「「「おつかれさまーっ!」」」
合唱とともにグラスが打ち合わされた。
今夜の日枝家には、ウチの家族はもちろん、つばさと鳥倉おじさんにフー子や九重さんも勢ぞろい。
体育祭の打ち上げを兼ねた、さくらまるの歓送パーティーだ。
主賓のさくらまるが長椅子の真ん中に陣取り、両脇がフー子と俺。向かいに九重さんと美乃里さん。
応接セットからあぶれた鳥倉おじさんと親父は、和室から持って来た座布団を敷き、将棋盤を座卓代わりに日本酒を酌み交わしている。
・・・・え? つばさ?
あいつ今になってもまだ「ホントにお休みしちゃうの〜?」なんてグズるんで、さくらまるにくっ付けて大人しくさせる事にした。
というわけで、つばさはさくらまるの膝の上にいる。
「さくらまるちゃん、半年間ありがとう。来年もよろしくね?」
「お疲れさん〜」
「お疲れ様でした・・・・」
みなが口々に労(ねぎら)いの言葉をかける。
鳥倉おじさんと親父も盃をこっちに向けた。
「いろいろ世話になったな、さくらまる」
「ウチもだ。さくらまるのおかげで庭が生き返ったよ。ありがとう」
「をいや、過分のお言葉をいただきまして、まこと恐悦の至りに存じます。
さくらまる、深切(しんせつ)にお礼を申し上げまする」
つばさを抱っこしたまま、頭を下げるさくらまる。
その髪はすっかり色落ちして、庭の桜と同じ枯葉色になっている・・・・
ちょっとしんみりした空気になりかけた所で、フー子がぷはーっと息を吐いた。
飲み干したグラスをテーブルに落とし、さも満足そうに頷く。
「あ〜美味し。今日は楽しかったねー、日枝」
「・・・・・・・どこがだよ」
「にまっ」と笑いかけるフー子に、俺は半目で見返した。
「お前のせいでフクロになりかけたぞ」
全生徒&教職員を相手にした鬼ごっこは、フー子の正確無比な射撃が邪魔になって難易度倍増、危うく暴徒に絡め捕られるところだった。
ナイトの衣装なんてずたぼろだ。
「人気者はツライね〜♪ よっ、特別賞ッ」
「ふざけんな! 特別賞って晒し首のコトじゃねーか!」
「まぁまぁ、いいじゃない、お兄ちゃん。スタジアム中の視線を集めてたわよ?」
いや、集めたのは視線じゃなくて邪悪な何かだと思う。
「・・・・・・・・つか、美乃里さん、それ本気っすか」
俺が口を尖らすと、テーブルの向こうで美乃里さんが大らかな笑みを浮べた。
「せっかくの打ち上げパーティーなんだから、そう怒らないの。
無事だったんだから、ね?」
「・・・・・・・・・・・・・まったく・・・・・・・・」
無事じゃなかったらどうしたのやら。
腹立ち紛れに、グラスの中身(レモンスカッシュ)を一気にあける。
フォークを逆手に持って皿をざくざく突いてると、向かい側からペットボトルが延びてきた。
「お替り、どうぞ?」
顔を上げると、九重さん。
いつもなら帰らなきゃいけない時間だけど、今日は特別に門限を延長してもらい、パーティーに付き合ってくれてる。
「お疲れ様・・・・・・大変だったね?」
「そう言ってくれんのは九重さんだけだよ」
九重さんはくすりと笑って、ジュースを注いでくれた。
「ありがと。九重さんもお疲れ様だね」
「うん」
「日本舞踊・・・・・"ヤシマオチ"って言ったっけ? 名演技に見とれちゃったよ」
「・・・・・・・・・・・ありがとう」
相変わらず褒め言葉に弱い九重さんが、ほんのり頬を染める。
「とっても恥ずかしかったけど・・・・・・・・・ 日枝クンが見てたから、頑張ったの」
「え?」
後半がよく聞こえなかった。
「あ、えっと・・・そう言ってもらえて良かった、って・・・・」
「う、うん」
九重さんの、いつもより幼げな声色にちょっとだけドキドキしながら、注いでもらったジュースに口をつける。
その仕草のどこが面白いのか、九重さんは嬉しそうな顔で俺を見つめた。
「・・・・・なに、九重さん」
「う、ううんっ☆
・・・・・・・あの、日枝くん、唐揚げいる?」
「ん、欲しいかな・・・・どーも」
「どういたしまして♪」
「なに、おキヨ。日枝を餌付けしてんの?」
「え、餌付けって、フー子ちゃん・・・・」
