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ついんLEAVES

第七回 5








 ごつっ。

 固い音が鳴ると同時に、人ごみが真っ二つに割れた。

 狭間から現れたのは−



「お兄ちゃ〜ん!」(ぴしっ)


 つばさがぴょ〜んと飛びついて来た。

 あ、"ぴしっ"てのは、つばさのウサ耳が俺の頬を引っぱたいた音ね・・・・


「よぅ、つばさ。遅かったな」


 俺はつばさ(とウサ耳)をやんわり引き剥がした。


「えへへー、美乃里ママのお手伝いしてたら遅くなっちゃった」


「さくらまるは?」


「美乃里ママと一緒だよ〜♪」


 ウサ耳をほわほわ揺らしてつばさが答える。

 一度は辞退したんだけど、体育祭委員の泣き落としを拒めず、結局つばさはプリンセスになった。
(ここだけの話、チームのキャプテンが電話でマジ泣きしたらしい)。

 と、つばさの背後を一つの影が覆う。


「危うくプリンセスが遅刻するところだった」


「・・・・・・おはようございます、武中先輩」


「おはよう」


 俺の挨拶に応えたのは、『双女(双葉学園 女子部)のワルキューレ』こと武中美矢子(たけなか みやこ)先輩。

 驚くべし、なんとこの人がつばさのナイトなのだ。


 先輩のコスチュームは、中世風のあちこち膨らんだ派手な仕立(したて)。目が痛くなるような緋色に染められていて、夜中の赤信号のように目立つ。

 さっき響いたやたらと重い音は、先輩の持ってる短槍が発信源らしい。


「今日はつばさがお世話になります。よろしくお願いします」

「お願いしま〜す♪」


 学園最強のワルキューレにこんな衣装を着せた、Eチームの度胸に感嘆しながら、俺は頭を下げた。つばさも俺に倣う。


「承知した」


 いつもながら、この人の言動は全く無駄がない。


「ねー、お兄ちゃん」


 つばさは頭を上げると、待ちかねたように俺の片袖を引っ張った。


「なんだ、つばさ」


「このお洋服、どう? どう?」


 つばさがくるりと回って見せた。真紅のスカートがゆるやかに舞う。

 ローティーン向けの、ふんわりした素材のドレスだ。首のリボンとエナメル地の靴も赤のお揃い。

 ウサ耳に気をとられてたけど、それ以外はちんまり可愛い雰囲気でまとまってる。


「・・・・・・いいんじゃないか」


 ウサ耳とのバランスは微妙だが。


「えへへ〜っ♪」


 つばさが嬉しそうににぱっとした。それに合わせて、謎のウサ耳がぴこぴこ振れる。


「ね、ね、お兄ちゃん」


「今度はなんだ」


「お隣のお姉さん、だぁれ?」


「「!」」


 それまで俺の横で傍観者に徹していた斗坂が、ビクリとした。

 そして俺も。


 まずい。

 去年の夏旅行で一緒だったし、こいつらと斗坂は知らない仲じゃない。


 俺は反射的に斗坂を隠そうとした・・・・が、


「はじめまして、つばさちゃん」

「!?」


 我らがA組プリンセスは、実に自然な笑顔でつばさに手を差し伸べた。


「わたしAチームのプリンセス、A子。今日はお互い頑張ろうね?」


「うんっ。ガンバロー!」


 相手の正体を疑いもせず、満面の笑みで握手するつばさ。


「あなた達もね。プリンセスさんとナイトさん」


 斗坂はフー子に手を差し出した。


 おいおい、調子に乗んなよ。握手で男ってバレたらどうすんだ・・・・


 幸運なことにフー子は握手に応えなかった。訝しげな面持ちで斗坂を凝視してる。


「おたく・・・・日枝とどーゆー関係なわけ・・・・?」

「ふ、フー子ちゃんっ」


 低い声で問い掛けるフー子の裾を、九重さんが引いた。


「あら」


 斗坂は一瞬だけきょとんとし、やがて苦笑を浮べる。


「涼島さんたら、挨拶なしにいきなりですわね・・・

 ともかくそのご質問には・・・・・・・・・そう、皆さんのライバル、と答えさせていただこうかしら」


 そう言って、俺に細い腕を絡ませてくる。


「「「!?」」」


 俺を含めたその場の全員が、目を丸くして斗坂を見つめた。


「・・・・・・・・それ・・・・・どういう意味かなあ」


 フー子の声が一段と低く剣呑な色を帯びる。

 彼女は鷹のように鋭い眼差しで、交差した俺と斗坂の腕を睨(ね)め付けていた。


 おい、ヤバイぞこれは・・・・


「もちろんプリンセス賞を巡っての、よ。他に何かあって?」


「っっ!!」


 フー子の質問をさらりといなし、さらに挑発的な言辞を重ねる斗坂。

 フー子のこめかみに青筋が走り、俺の背筋を寒気が走った。


 ヤバイって斗坂!

 フー子の顔を見ろっ。絶対ヤバイ!


 皆がフー子の反応にかたずを呑む。

 まさにその時、廊下を大声が走り抜けた。


「入場行進の時間でーす! クラス順に並んで下さ〜い!」


 す、救いの神ーっ!


 俺は斗坂の腕をわし掴んだ。


「おい、出番だ。行こーぜっ」


「ええ、わかったわ。ダーリン♪」


「「ダーリンー!?」」


 九重さんとフー子が大声でハモる。


 バカ斗坂ーっ!


「それじゃみんな、後でなっ」

「こらっ、まだハナシ終わってないよ!」

「お兄ちゃん〜?」


 追いかけてくる声を無視して、整列を求める体育祭委員のところに向かう。

 背後から突き刺さる視線を感じながら、俺は斗坂に囁いた。


「お前アホか? あんなコト言って、バレたらどうすんだよ。

 あいつらがいくら身内だっても、カバーできねーぞ!」


 ジロリと睨むと、斗坂は涼しい顔で言い放った。


「バレたりしませんわ。毎日となりに座ってる日枝クンでもわからなかったじゃない」


「・・・・・そりゃまぁ、そうだけど」


「それにね」


 斗坂は密やかに笑いながら、再度腕を絡ませてきた。


「これは巧妙な計算に基づくカモフラージュでもあるの」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「こうしておけば皆、"どんな女の子だろう?"って気にしても、まさか私が男なんて思わないでしょう」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」


 背後に目をやった。

 つばさ以下、一同そろって俺達の一挙一動に注目してる。

 つばさは好奇心に溢れる顔で、九重さんは何となく心配そうな様子で。

 そしてフー子は・・・・・


『後でじっっっっっっっくり話を訊かせてもらうからね・・・・』


 危険な光を放つ瞳が、そう語っていた。

 所在なげにわきわきしてる右手は、矢筒に伸びるのを堪えてるに違いない。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 なんとなく、音楽の授業で聴かされた"魔弾の射手"(まだんのしゃしゅ)という曲名が浮かんだ(ウイリアム・テルでもOK)。


「一つ訊きたいんだが・・・・」


「何かしら、マイ・スウィーティー」


 誰がスウィーティー(かわいい人)だ。


「その"巧妙な計算"とやらには、もちろん俺の安全保障も入ってるんだろうなぁ・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あ〜・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ゴメン、考えてなかったわ☆」(てへっ)


 ごきん!


 斗坂の頭に拳骨をくらわせた。


「ヒドイわっ、ダーリン!

 A子泣きそう・・・」


 泣きたいのはこっちだー!







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