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ついんLEAVES

第七回 7









 ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウー!


「あら、昼のサイレン」


「もう十二時か・・・・」


 勝利の誓いとか戦果報告とか、プリンセスとチームメイトの取次ぎをしてたら、あっという間に昼になってしまった。

 トラックじゃペンタスロン(五種競技)をやってたみたいだけど、ほとんど記憶にない。

 200m走の最後のランナーがゴールすると、アナウンスが入った。


 ぴんぽんぱんぽーん♪


『ただいまより午後一時まで休憩時間になります。

 競技途中の参加者はさっさとケリをつけ・・・・コホン・・・・速やかに競技を終了して、後半に備えましょう』


 ぴんぽんぱんぽーん♪


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・アナウンサーの人、いま地が出てなかった?」


「お前もな」


 女声じゃなくなってるぞ。


「まあ、いけない」


 斗坂は手袋に包まれた手を口に当てた。


「日枝くん、お昼はどちらで?」


「わかってて訊くなよ。親に顔を見せなきゃ後が怖い」


 ていうか美乃里さんが怖い。


「私もご一緒してよろしいかしら」


「イヤだけど仕方ない・・・・と言いたいトコだけど、美乃里さんがいるぞ?」


 あの人、のほほん顔してミョーに鋭いんだよな~。


「バレてもいいってんなら、来いよ」


「・・・・・・本部でいただきますわ」


 賢明な判断だ。


「そういえば斗さ・・・・じゃなくてプリンセス」


「なぁに? ダーリン」


 ダーリンはやめい。


「昼の公演は出ないのか」


「ナイトが出ないのですから仕方ありません。欠席ですわ」


「昨日の今日で、公演なんて参加できるわけないだろ。

 それに一人で演(や)るプリンセスだっているじゃないか」


「ソーシャル・ダンスは一人じゃできませんもの」


「・・・・なるほど」


 つか、ダンスまで女役できるのか、プリンセス斗坂。

 こいつの女装、もはや趣味と呼ぶにはオーバーランしてる。


「残念だったな。俺に出来る踊りなんて"マイム・マイム"くらいだ」


「マイム・・・」


 新郎新婦が二人きり、演壇で"マイム・マイム"を踊ってる姿を想像してみた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 かなりシュールな光景だ。


 斗坂も同じことを考えてたようで、目が合うと微妙に口元を歪めた。


「んじゃ、午後にな」


「あら、本部までエスコートしてくださらないの?」


 しゃなりと体を揺らめかせてシナをつくる斗坂。


「あのなぁ」


 反射的に殴りたくなったが、ガマンガマン・・・・


「ちょっと待ってろ」


 眼下に目を走らせる。


 うん、いたいた。


 襟元を探って小型マイクのスイッチを入れた。


『あー、高等部二年、体育祭委員の村上君?』


 村上&周囲がこっちを見上げる。


『プリンセスが「ほっぺにチューしてあげるから本部まで送って☆」との仰せだ。

 ただちにお連れするよーに』


「「「ぬわにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」 ギロギロッ!!