「こいつニワトリ頭だから、餌やっても三歩あるいたら忘れちゃうよ」
「おーまーえーなー」
雰囲気ぶち壊し・・・・
追加の食べ物を持って美乃里さんが居間に戻ると、神楽歌(かぐらうた)・・・・昼の巫女踊りの話になった。
「さくらまる。向こうのサラダちょうだい。
・・・・じゃあなに、二人とも何か"出る"って知ってたわけ?」
「さくらちゃんがそう言ってたから−」
さくらまるの膝の上でつばさが頷く。チーカマを両手で持ち、ちびちび齧る様子は、ドングリを頬張るリスみたいだ。
さくらまるは木のスプーンでマカロニサラダを取り分けながら、さも当然という口調で応じた。
「神楽は神遊びとも申します。
其は八百万(やほよろづ)の神々を饗応(きょうおう)し、神々と共に楽しぶものなれば、神の降りぬで神遊びと申せましょうや?」
「なるほど〜。言われてみればそうよねぇ」
「美乃里さん、納得しちゃうんですか・・・・」
「だってお兄ちゃん、さくらまるちゃんの言う通りでしょう?」
「いや、それはそうかもしれないけど、そうじゃないっつーか・・・・・・」
だって、お神楽でホントに神様が出たなんて話、他に聞いたことないぞ。
さくらまるが来て以来、今までの常識がどんどん崩れていく・・・・・・・・・・
「まぁまぁ、お兄ちゃん・・・・
ねぇ、二人とも、あの踊りはずいぶん練習したみたいね?」
「うん! さくらちゃんとたくさんガンバったんだよー」
チーカマを持ったままVサインするつばさ。
親父と話しこんでた鳥倉おじさんが、体ごとこっちを向いた。
「それそれ。昼から気になってたんだ。
つばさ、いつ練習していたんだ?」
「んっふふ〜♪ パパもびっくりしたでしょ?
晩ゴハンのあと、つばさの部屋で練習してたんだー」
「あぁ、それでここ最近、テレビも見ないで二階に上がってたわけか」
「・・・・美乃里は知ってたな」
キムチを摘んだ親父が言うと、美乃里さんはウインクで応じた。
「ヒミツにして〜って言われてたから」
「それじゃあ衣装も−」
「ええ、その通り☆ みんなの居ないお昼に、さくらまるちゃんと縫ったの」
「いやはや・・・・・・・・・見事にしてやられたなぁ」
「まったくだ」
苦笑いする親父と鳥倉おじさんを見て、つばさと美乃里さんとさくらまる、三人が顔を見合わせてにっこりした。
と、つばさがこっちを向いた。
「ねーねー、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんは? つばさ、どうだった?」
瞳をきらきらさせて、つばさが訊いてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、そうだな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(じいーっ)
「・・・・・・・・・・・・・ん〜と・・・・・・・・・・すっげー驚いたし・・・・・・・・・・・・
あと、ちょっとは可愛かったかな」
語尾を濁しつつ髪をくしゃくしゃ撫でると、つばさは満面に笑みを浮べた。
「お兄ちゃん、ありがと〜っ♪」
「あ、おいっ」
つばさがむきゅ〜っと腰に抱きついてきた。
「つばさちゃん、良かったわね〜」
「まこと祝着(しうちゃく)にござりまする」
「うんっっ♪♪」
つばさの奴、心底しあわせそうな顔ではしゃいでいやがる。
「お兄ちゃんに見てもらいたくて、ガンバったんだもんね〜?」
「えへへへへへへ〜♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「んふふふふ〜〜♪♪」
う〜、恥ずかしいぞ、これは・・・・・・・・・
さっさと話を変えよう。
「あー、さくらまるもご苦労さん。今回はつばさが世話になったな」
「これは勿体無きお言葉、恐れ入りまする。ごしゅじんさま」
さくらまるが頭を下げる。
「お神楽って、もっと堅苦しいもんだと思ってたけど、案外そうでもなかったな」
「そうね。二人の掛け合いとか、ウケてたし」
親父から掠め取ったもろきゅうをポリポリ食べながら、フー子が口を挟んだ。
