『え−・・・・・・・次はMVPの発表です・・・・』
どよ〜んとした空気の漂う学園スタジアム。
疲れきったアナウンスが痛々しい。
もっとも、アナウンサーの気だるげな仕事を注意できるような役職者はいない。
教職員は一人残らずぐったりして、ほとんど気力だけで立ってる様子。年かさの先生は立つ余力もなく、椅子に座り込んでいる。
そして事の元凶(の一人)は・・・・・・・・
「フ〜ンフンフン♪ みゃ〜センパイ、プリンセス賞もらうの誰だろーねー」
「誰だろうな・・・・・」
「ふっふーん♪」
「つばさ、もう少し大人しく」
「はーい」
・・・・・鼻歌なんぞを歌っていた。
"あれ"が消えた直後−
どわああああああああああああああああああああっっっ!!!
『皆さん静粛に! 落ち着いてっ、落ち着いて下さーい!!』
アナウンサーの金切り声の呼びかけは、一切効果なしだった。
スタジアムにいた者は一人残らず、たった今自分達の見たモノについて、誰彼かまわず話しかけては、夢か幻かと騒いでいる。
実家はお寺という国語教師が般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱え、
気の弱い職員や生徒が失神し、
倒れた者を担ぎこんだ救護テントでは、
敬虔なクリスチャンである保健医が"イエスの御母(おんはは) 聖マリア・・・"と唱(とな)えながら、
聖水(消毒用アルコール)を四方にぶちまけていた・・・・・
混乱を収拾するのに約一時間。
競技を再開するまでさらに三十分。
今年の体育祭は、予定を大幅に省略して閉会式を迎えることになった・・・・
『以上でMVP賞の授与を終わります・・・・』
騎馬戦で最多の首級(ハチマキ)を取ったAチームの男子が、金メダルを胸に躍らせて演壇から降りていく。
未だ体力の残ってるそいつは例の巫女踊りの時、幸ウンにも便所の個室で唸っていたらしい。
おかげで体力を浪費せず、騎馬戦で大活躍できたわけだ。
俺と斗坂は、チームを代表する者として演壇に最も近い場所に立ちながら、ひそひそと言葉を交わした。
「日枝くん、いよいよですわね」
「いよいよも何も、俺らにゃ関係ないだろ」
プリンセス公演に参加してないんだから。
「もう・・・・
夢くらい見てもよろしいんじゃなくて?」
「夢ならさっき見たろ」
悪夢だけどな。
『次はプリンセス賞の発表です・・・・・・が、
ここで審査委員長よりお知らせがあります』
いつもと違うアナウンスに会場がざわついた。
来賓席の隅で丸まってた爺さん先生がふらりと立ち上がり、注目の中、よたよたと演壇に上がる。
「えー・・・・・・・・・・こほん。
実は皆さんに残念なお知らせをせねばなりません」
ざわっ。
察しのいい連中はそれだけで何かを感じたらしく、周りの袖を引く。
委員長爺さんは多少の雑音を気にもとめず、たんたんと言葉を続けた。
「プリンセス審査でありますが・・・・
諸々の事情で昼の公演が中断されたため、公平を期して本年度は該当者なしとします」
チームの最前列に立つプリンセスが数人、ガクリと肩を落とした。
「「 BOOO BOOOOOOOOOO ! ! ! 」」
どよめきの中でブーイングしたのはB組やF組、I組の生徒。いずれも公演が好評だったチームだ。
「おほん! 連絡事項がもう一つ。
さきほどの審査会議で決定したのですが−」
ここで審査委員長は、つばさにちらりと目をやった。
「今後の公演では、祈祷、読経、神楽の類(たぐい)を一切禁止とします」
「え〜っ?」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
つばさ他ごくごく一部の者を除いた、全生徒、全参観者、全教職員が、沈黙をもってこの決定に賛意を示した。
そりゃあ、二度と"あんなの"に出てこられたくないもんなー・・・・・
話が終わると、委員長の爺さんは危なっかしい足取りで演壇から離れていった。
『以上でプリンセス賞の授与・・・じゃなくて、今回は該当者なしとゆーことで、よろしく終わります』
・・・・・・地が出てるぞ、アナウンサー。
斗坂が溜め息を吐いた。
