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ついんLEAVES

第七回 9








『え−・・・・・・・次はMVPの発表です・・・・』


 どよ〜んとした空気の漂う学園スタジアム。

 疲れきったアナウンスが痛々しい。

 もっとも、アナウンサーの気だるげな仕事を注意できるような役職者はいない。

 教職員は一人残らずぐったりして、ほとんど気力だけで立ってる様子。年かさの先生は立つ余力もなく、椅子に座り込んでいる。

 そして事の元凶(の一人)は・・・・・・・・


「フ〜ンフンフン♪ みゃ〜センパイ、プリンセス賞もらうの誰だろーねー」


「誰だろうな・・・・・」


「ふっふーん♪」


「つばさ、もう少し大人しく」


「はーい」


 ・・・・・鼻歌なんぞを歌っていた。












 "あれ"が消えた直後−


 どわああああああああああああああああああああっっっ!!!


『皆さん静粛に! 落ち着いてっ、落ち着いて下さーい!!』


 アナウンサーの金切り声の呼びかけは、一切効果なしだった。

 スタジアムにいた者は一人残らず、たった今自分達の見たモノについて、誰彼かまわず話しかけては、夢か幻かと騒いでいる。

 実家はお寺という国語教師が般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱え、

 気の弱い職員や生徒が失神し、

 倒れた者を担ぎこんだ救護テントでは、

 敬虔なクリスチャンである保健医が"イエスの御母(おんはは) 聖マリア・・・"と唱(とな)えながら、

 聖水(消毒用アルコール)を四方にぶちまけていた・・・・・





 混乱を収拾するのに約一時間。





 競技を再開するまでさらに三十分。





 今年の体育祭は、予定を大幅に省略して閉会式を迎えることになった・・・・

















『以上でMVP賞の授与を終わります・・・・』


 騎馬戦で最多の首級(ハチマキ)を取ったAチームの男子が、金メダルを胸に躍らせて演壇から降りていく。

 未だ体力の残ってるそいつは例の巫女踊りの時、幸ウンにも便所の個室で唸っていたらしい。

 おかげで体力を浪費せず、騎馬戦で大活躍できたわけだ。


 俺と斗坂は、チームを代表する者として演壇に最も近い場所に立ちながら、ひそひそと言葉を交わした。


「日枝くん、いよいよですわね」


「いよいよも何も、俺らにゃ関係ないだろ」


 プリンセス公演に参加してないんだから。


「もう・・・・

 夢くらい見てもよろしいんじゃなくて?」


「夢ならさっき見たろ」


 悪夢だけどな。


『次はプリンセス賞の発表です・・・・・・が、

 ここで審査委員長よりお知らせがあります』


 いつもと違うアナウンスに会場がざわついた。

 来賓席の隅で丸まってた爺さん先生がふらりと立ち上がり、注目の中、よたよたと演壇に上がる。


「えー・・・・・・・・・・こほん。

 実は皆さんに残念なお知らせをせねばなりません」


 ざわっ。


 察しのいい連中はそれだけで何かを感じたらしく、周りの袖を引く。

 委員長爺さんは多少の雑音を気にもとめず、たんたんと言葉を続けた。


「プリンセス審査でありますが・・・・

 諸々の事情で昼の公演が中断されたため、公平を期して本年度は該当者なしとします」


 チームの最前列に立つプリンセスが数人、ガクリと肩を落とした。


「「 BOOO BOOOOOOOOOO ! ! ! 」」


 どよめきの中でブーイングしたのはB組やF組、I組の生徒。いずれも公演が好評だったチームだ。


おほん! 連絡事項がもう一つ。

 さきほどの審査会議で決定したのですが−」


 ここで審査委員長は、つばさにちらりと目をやった。


「今後の公演では、祈祷、読経、神楽の類(たぐい)を一切禁止とします」


「え〜っ?」


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」


 つばさ他ごくごく一部の者を除いた、全生徒、全参観者、全教職員が、沈黙をもってこの決定に賛意を示した。


 そりゃあ、二度と"あんなの"に出てこられたくないもんなー・・・・・


 話が終わると、委員長の爺さんは危なっかしい足取りで演壇から離れていった。


『以上でプリンセス賞の授与・・・じゃなくて、今回は該当者なしとゆーことで、よろしく終わります』


 ・・・・・・地が出てるぞ、アナウンサー。


 斗坂が溜め息を吐いた。


「該当者なしなんて、残念・・・・」


