼の巫女踊りの話になった。


「さくらまる。向こうのサラダちょうだい。

 ・・・・じゃあなに、二人とも何か"出る"って知ってたわけ?」


「さくらちゃんがそう言ってたから−」


 さくらまるの膝の上でつばさが頷く。チーカマを両手で持ち、ちびちび齧る様子は、ドングリを頬張るリスみたいだ。

 さくらまるは木のスプーンでマカロニサラダを取り分けながら、さも当然という口調で応じた。


「神楽は神遊びとも申します。

 其は八百万(やほよろづ)の神々を饗応(きょうおう)し、神々と共に楽しぶものなれば、神の降りぬで神遊びと申せましょうや?」


「なるほど〜。言われてみればそうよねぇ」


「美乃里さん、納得しちゃうんですか・・・・」


「だってお兄ちゃん、さくらまるちゃんの言う通りでしょう?」


「いや、それはそうかもしれないけど、そうじゃないっつーか・・・・・・」


 だって、お神楽でホントに神様が出たなんて話、他に聞いたことないぞ。


 さくらまるが来て以来、今までの常識がどんどん崩れていく・・・・・・・・・・


「まぁまぁ、お兄ちゃん・・・・

 ねぇ、二人とも、あの踊りはずいぶん練習したみたいね?」


「うん! さくらちゃんとたくさんガンバったんだよー」


 チーカマを持ったままVサインするつばさ。

 親父と話しこんでた鳥倉おじさんが、体ごとこっちを向いた。


「それそれ。昼から気になってたんだ。

 つばさ、いつ練習していたんだ?」


「んっふふ〜♪ パパもびっくりしたでしょ?

 晩ゴハンのあと、つばさの部屋で練習してたんだー」


「あぁ、それでここ最近、テレビも見ないで二階に上がってたわけか」


「・・・・美乃里は知ってたな」


 キムチを摘んだ親父が言うと、美乃里さんはウインクで応じた。


「ヒミツにして〜って言われてたから」


「それじゃあ衣装も−」


「ええ、その通り☆ みんなの居ないお昼に、さくらまるちゃんと縫ったの」


「いやはや・・・・・・・・・見事にしてやられたなぁ」


「まったくだ」


 苦笑いする親父と鳥倉おじさんを見て、つばさと美乃里さんとさくらまる、三人が顔を見合わせてにっこりした。

 と、つばさがこっちを向いた。


「ねーねー、お兄ちゃん」


「ん?」


「お兄ちゃんは? つばさ、どうだった?」


 瞳をきらきらさせて、つばさが訊いてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、そうだな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(じいーっ)