 あたりの男子生徒が一斉に、殺意混じりの視線を村上に注ぐ。村上の顔があからさまにこわばった。


「日枝くんっ!」


「まったなー♪」


 ザマミロ。


 村上と斗坂の恨めしげな目に快感を覚えながら、俺はロイヤルボックスから逃げ出した。

















パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 演壇の上でプリンセスとナイトが四方に頭を下げた。


『はい、I組のプリンセスとナイトによる"真夏の夜の夢"でしたー』


 わあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


「ひゅーひゅーっ!」


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 みんなの歓声と拍手でアナウンスもかき消され気味。

 賑わいは、演壇から二人が退場するまで続いた。

 隣の美乃里さんも興奮冷めやらぬ様子だ。


「すごいわね~。まさか体育祭でバレエが見られるとは思わなかったわ」


「初めてじゃないけど、何年ぶりかな」


 一口サイズのミニおにぎりを頬ばりながら応える。


「ひんはふふぉふぁはっはふえ~」


「・・・・・・・食べながら話すなよ」


「ふぇ~い」


 お茶で食べ物を流しこむと、フー子は再び口を開いた。


「確かにインパクトあったね。気合い入ってたし」


「わざわざお色直しまでしてな。プリンセス賞はI組で決まりかもよ」


 以前にバレエを演じたプリンセスは、がっちり賞を勝ち取っている。


「まだまだ・・・そんなタワ言、おキヨを見たら言えなくなるから」


 フー子が鼻で笑う。

 鳥倉おじさんと話してたウチの親父が、こっちに顔を向けた。


「九重君の出番はいつだい?」


「さっきクジ引きで決めたばっかだから、あたしにゃ何とも・・・・」


 フー子は肩をすくめて親父に答えると、再びおかずに箸を伸ばした。


「九重さんとつばさの分、残しとけよ」


「わはっへるふぁひょ」


「だから、口に物を入れたまましゃべるなっての。

 あ、テメッ、そのドンコに手を出すな!」


 ドンコ(冬茹)ってのはシイタケのこと。

 煮物にフライ、網焼きやチーズ載せホイル包み。ずらっと並んだシイタケ料理はどれも、美乃里さんに頼み込んで作ってもらった俺の好物だ。


「弁当は弱肉強食、早い者勝ちに決まってるじゃない。

 それとも、ナニ、名前でも書いてあんの?」


「ある!!」


 俺はフー子の箸から甘露煮を奪い取ると、傘の部分を突き出した。

 普通なら飾りの×印が入ってるところ、俺のイニシャルを切り込んである。


「・・・・・・・・・・・・あんた、フツーそこまでしないよ・・・・・・・・」


「ドンコのためならする」


 呆れ声のフー子に、俺は大きく頷いた。


 ・・・・え? シイタケなんかに貧乏くさい?

 放っとけ。


 俺達が醜い争いをしている間に、演壇では次のチームが演技を始めていた。











 "プリンセス公演"


 それは体育祭の売り物の一つであり、昼飯時の最大の楽しみ。

 プリンセス賞獲得を狙うプリンセスとナイトが、演壇を舞台に繰り広げるパフォーマンスだ。

 内容は、社交ダンスやタンゴなどの各種舞踏が多い。たまに奇術を供するプリンセスや、時代劇の殺陣(たて)を演じるコンビもいる。

 プリンセス賞の獲得は昼の公演でほぼ決まると言われているから、参加するプリンセスは皆、情熱を傾けて準備練習する。それだけに見応えのある演目が多く、皆の注目度も高かった。

 逆に言えば、公演に参加しないプリンセスはプリンセス賞を辞退したと見なされるわけ。

 まぁ、ウチのチームは仕方ないだろう。

 プリンセスが「男」だからな。


『・・・・次はF組プリンセスの単独演技です』


「おっ」


「待ってました!」


 十二単の九重さんが、大きな扇子と、なぜか薙刀(なぎなた)を手にしずしずと演壇に現れた。

 大スクリーンに映し出された彼女は、さすがに緊張してるように見える。


『演題は"長唄 八島落官女の業(やしまおち かんじょのなりわい)"、

 演者は○右衛門派名取 九重清歌さんです』


「ナトリだって!?」


 鳥倉おじさんと親父と俺、男が揃って声をあげる。

 よくわからないけど、名取なんてよほど修練を積んだ人じゃないともらえないはずだ。

 フー子が横目でこっちを見た。


「あんた、おキヨのこと何も覚えてないのね・・・・前に言ったじゃない。

 日本舞踊もそうだけど、おキヨはお茶とお琴とお花も免状持ってんのよ」


「・・・・・そう言えば、そんなコト聞いたような」


 てか九重さん、いったい何者・・・・・


 話してる間に舞いが始まっていた。

 九重さんの踊りは優美で端正ながら、挙動のはしばしから寂しさというか、悲しみのようなものが立ち昇っている。


 後で聞いた話だと、この"八島落"って演題、落魄(らくはく)した宮仕えの女の人を描いたものなんだってさ。

 納得。


 愁然(しゅうぜん)とした演技の最後、官女の意気地を見せるヒロイン(九重さん)が薙刀を掲げてポーズを決めると、歓声ではなく溜め息が漏れた。

 劇中で裏返したリバーシブルの舞台衣装を脱ぎ、九重さんがゆっくり頭を下げる。


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・・・・

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・・・・


「な~んか反応が地味じゃない?」


 フー子が不満そうにボヤいた。


「そんなことないわ。フー子ちゃん、ほら」


 柔らかく微笑んだ美乃里さんが、フー子の視線を審査員席(教職員ブース)に向けさせた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ。

