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ついんLEAVES

第七回 8







 演壇の中央に、腕の長さほどの間を空けて並ぶつばさとさくらまる。

 二人が伸ばした右腕を「 すーっ 」と上げると、観客のざわめきがおさまっていく。

 観客が落ち着くと、即席巫女たちは顔を見合わせ、こくりと頷いた。



 そして、息を揃えて第一声。






「「 庭燎(かがり)を焚きて

天津神(あまつかみ)の神座(みくら)を照らさん 」」







ぼう・・・・・・







 二人の背後に明々と灯る松明が現れた・・・・ように感じた。


 むろん錯覚だ。



 ちっこいほうの巫女、つばさが紅を引いた唇を開く。

 つばさの声質と高性能マイクの相乗効果で、小さな声でもスタジアム全域によく通る。



「み山には あられ降るらし と山なる・・・」



 と、つばさがふっと息を吐く。続きをさくらまるが引き受けた。



「まさきの加津良(かづら) 色づきにけり〜 色づけきにけり〜」



しゃあーん!



 清らかな鈴の音が、マイクもないのに高々と響いた。









「うっわー・・・・・・・・・」


 スクリーンと演壇を交互に眺めつつ、フー子が呟いた。


「けっこう本格的じゃない」


「本格的っつーか、ホンモノ・・・・」


 奉納される側のさくらまるが演じてるのがビミョーだけど。


「しっ! 二人とも静かに」


 美乃里さんに注意されてしまった。








 二人がゆるゆると動きはじめる。


「若き我は〜 みやびもしらず 父が方


 母が方とも 神ぞ知るらむ〜」


「みな人の しでは栄ゆる 於保那保見(おほなほみ)


 いざ我がともに 神の坂まで〜」


 どうやら二人の台詞(セリフ)は、つばさが先でさくらまるが後と決まってるようだ。


 しゃん、しゃーん!


 ひときわ高く鈴が鳴った。



「千歳(せんざい) 千歳 千歳や 


 せざいやちとせの 千歳や」



「万歳(まんざい) 万歳 万歳や


 まざやよづよの 万歳や」



「なお千歳


「なほ万歳





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・語尾に余計なモンがついてないか?






「千歳 千歳 千歳や 千歳やちとせの 千歳やぁ!」


「万歳 万歳 万歳や 万歳やよろづよの 万歳やー♪」






 だんだんアップテンポになってきた。





「いづれども泊まり?」

「かの崎 越えて」


「み山のこつづら?」

「くれくれ こつづら」


 正対した二人が行う言葉のキャッチボール。

 台詞にあわせてテンポよく鈴を鳴らす。


「あかがり踏むな 後なる子?」

「我も目は有り 先なる子」


「舎人(とねり)こそう 後こそう」

「我もこそう 後こそう!」



 にこりと笑って二人とも、肩を並べてスクリーンを指す。



「あっちの山 せ山?」

「せ山や せ山♪」




 フー子にちょんちょんと肘を突付かれた。見入ってる美乃里さんをはばかって、こそこそと耳を寄せてくる。


「ちょっとノリが良すぎない」

「同感」


 二人とも楽しそうで、歌詞が意味不明なこと以外、とても御神楽に見えない。

 あれじゃカラオケのデュエットだ。






「谷から行かば 尾から行かんー」

「尾から行かば 谷から行かむー」


頬を膨らませて二人が鼻面を突きあわせた。



「これから行かば かれから行かんー!」

「かれから行かば これから行かむー!」


 お互いにぷんと顔を背けると、あちこちからクスクス笑いが洩れた。


 くるりと回って鈴を一鳴らし。


 しゃん!


 笑顔に戻って顔を寄せあう。


「このえの♪」

「かみのね♪」


「ゆす♪」


「すす♪」


「谷から♪」

「尾から♪」


「あふ!」


「ひは!」


「おっけ あっちめ♪」


「於介 安知女〜(おけ あちめ〜)♪」


「おっけ おっわりっ」


 しゃん!!


 ぴったり息をあわせて二つの鈴が鳴った。



 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・・・・・・・・・・


 





「やるじゃないか、二人とも」


「つばさちゃん、いつ練習してたんだ?」


「わたしも知らないよ」


 鳥倉おじさんと親父が、感心しきりの様子で話す。


「お二方ともお静かにね。次が最後の歌よ」










 つばさたちは最初の立ち位置に戻った。

 再び、さっきまでと正反対の、おごそかな動きに戻る。



「すべ神は よき日まつりつ 明日よりは〜


 八百万代(やおよろずよ)を 祈るばかりぞ〜」



「すべ神の〜 けさの神上(かみあげ)にあふ人は〜」


 ちとせの命 有りといふなり〜」



しゃーん!!


 勢いよく振り上げた鈴が派手な音をたてた。

 二人そろって天を仰ぐ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 天を仰いで−




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 仰いだまま−











 一人、二人・・・・・




 ぽつり、ぽつりと観客が、つばさ達に倣って顔を上げ、




 あんぐりと口をあけた。








 うおおおおおおおおおおおおおお!!??


 スタジアムがどよめきに揺らぐ。


「ひ、日枝っ、日枝っ、日枝日枝日枝ー!」


 フー子がわしっとしがみつく。

 腕に爪が食い込んだけど、俺は引き剥がすのも忘れて空を見上げた。


 つばさとさくらまるの視線の先。





 蒼穹の空。





 そこには−















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 と、"それ"がかすかに動いた。



「!!!!????」


 俺は思わずのけぞった。



 笑った!?


 いま笑わなかったか!!??



 ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ。


 地鳴りのような興奮の渦の中−



「あまの原ぁ ふりさけみれば 八重雲(やえくも)の〜」



 高らかに歌うつばさの声をBGMに、



 "それ"は雲の狭間へ溶けていった・・・・・








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