「・・・・・・・・・・・・・ん〜と・・・・・・・・・・すっげー驚いたし・・・・・・・・・・・・

 あと、ちょっとは可愛かったかな」


 語尾を濁しつつ髪をくしゃくしゃ撫でると、つばさは満面に笑みを浮べた。


「お兄ちゃん、ありがと〜っ♪」


「あ、おいっ」


 つばさがむきゅ〜っと腰に抱きついてきた。


「つばさちゃん、良かったわね〜」


「まこと祝着(しうちゃく)にござりまする」


「うんっっ♪♪」


 つばさの奴、心底しあわせそうな顔ではしゃいでいやがる。


「お兄ちゃんに見てもらいたくて、ガンバったんだもんね〜?」


「えへへへへへへ〜♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「んふふふふ〜〜♪♪」


 う〜、恥ずかしいぞ、これは・・・・・・・・・


 さっさと話を変えよう。


「あー、さくらまるもご苦労さん。今回はつばさが世話になったな」


「これは勿体無きお言葉、恐れ入りまする。ごしゅじんさま」


 さくらまるが頭を下げる。


「お神楽って、もっと堅苦しいもんだと思ってたけど、案外そうでもなかったな」


「そうね。二人の掛け合いとか、ウケてたし」


 親父から掠め取ったもろきゅうをポリポリ食べながら、フー子が口を挟んだ。


「あの踊り、歌詞と振り付けはさくらまるさんが?」


 そう訊ねたのは九重さん。日本舞踊の名取(なとり)だけあって、お化け騒ぎよりも踊りに興味があるんだろう。


「大方は左様にござります。所によりて御台所(みだいどころ)様の仰せに従ひ、改めましてござりまするが」


「つばさちゃんの?」


「うん!」


 九重さんが顔を向けると、つばさが変えた箇所をいくつか挙げた。


「つまんなかったトコとか−、セリフが言い辛いな〜って思ったトコとか−」


「つまんないって・・・・おいおい」


 仮にも神様に奉納するのに、それでいいのか。


「構ひなき事にござります。神遊びは客人神(まらうとがみ)の喜ぼふを良しとするものゆゑ」


「てことは、昼間のバケモン・・・じゃなくて神様は、満足したわけだ」


「はい、ごしゅじんさま。

 "久しう心ゆきたり(久しぶりに満足した)"と、

 母が言伝(ことづ)けて参りました」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」































 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 誰が、何だって?



「はて、皆様、いかがなさりましたでしょうや?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 全員、がっちり凝固してる。


 最初に硬直の解けた俺が、さくらまるに訊ねた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさ、さくらまる」


「はい、ごしゅじんさま」


「今、"母"って言葉が聞こえたんだけど・・・・・・・・・・・・


 俺の気のせいかなぁ・・・・」


「いえ、空音(そらね)ではござりませぬが」


 それが何か?と言わんばかり。


「つまり・・・・・・・・あれだ。

 昼に見たのは、さくらまるの・・・・・・・」


 恐る恐る伺う俺に、彼女はあっさり言ってのけた。


「母にござります♪」


「「「母!!??」」」


「申し遅れましたが、"高峯花別開媛命(たかみねの はなの わけひらかす ひめのみこと)"と名乗りて、豊後の杜に根足り−」

「さくらまるちゃん!!」


 さくらまるに最後まで言わせず、美乃里さんが猛然と立ち上がった。

 突然の大声にさくらまるがビクリとする。


「どうしてそういう大事な事を教えてくれないのっ!!!」


 げっ。

 美乃里さん、血相が変わってる。


「も、申し訳ござりませぬ、母御前(ははごぜ)様・・・・」


「まあまあまあまあまあ! なんて恥ずかしいコトでしょう! 

 大事なお嬢さんを預かっておきながら、ろくにご挨拶も、おもてなしもしなかったなんて・・・・・」


「・・・・・・・・・・はい?


 怒ったのかと思いきや、いきなりオロオロし始める。


「やっぱり遅くなっても御進物を届けなきゃ失礼よね・・・・・・・・・」


 御進物?


 失礼・・・・?


「でも直接わたすこともできないし・・・・・・あ、神社に納めればいいのかしら」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのー、美乃里さん」


 そういう問題じゃないんじゃないかと−


「それともこういう事は氏神様の神主さんに相談するほうが・・・・・」


「それだけは絶対にやめましょう」


 キ○ガイ扱いされるのがオチです。


 親父を見やると、鳥倉おじさんとガン首を揃えて横に振る。


 ・・・・・・・・・・うーむ。


 放っといたほうが良さそうだ。


 そうして、美乃里さんの「どうしましょう、どうしましょう?」は、パーティーが終わるまで延々と続くのだった・・・・・・・・






「−ところで、さくらまる」


「はい、ごしゅじんさま」


「なんで母親を呼んだんだ?」


 九州くんだりから、よりにもよって体育祭の日に。

 おかげで学園は大騒ぎだ。


 するとさくらまるは、いつものノホホン顔で応じた。


「それは"学園便り"なる瓦版(かはらばん)に、

『ご家族ご近所様ほか、皆様お誘い合わせの上、ぜひお越し下さい』

と記してござりましたので・・・・


 母に知らせたれば、"では妾(わらは)も参らむ"と」


「人間用の招待状で神様を召喚すんなー!」


「はうぅ〜〜っ」










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