「あの踊り、歌詞と振り付けはさくらまるさんが?」
そう訊ねたのは九重さん。日本舞踊の名取(なとり)だけあって、お化け騒ぎよりも踊りに興味があるんだろう。
「大方は左様にござります。所によりて御台所(みだいどころ)様の仰せに従ひ、改めましてござりまするが」
「つばさちゃんの?」
「うん!」
九重さんが顔を向けると、つばさが変えた箇所をいくつか挙げた。
「つまんなかったトコとか−、セリフが言い辛いな〜って思ったトコとか−」
「つまんないって・・・・おいおい」
仮にも神様に奉納するのに、それでいいのか。
「構ひなき事にござります。神遊びは客人神(まらうとがみ)の喜ぼふを良しとするものゆゑ」
「てことは、昼間のバケモン・・・じゃなくて神様は、満足したわけだ」
「はい、ごしゅじんさま。
"久しう心ゆきたり(久しぶりに満足した)"と、
母が言伝(ことづ)けて参りました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰が、何だって?
「はて、皆様、いかがなさりましたでしょうや?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全員、がっちり凝固してる。
最初に硬直の解けた俺が、さくらまるに訊ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさ、さくらまる」
「はい、ごしゅじんさま」
「今、"母"って言葉が聞こえたんだけど・・・・・・・・・・・・
俺の気のせいかなぁ・・・・」
「いえ、空音(そらね)ではござりませぬが」
それが何か?と言わんばかり。
「つまり・・・・・・・・あれだ。
昼に見たのは、さくらまるの・・・・・・・」
恐る恐る伺う俺に、彼女はあっさり言ってのけた。
「母にござります♪」
「「「母!!??」」」
「申し遅れましたが、"高峯花別開媛命(たかみねの はなの わけひらかす ひめのみこと)"と名乗りて、豊後の杜に根足り−」
「さくらまるちゃん!!」
さくらまるに最後まで言わせず、美乃里さんが猛然と立ち上がった。
突然の大声にさくらまるがビクリとする。
「どうしてそういう大事な事を教えてくれないのっ!!!」
げっ。
美乃里さん、血相が変わってる。
「も、申し訳ござりませぬ、母御前(ははごぜ)様・・・・」
「まあまあまあまあまあ! なんて恥ずかしいコトでしょう!
大事なお嬢さんを預かっておきながら、ろくにご挨拶も、おもてなしもしなかったなんて・・・・・」
「・・・・・・・・・・はい?」
怒ったのかと思いきや、いきなりオロオロし始める。
「やっぱり遅くなっても御進物を届けなきゃ失礼よね・・・・・・・・・」
御進物?
失礼・・・・?
「でも直接わたすこともできないし・・・・・・あ、神社に納めればいいのかしら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのー、美乃里さん」
そういう問題じゃないんじゃないかと−
「それともこういう事は氏神様の神主さんに相談するほうが・・・・・」
「それだけは絶対にやめましょう」
キ○ガイ扱いされるのがオチです。
親父を見やると、鳥倉おじさんとガン首を揃えて横に振る。
・・・・・・・・・・うーむ。
放っといたほうが良さそうだ。
そうして、美乃里さんの「どうしましょう、どうしましょう?」は、パーティーが終わるまで延々と続くのだった・・・・・・・・
「−ところで、さくらまる」
「はい、ごしゅじんさま」
「なんで母親を呼んだんだ?」
九州くんだりから、よりにもよって体育祭の日に。
おかげで学園は大騒ぎだ。
するとさくらまるは、いつものノホホン顔で応じた。
「それは"学園便り"なる瓦版(かはらばん)に、
『ご家族ご近所様ほか、皆様お誘い合わせの上、ぜひお越し下さい』
と記してござりましたので・・・・
母に知らせたれば、"では妾(わらは)も参らむ"と」
「人間用の招待状で神様を召喚すんなー!」
「はうぅ〜〜っ」