演壇の中央に、腕の長さほどの間を空けて並ぶつばさとさくらまる。 二人が伸ばした右腕を「 すーっ 」と上げると、観客のざわめきがおさまっていく。 観客が落ち着くと、即席巫女たちは顔を見合わせ、こくりと頷いた。
そして、息を揃えて第一声。
「「 庭燎(かがり)を焚きて 天津神(あまつかみ)の神座(みくら)を照らさん 」」
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ぼう・・・・・・
二人の背後に明々と灯る松明が現れた・・・・ように感じた。
むろん錯覚だ。
ちっこいほうの巫女、つばさが紅を引いた唇を開く。 つばさの声質と高性能マイクの相乗効果で、小さな声でもスタジアム全域によく通る。
「み山には あられ降るらし と山なる・・・」
と、つばさがふっと息を吐く。続きをさくらまるが引き受けた。
「まさきの加津良(かづら) 色づきにけり~ 色づけきにけり~」
しゃあーん!
清らかな鈴の音が、マイクもないのに高々と響いた。
「うっわー・・・・・・・・・」
スクリーンと演壇を交互に眺めつつ、フー子が呟いた。
「けっこう本格的じゃない」
「本格的っつーか、ホンモノ・・・・」
奉納される側のさくらまるが演じてるのがビミョーだけど。
「しっ! 二人とも静かに」
美乃里さんに注意されてしまった。
二人がゆるゆると動きはじめる。
「若き我は~ みやびもしらず 父が方
母が方とも 神ぞ知るらむ~」
「みな人の しでは栄ゆる 於保那保見(おほなほみ)~
いざ我がともに 神の坂まで~」
どうやら二人の台詞(セリフ)は、つばさが先でさくらまるが後と決まってるようだ。
しゃん、しゃーん!
ひときわ高く鈴が鳴った。
「千歳(せんざい) 千歳 千歳や
せざいやちとせの 千歳や」
「万歳(まんざい) 万歳 万歳や
まざやよづよの 万歳や」
「なお千歳♪」
「なほ万歳♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・語尾に余計なモンがついてないか?
「千歳 千歳 千歳や 千歳やちとせの 千歳やぁ!」
「万歳 万歳 万歳や 万歳やよろづよの 万歳やー♪」
だんだんアップテンポになってきた。
「いづれども泊まり?」 「かの崎 越えて」
「み山のこつづら?」 「くれくれ こつづら」
正対した二人が行う言葉のキャッチボール。 台詞にあわせてテンポよく鈴を鳴らす。
「あかがり踏むな 後なる子?」 「我も目は有り 先なる子」
「舎人(とねり)こそう 後こそう」 「我もこそう 後こそう!」
にこりと笑って二人とも、肩を並べてスクリーンを指す。
「あっちの山 せ山?」 「せ山や せ山♪」
フー子にちょんちょんと肘を突付かれた。見入ってる美乃里さんをはばかって、こそこそと耳を寄せてくる。
「ちょっとノリが良すぎない」 「同感」
二人とも楽しそうで、歌詞が意味不明なこと以外、とても御神楽に見えない。 あれじゃカラオケのデュエットだ。
「谷から行かば 尾から行かんー」 「尾から行かば 谷から行かむー」
「これから行かば かれから行かんー!」 「かれから行かば これから行かむー!」
お互いにぷんと顔を背けると、あちこちからクスクス笑いが洩れた。
くるりと回って鈴を一鳴らし。
しゃん!
笑顔に戻って顔を寄せあう。
「このえの♪」 「かみのね♪」
「ゆす♪」
「すす♪」
「谷から♪」 「尾から♪」
「あふ!」
「ひは!」
「おっけ あっちめ♪」
「於介 安知女~(おけ あちめ~)♪」
「おっけ おっわりっ」
しゃん!!
ぴったり息をあわせて二つの鈴が鳴った。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・・・・・・・・・・
「やるじゃないか、二人とも」
「つばさちゃん、いつ練習してたんだ?」
「わたしも知らないよ」
鳥倉おじさんと親父が、感心しきりの様子で話す。
「お二方ともお静かにね。次が最後の歌よ」
つばさたちは最初の立ち位置に戻った。 再び、さっきまでと正反対の、おごそかな動きに戻る。
「すべ神は よき日まつりつ 明日よりは~
八百万代(やおよろずよ)を 祈るばかりぞ~」
「すべ神の~ けさの神上(かみあげ)にあふ人は~」
ちとせの命 有りといふなり~」
しゃーん!!
勢いよく振り上げた鈴が派手な音をたてた。 二人そろって天を仰ぐ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
天を仰いで-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
仰いだまま-
一人、二人・・・・・
ぽつり、ぽつりと観客が、つばさ達に倣って顔を上げ、
あんぐりと口をあけた。
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うおおおおおおおおおおおおおお!!??
スタジアムがどよめきに揺らぐ。
「ひ、日枝っ、日枝っ、日枝日枝日枝ー!」
フー子がわしっとしがみつく。 腕に爪が食い込んだけど、俺は引き剥がすのも忘れて空を見上げた。
つばさとさくらまるの視線の先。
蒼穹の空。
そこには-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、"それ"がかすかに動いた。
「!!!!????」
俺は思わずのけぞった。
笑った!?
いま笑わなかったか!!??
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ。
地鳴りのような興奮の渦の中-
「あまの原ぁ ふりさけみれば 八重雲(やえくも)の~」
高らかに歌うつばさの声をBGMに、
"それ"は雲の狭間へ溶けていった・・・・・
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