「お前まさか、本気で狙ってたのか」


「あら、女なら当然じゃなくて?」


 女じゃねーだろ。


 俺は内心でツッコミをいれ、大きく息を吐いた。

 審査委員長が席に戻り、ざわつきが少しずつおさまる。

 スピーカーから空咳がした。


『最後に、学園理事会 特別賞の授与です』


 プリンセス賞がなくなって思いっきり盛り下がった会場を、耳慣れない言葉が流れた。

 斗坂が囁く。


「日枝くん、特別賞ってなに」


「知らん。初耳だ」


「進行表に載ってなかったはずだけれど−」


 私語の増えたスタジアムを放送がただす。


『皆さん、静粛に。

 学園理事会 特別賞は、体育祭で特別な働きを見せた者に対して、

 理事長の発議に基(もと)づき学園理事会の総意で贈るものです』


 一度アナウンサーは言葉を切って、『過去十五年で二度しか贈呈されていません』と、少し浮ついた調子で付け加えた。


「理事長!?」

「特別な働きだってさ・・・」


 背後から呟きが聞こえてくる。


『今年度の体育祭において、格別に整った挙措(きょそ)と衣装で衆目を惹きつけ、

素晴らしい演技で大いに盛り上げてくれた者達がいました。


 ・・・・特別賞はその二人に贈られます』


 観客から感心の声が洩れる。


「ねぇ、これはつばさちゃん達の事かしら?」


「たぶん」


 該当するような者、しかも二人組といったら、あいつらしかいない。

 ・・・・・"盛り上げた"という言葉に疑問が残るけど。


 辺りを見ると、きょとんとしたつばさを皆が見てる。考えることは同じってわけだ。


『その二人は、栄えある我らが体育祭において、思いもよらない方法で伝統に挑戦してくれました』


「・・・・・え」


 ざわっ。


 なんだって・・・・?


『審査委員会に油断があった事は、恥ずかしながら事実です。

 とはいえ、今回のような迷惑千万の奇行を許しては、

 これからの運営に支障をきたします』


 ざわわっ。


 穏やかとは言えない物言いに、聴衆が戸惑いと、幾分か抗議の意味をこめた声をあげた。

 E組に目をやると、全然わかってないつばさはともかく、ナイトの武中先輩が顔を強張(こわば)らせている。


『つーわけで、まんまとウチラをコケにしやがった二人・・・・・・


 前に出ろや』


 ざわざわざわざわ・・・・


 高まっていくざわめきを圧して、自制心のカケラも感じさせない乱暴な怒声が、スピーカーを割った。


『そこの男子二人っ!




聞こえねーのか!?




 お前らだよ!




 A組プリンセスの斗坂啓多ナイト日枝!!!』 





























「「                   」」

空白


 文字通り"言葉がなかった"。

 数千人からの視線を浴びる俺達。

 全身からぞわぞわと冷や汗がにじみ出る・・・・・・


 あちこちから私語が溢れ出した。

 全員が正解にたどりつくまで、そう時間はかからない。


「オイ、今、なんつった!」

「男子二人・・・・?」

「プリンセス"けーた"だって−」

「男子二人でプリンセスとナイト!?」

「もしかして・・・・」

「まさかプリンセス−」









「「「 お と こ ? 」」」






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」









「「「男ぉ〜〜っっ!!??」」」


 だっっっ!!!


 俺はグラウンドを蹴った。


 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!


『こんガキ! 逃げんなオッラァァァァァ!』


「あっ、日枝、待ってよー!」


 待ってられっか!


『学園内の全員に緊急オーダー! そこの悪童(アクタレ)二名を捕縛せよ!


 学園内で捕まえた生徒には食券100枚!!


 教職員は冬のボーナス10%アップだー!!』


 どわっっっ!!!???


「マジかよ!!」


『こいつぁ理事長のお墨付きだ!


Hey you,chaps ! !


Let's hunt down'em ! ! ! 』
(さぁテメーら、ヤっちまいな!!!)


「「「「うおおおおおおっっっっ!!!!」」」」


 漆黒の歓声が轟き、スタジアムが全参加者の邪念に揺らぐ。


「シャレになんね−−−−−−−−−−っっ!!」


 学園全部を敵にまわした、命がけの追いかけっこが始まった。








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