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ごつっ。
固い音が鳴ると同時に、人ごみが真っ二つに割れた。
狭間から現れたのは−
「お兄ちゃ〜ん!」(ぴしっ)
つばさがぴょ〜んと飛びついて来た。
あ、"ぴしっ"てのは、つばさのウサ耳が俺の頬を引っぱたいた音ね・・・・
「よぅ、つばさ。遅かったな」
俺はつばさ(とウサ耳)をやんわり引き剥がした。
「えへへー、美乃里ママのお手伝いしてたら遅くなっちゃった」
「さくらまるは?」
「美乃里ママと一緒だよ〜♪」
ウサ耳をほわほわ揺らしてつばさが答える。
一度は辞退したんだけど、体育祭委員の泣き落としを拒めず、結局つばさはプリンセスになった。
(ここだけの話、チームのキャプテンが電話でマジ泣きしたらしい)。
と、つばさの背後を一つの影が覆う。
「危うくプリンセスが遅刻するところだった」
「・・・・・・おはようございます、武中先輩」
「おはよう」
俺の挨拶に応えたのは、『双女(双葉学園 女子部)のワルキューレ』こと武中美矢子(たけなか みやこ)先輩。
驚くべし、なんとこの人がつばさのナイトなのだ。
先輩のコスチュームは、中世風のあちこち膨らんだ派手な仕立(したて)。目が痛くなるような緋色に染められていて、夜中の赤信号のように目立つ。
さっき響いたやたらと重い音は、先輩の持ってる短槍が発信源らしい。
「今日はつばさがお世話になります。よろしくお願いします」
「お願いしま〜す♪」
学園最強のワルキューレにこんな衣装を着せた、Eチームの度胸に感嘆しながら、俺は頭を下げた。つばさも俺に倣う。
「承知した」
いつもながら、この人の言動は全く無駄がない。
「ねー、お兄ちゃん」
つばさは頭を上げると、待ちかねたように俺の片袖を引っ張った。
「なんだ、つばさ」
「このお洋服、どう? どう?」
つばさがくるりと回って見せた。真紅のスカートがゆるやかに舞う。
ローティーン向けの、ふんわりした素材のドレスだ。首のリボンとエナメル地の靴も赤のお揃い。
ウサ耳に気をとられてたけど、それ以外はちんまり可愛い雰囲気でまとまってる。
「・・・・・・いいんじゃないか」
ウサ耳とのバランスは微妙だが。
「えへへ〜っ♪」
つばさが嬉しそうににぱっとした。それに合わせて、謎のウサ耳がぴこぴこ振れる。
「ね、ね、お兄ちゃん」
「今度はなんだ」
「お隣のお姉さん、だぁれ?」
「「!」」
それまで俺の横で傍観者に徹していた斗坂が、ビクリとした。
そして俺も。
まずい。
去年の夏旅行で一緒だったし、こいつらと斗坂は知らない仲じゃない。
俺は反射的に斗坂を隠そうとした・・・・が、
「はじめまして、つばさちゃん」
「!?」
我らがA組プリンセスは、実に自然な笑顔でつばさに手を差し伸べた。
「わたしAチームのプリンセス、A子。今日はお互い頑張ろうね?」
「うんっ。ガンバロー!」
相手の正体を疑いもせず、満面の笑みで握手するつばさ。
「あなた達もね。プリンセスさんとナイトさん」
斗坂はフー子に手を差し出した。
おいおい、調子に乗んなよ。握手で男ってバレたらどうすんだ・・・・
幸運なことにフー子は握手に応えなかった。訝しげな面持ちで斗坂を凝視してる。
「おたく・・・・日枝とどーゆー関係なわけ・・・・?」
「ふ、フー子ちゃんっ」
低い声で問い掛けるフー子の裾を、九重さんが引いた。
「あら」
斗坂は一瞬だけきょとんとし、やがて苦笑を浮べる。
「涼島さんたら、挨拶なしにいきなりですわね・・・
ともかくそのご質問には・・・・・・・・・そう、皆さんのライバル、と答えさせていただこうかしら」
そう言って、俺に細い腕を絡ませてくる。
「「「!?」」」
俺を含めたその場の全員が、目を丸くして斗坂を見つめた。
「・・・・・・・・それ・・・・・どういう意味かなあ」
フー子の声が一段と低く剣呑な色を帯びる。
彼女は鷹のように鋭い眼差しで、交差した俺と斗坂の腕を睨(ね)め付けていた。
おい、ヤバイぞこれは・・・・
「もちろんプリンセス賞を巡っての、よ。他に何かあって?」
「っっ!!」
フー子の質問をさらりといなし、さらに挑発的な言辞を重ねる斗坂。
フー子のこめかみに青筋が走り、俺の背筋を寒気が走った。
ヤバイって斗坂!
フー子の顔を見ろっ。絶対ヤバイ!
皆がフー子の反応にかたずを呑む。
まさにその時、廊下を大声が走り抜けた。
「入場行進の時間でーす! クラス順に並んで下さ〜い!」
す、救いの神ーっ!
俺は斗坂の腕をわし掴んだ。
「おい、出番だ。行こーぜっ」
「ええ、わかったわ。ダーリン♪」
「「ダーリンー!?」」
九重さんとフー子が大声でハモる。
バカ斗坂ーっ!
「それじゃみんな、後でなっ」
「こらっ、まだハナシ終わってないよ!」
「お兄ちゃん〜?」
追いかけてくる声を無視して、整列を求める体育祭委員のところに向かう。
背後から突き刺さる視線を感じながら、俺は斗坂に囁いた。
「お前アホか? あんなコト言って、バレたらどうすんだよ。
あいつらがいくら身内だっても、カバーできねーぞ!」
ジロリと睨むと、斗坂は涼しい顔で言い放った。
「バレたりしませんわ。毎日となりに座ってる日枝クンでもわからなかったじゃない」
「・・・・・そりゃまぁ、そうだけど」
「それにね」
斗坂は密やかに笑いながら、再度腕を絡ませてきた。
「これは巧妙な計算に基づくカモフラージュでもあるの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こうしておけば皆、"どんな女の子だろう?"って気にしても、まさか私が男なんて思わないでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
背後に目をやった。
つばさ以下、一同そろって俺達の一挙一動に注目してる。
つばさは好奇心に溢れる顔で、九重さんは何となく心配そうな様子で。
そしてフー子は・・・・・
『後でじっっっっっっっくり話を訊かせてもらうからね・・・・』
危険な光を放つ瞳が、そう語っていた。
所在なげにわきわきしてる右手は、矢筒に伸びるのを堪えてるに違いない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんとなく、音楽の授業で聴かされた"魔弾の射手"(まだんのしゃしゅ)という曲名が浮かんだ(ウイリアム・テルでもOK)。
「一つ訊きたいんだが・・・・」
「何かしら、マイ・スウィーティー」
誰がスウィーティー(かわいい人)だ。
「その"巧妙な計算"とやらには、もちろん俺の安全保障も入ってるんだろうなぁ・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ〜・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ゴメン、考えてなかったわ☆」(てへっ)
ごきん!
斗坂の頭に拳骨をくらわせた。
「ヒドイわっ、ダーリン!
A子泣きそう・・・」
泣きたいのはこっちだー!