 センセーたち、まさか・・・・・・・・・・・・泣いてんの?」


 教職員の多くが魅入られたように九重さんを見つめている。中でも年配の教職員はハンカチで頬を拭ったり、目頭に押さえたりしていた。


「日本舞踊・・・・私達には難しいけど、わかる人にはわかるものよ。

 目の高いお年寄りを感動させるなんて、とても素晴らしいことじゃないかしら」


「へぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 擦れた声を漏らすフー子は、どこか嬉しそうに見えた。




 余談ながら、体育祭の後のこと。

 九重さんの舞踊は大学部で大変な評判になり、芸術科の教授(と一部の国文科教授)が大挙して高等部に押しかける騒ぎになった。
 そして本人の意思を確かめないうちから、卒業後の進路をめぐって熾烈な奪い合いを繰り広げたそうな・・・・・・




「フー子の言う事を認めるのはシャクだけど、これはポイント高いなあ」


 プリンセス公演の評点は、教職員の比重がかなり重いのだ。

 さっきのバレエといい勝負かも。


 俺の独り言に、フー子が胸をはった。


「へっへ~ん。だから言ったじゃない」


「お前が偉いわけじゃないだろ」


「いいじゃない。あたしの親友だもん」


 俺達のやり取りを聞いて、美乃里さんがくすくすと笑った。



『次はE組プリンセスの公演です』


「いよいよつばさちゃんね」


「うわ~っ、これは運が悪いなあ!」


 鳥倉おじさんが額にぴしゃりと手を当てた。

 確かに、九重さんの踊りを見た後では、何をやっても色褪せて見えちゃうだろう。


「まぁまぁ。九重くんは九重くんだし、つばさちゃんはつばさちゃんだ。

 虚心で拝見させてもらおうじゃないか」


 親父が気楽そうに鳥倉おじさんの肩を叩き、おかずをひょいと摘む。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 鳥倉おじさんは親父の横顔を眺めて、ふっと肩の力を抜く。そしてミニおにぎりを口に放った。

 ・・・・・・・・いいコンビだ。


『なお、E組の公演は部外者が参加しているため、評点の対象外となります』


「「「えええ----------っ!!??」」」


 E組ブースがざわめき、ブーイングが上がった。

 今のアナウンスは、つばさがプリンセス賞獲得レースの圏外に去った事を意味している。

 当然の反応だろう。

 フー子も首をひねっている。


「ねぇ日枝。つばさったら、どうしたの?」


「知らん」


「何でよ?」


「俺に聞くな。知らないものは知らないんだ」


 ふくれっ面するフー子だけど、何も言いようがない。

 美乃里さんがいつもの笑顔で俺達の袖を引いた。


「うふふ・・・二人とも、ステージをよく見てなさい」


「あ、美乃里さん、何か知ってるのね!?」


「いいからいいから。すぐにわかるわ♪」


「む~~~~」


 フー子と並んで腕組みし、ステージを注目する。

 すぐに二人が現れた。


 とてとてとて。


 するするする。 


「「あ・・・・」」


 とてとてとて。


 するするする。 


「あ、あいつらー!?」

「ちょっと、あの服っ」


 二人が中央に進むにつれてヒソヒソ声がざわめきになり、やがて大きなどよめきに変わった。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ。


『静粛に! 静粛にー!!』


 アナウンサーの注意なんて誰も聞かない。


 スクリーンに映し出された色は、光沢のある絹の雪白(せっぱく)と朱色。

 あちこちから届く「つばさちゃ~ん!」の呼び声と喚声の中、二人はちらりと目を合わせて仲良くお辞儀した。


「「つばさちゃんカワイ--------ッ!!」」

 ワアアアアアアアア!!


『てめーらイイカゲンにしろーっ!!』


 キレかかったアナウンサー、スピーカーの出力を最大にしてるらしい。


『おら始めっぞ!? 静かにしてろ!』


 これ、下手したら町全体に聞こえてるんじゃないのか・・・・


巫女服着てんのは二年E組鳥倉つばさと、九州 多加美禰(たかみね)神社のさくらまる!


 演目は"神楽歌(かぐらうた)"だ!!』


うわおおおおおおおおっっっ!!!


 どういうわけか、スタジアムの外からも歓声が聞こえた。







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