「該当者なしなんて、残念・・・・」
「お前まさか、本気で狙ってたのか」
「あら、女なら当然じゃなくて?」
女じゃねーだろ。
俺は内心でツッコミをいれ、大きく息を吐いた。
審査委員長が席に戻り、ざわつきが少しずつおさまる。
スピーカーから空咳がした。
『最後に、学園理事会 特別賞の授与です』
プリンセス賞がなくなって思いっきり盛り下がった会場を、耳慣れない言葉が流れた。
斗坂が囁く。
「日枝くん、特別賞ってなに」
「知らん。初耳だ」
「進行表に載ってなかったはずだけれど−」
私語の増えたスタジアムを放送がただす。
『皆さん、静粛に。
学園理事会 特別賞は、体育祭で特別な働きを見せた者に対して、
理事長の発議に基(もと)づき学園理事会の総意で贈るものです』
一度アナウンサーは言葉を切って、『過去十五年で二度しか贈呈されていません』と、少し浮ついた調子で付け加えた。
「理事長!?」
「特別な働きだってさ・・・」
背後から呟きが聞こえてくる。
『今年度の体育祭において、格別に整った挙措(きょそ)と衣装で衆目を惹きつけ、
素晴らしい演技で大いに盛り上げてくれた者達がいました。
・・・・特別賞はその二人に贈られます』
観客から感心の声が洩れる。
「ねぇ、これはつばさちゃん達の事かしら?」
「たぶん」
該当するような者、しかも二人組といったら、あいつらしかいない。
・・・・・"盛り上げた"という言葉に疑問が残るけど。
辺りを見ると、きょとんとしたつばさを皆が見てる。考えることは同じってわけだ。
『その二人は、栄えある我らが体育祭において、思いもよらない方法で伝統に挑戦してくれました』
「・・・・・え」
ざわっ。
なんだって・・・・?
『審査委員会に油断があった事は、恥ずかしながら事実です。
とはいえ、今回のような迷惑千万の奇行を許しては、
これからの運営に支障をきたします』
ざわわっ。
穏やかとは言えない物言いに、聴衆が戸惑いと、幾分か抗議の意味をこめた声をあげた。
E組に目をやると、全然わかってないつばさはともかく、ナイトの武中先輩が顔を強張(こわば)らせている。
『つーわけで、まんまとウチラをコケにしやがった二人・・・・・・
前に出ろや』
ざわざわざわざわ・・・・
高まっていくざわめきを圧して、自制心のカケラも感じさせない乱暴な怒声が、スピーカーを割った。
『そこの男子二人っ!
聞こえねーのか!?
お前らだよ!
A組プリンセスの斗坂啓多とナイト日枝!!!』
「「 」」
↑
空白
文字通り"言葉がなかった"。
数千人からの視線を浴びる俺達。
全身からぞわぞわと冷や汗がにじみ出る・・・・・・
あちこちから私語が溢れ出した。
全員が正解にたどりつくまで、そう時間はかからない。
「オイ、今、なんつった!」
「男子二人・・・・?」
「プリンセス"けーた"だって−」
「男子二人でプリンセスとナイト!?」
「もしかして・・・・」
「まさかプリンセス−」
「「「 お と こ ? 」」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「男ぉ〜〜っっ!!??」」」
だっっっ!!!
俺はグラウンドを蹴った。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!
『こんガキ! 逃げんなオッラァァァァァ!』
「あっ、日枝、待ってよー!」
待ってられっか!
『学園内の全員に緊急オーダー! そこの悪童(アクタレ)二名を捕縛せよ!
学園内で捕まえた生徒には食券100枚!!
教職員は冬のボーナス10%アップだー!!』
どわっっっ!!!???
「マジかよ!!」
『こいつぁ理事長のお墨付きだ!
Hey you,chaps ! !
Let's hunt down'em ! ! ! 』
(さぁテメーら、ヤっちまいな!!!)
「「「「うおおおおおおっっっっ!!!!」」」」
漆黒の歓声が轟き、スタジアムが全参加者の邪念に揺らぐ。
「シャレになんね−−−−−−−−−−っっ!!」
学園全部を敵にまわした、命がけの追いかけっこが始まった。